第十六話『鳥の街にて・その⑤』
「えー! あっちの怪鳥さんと戦うんですか!?」
あたしは一旦地上へ戻り、事の顛末をフィーリに説明する。
すると案の定、フィーリは驚きの表情を浮かべ、声を荒らげた。
「そんな顔しないの。あたしもフィーリも、ルマちゃんには魔法使いの国からの脱出を手伝ってもらった恩があるでしょ。それを返したいのよ」
「それは……わたしも返したいですけど」
言って、フィーリは空を見る。
そこには高速で飛びながら、『王』の吐き出す火球を避け続けるルマちゃんの姿があった。
「あれと、戦う……」
続けて、そのルマちゃんを追いかける『王』そのものに視線を送ったあと、「……あの空中戦の中に割って入る度胸ないんですけど」と呟いた。
「ルマちゃんと同種族ってことは、あたしも攻撃パターンは把握してるわ。あの火球は見えない盾で防げるから、大丈夫。ケルベロスと戦ったりしてたくせに、いまさら怖気づかないの」
あたしは軽めの口調で言って、フィーリに見えない盾を展開してあげる。
「それにほら、ああいう鳥タイプの魔物って、雷属性に弱いのがお決まりだから。フィーリもせっかく覚えた中級魔法、使ってみたら?」
そして彼女のやる気が出るよう、そう提案してみる。
「……じゃあ、あの怪鳥さん、中級魔法の実験台にしちゃってもいいんですか?」
もう一度上空を見ながら、フィーリは言う。声のトーンは変わらないものの、そこにはどこか嬉しさが見え隠れしていた。
あー、新しい魔法、使いたくてたまんなかったのねー。
「実験台って言い方がアレだけど、一緒に戦ってくれるんなら心強いわ。はい、これ」
あたしは容量無限バッグから黄色い文様の入ったカードを5枚取り出し、フィーリに手渡す。
これは鳥の街に来る前日、あの野宿をした日の夜に作ったもの。雷属性の属性媒体だ。
「現状、手持ちはそれで全部だから、大事に使いなさいよー」
「はい! ありがとうございます!」
フィーリは属性媒体を胸に抱き、心底嬉しそうな笑みを見せた。
この子は他の属性媒体も持ってるし、なんとかなるでしょー。
「盾があるとはいっても、体当たりされたら危ないから、フィーリは少し離れた場所であたしの合図を待って。合図したら、思いっきり魔法使っていいから」
「わかりました!」
「……じゃあ、ボクはバックアップを担当するよ。フィーリ、これは護身用だよ」
それまで一人離れた場所にいたルメイエが寄ってきて、フィーリに何か手渡した。
「何もらったの?」と覗き込むと、そこにあったのは爆弾と魔力注入ドリンクだった。
「これ、ルメイエが作ったの? いつの間に?」
「そりゃあ昨日、宿屋で作ったんだよ。これくらいの調合なら、ベッドに寝っ転がりながらでもできるし」
ルメイエは言って、誇らしげに胸を張る。いくらなんでも、ベッドの上で作ってたなんて。
「あの錬金釜で作ったメイの爆弾に比べて威力は低いだろうけど、目くらまし程度にはなると思うよ」
「ありがとうございます! これで百人力です!」
フィーリは属性媒体とともに爆弾と魔力注入ドリンクを自分のバッグにしまい、続けてほうきにまたがる。
「ちょいまち! フィーリ、飛び出す前に魔力チャージよろしく!」
あたしは言って、魔力ボムとビックリハンマーを彼女の前に差し出す。
「しょーがないですねー。ほい!」
フィーリはほうきに乗ったまま、あたしの道具に触れる。すると淡い光が放たれ、2つの道具に魔力が補給された。
これは事前に魔力チャージが必要な道具で、いわゆる錬金術と魔法のハイブリッド品。その分、威力もお墨付き。
「メイさん、身体能力強化魔法はどうしますか?」
「んー、今はいいわ。危なくなったら、よろしく!」
あたしも飛竜の靴を履き、空飛ぶ絨毯に飛び乗る。見えない盾も展開したし、準備万端。鳥退治、開始よ!
「ルマちゃーん! おまたせー!」
フィーリを少し離れた空中に残し、あたしは王と交戦中のルマちゃんのもとへと向かう。
見ている限り、相手の方が大きいし、さすがのルマちゃんも一対一では分が悪そう。
「ようやくね! それで、どんな作戦で行くの!?」
「あたしが合図したら、フィーリが魔法攻撃を仕掛けてくれる手筈になってるの」
遠くにいるフィーリを指差しながら言って、「それで奴の動きが止まったら、このハンマーで地面に叩き落とすから、すかさずルマちゃんがとどめを刺して」と続けた。
「作戦はわかったけど……アンタ、物騒なもん持ってるわねぇ」
あたしの持つビックリハンマーに視線を送りながら、呆れた声を出す。
「ふっふっふー。いつまでも爆弾を投げるだけの錬金術師じゃないのよ。この道具、すごいんだから」
……そう得意げに言った時、敵の怪鳥の体が赤く輝いているのが目に入った。
「ちょっとルマちゃん、あれは何?」
「……体内の炎を使って体温を上げて、理性を下げる代わりに身体能力を一時的に高める技よ。いわゆるバーサーカーモード」
「ルマちゃんの種族って、そんな能力もあるの!? 初耳なんだけど!?」
「ものすごく疲れるから、普段は使わないのよ……敵さんも本気になったのかしら。しっかり避けなさい」
直後、ルマちゃんが翼を羽ばたかせ、上空へ舞い上がる。一方のあたしは高度を下げ、彼女と反対方向へと絨毯を向かわせた。
やがて、赤い光をまとった王はルマちゃんへ向けて急上昇する。これまでよりも、明らかに動きが速い。
ルマちゃんも全力で逃げるけど、その距離はぐんぐん縮まっていく。ルマちゃん危ない!
