第十五話『鳥の街にて・その④』



「ちょっとルマちゃん! 話があるんだけどー!」


 あたしは叫びながら、丘の上にある巨大な鳥の巣へ向けて絨毯を飛ばす。


「なんで突然この街に? ここ、鳥の街っていうくらいだし、もしかしてルマちゃんの故郷……って、うひゃあ!?」


 ……その時、あたしを一瞥したルマちゃんの口から火球が放たれた。完全に虚を突かれたものの、空飛ぶ絨毯の自動回避機能でギリギリ回避した。


 だけど、ルマちゃんからの突然の攻撃にあたしは驚きを隠せず。素早く旋回しながら、彼女から少し離れた地面へと着地する。


「我ラノ王ノオ戻リダ!」


「アルマゲオス様、オカエリナサイマセ!」


 直後、何匹もの鳥たちがそう言いながらあたしの傍を通り抜けていった。


 ……うん? 王? ルマちゃんって、確かメスだったわよね。ガッツリ系肉食女子のはずだし。


「……まったく、会計もしないで飛び出していくなんて、どういうつもりだい」


「怪鳥さん、どうしちゃったんですかねぇ。雰囲気が全然違いますよ」


 鳥たちの言葉を聞いたあたしが不思議に思っていると、そんな台詞を口にしながらルメイエとフィーリがやってきた。


「そーなのよ……あたしの話聞いてくれないし、突然