「……ライトニングレイピア!」
その時、ルマちゃんのピンチを悟ったのか、フィーリが雷魔法を発動させる。
杖の先から飛び出した一筋の雷は独特の軌跡を描きながら飛び、文字通り光のような速さで王に命中した。
……しかし、その魔法は奴の纏う赤いオーラに阻まれ、大したダメージは与えられていないよう。
「えええ、メイさん、鳥には雷魔法が効くって言ったじゃないですか!?」
「言ったけど、今のあいつは特別な状況なの! 下手に刺激したら……!」
言うが早いか、横槍を入れられた王は攻撃目標をフィーリに切り替え、急降下していく。
「フィーリ、危なーい! 間に合えー!」
あたしは叫び、乗っていた絨毯から飛び降りる。そして絨毯だけを彼女のもとへと向かわせた。
直接あたしが向かうより、無人の絨毯のほうが圧倒的に速い。王の突進攻撃が届く直前、絨毯は覆いかぶさるようにしてフィーリを捕獲。地上へと逃げ戻った。
一方のあたしは飛竜の靴で滑空しつつ、なんとか空中に留まるも、空での移動手段を一時的に失ってしまった。
「さすが狂戦士モード。もともと低い知能がさらに下がってるから、完全に本来の目的忘れちゃってるみたいね」
途方に暮れていたあたしのそばにルマちゃんがやってきて、呆れ顔で言う。
そして「乗りなさい」と、背中を向けてくれた。
お礼を言ってその背に乗り込むと、攻撃目標にしていたフィーリを見失った王が、再びあたしたちのほうへ攻撃を仕掛けてくるのが見えた。
「さすがにあの速さで飛んでる奴は叩けないから……これでも食らいなさい!」
一直線に向かってくる王に向け、あたしは魔力ボムを投じる。
直後、青い光と衝撃波が放たれるも、王はその爆風を反射的に回避したようだった。
「……うそでしょ。あれ避けるの?」
「言ったでしょ。奴は身体能力だけは高いのよ!」
ルマちゃんが言い、飛び込んでくる王を避けるため、すばやく回避行動をとる。
あたしもその背中に必死に掴まるも、その拍子に手にしていたビックリハンマーを落としてしまった。
「あああー! ハンマーがー!」
「ちょっと、何してんのよー!」
ルマちゃんとあたしの悲痛な叫びが重なった直後、王がまとっていた赤いオーラが消えた。どうやら、バーサーカーモードが終わったみたい。
「このタイミングで!? うあー、絶好期だったのに!」
なにか攻撃手段は……と容量無限バッグを漁るも、すぐに使えそうなのは通常の爆弾程度。これじゃあ心許ない。
「……やれやれ。これは一応切り札なんだろう。落とさないようにしなよ」
……あたしが唇を噛んでいると、聞き慣れた声がした。見ると、絨毯に乗ったルメイエがすぐ隣に浮かんでいた。そしてその手には、さっき落としたはずのビックリハンマーがあった。
「拾ってくれたの!? ルメイエ、ありがとう!」
「バックアップを担当すると言ったろう。絨毯にくるまったフィーリが空から落ちてきた時は、驚いたけどさ」
ハンマーをあたしに渡してくれながら、ルメイエが言う。よく乗っている分、絨毯の扱いにも慣れているみたい。
「そうだ。フィーリは無事なの?」
「気絶しているけど、命に別状はなさそうだよ。それより、奴はまだ倒せないのかい?」
言って、ルメイエは王を見やる。フィーリの雷魔法で動きを止める作戦だったと伝えると、呆れた顔をした。
「雷を落とす方法は、なにも魔法だけじゃないよ。見ていてごらん」
そう言うと、ルメイエは自身の鞄から黄色い爆弾を取り出した。
「……それってもしかして、ビリドラボム?」
対ドラゴン用の爆弾なんだけど、雷を落とす点では今の目的に適っている。以前、ルメイエから様々な道具のレシピを聞かれた時に作り方を教えたのだけど、実際に作ってたんだ。
「そうだよ。これも宿で横になりながら作っておいたんだ。大量にね」
言い終わる前に、ルメイエは絨毯を発進させる。そしてバーサーカーモードを終えて動きの鈍った王の上へと移動し、そこから無数のビリドラボムをバラバラと投下した。
狙い撃つのではなく、数撃ちゃ当たる方式。やがてそのうちの一発が王を捉え、雷撃でその動きを封じた。
「……メイ、今だよ」
その様子を確認して、あたしとルマちゃんは王へと急接近。
肉薄したところでルマちゃんから飛び降り、自由落下による威力上昇も計算に入れながら、全力でビックリハンマーを振りおろした。
「うっりゃああーー!」
その脳天を叩くと、直後に衝撃波が走り、王は仰向けのまま猛スピードで地上へと落下していった。
「ルマちゃん、とどめよろしく!」
「まかせときなさい!」
あたしが言うと、そんな声と一筋の銀色の光が王を追従していく。
ほどなくして、王は丘に作られた自らの巣の中に落下し、そこへルマちゃんの全体重を乗せた爪の一撃が食らわされたのだった。
ちょっと予定狂っちゃったけど、鳥たちの王、無事撃破!
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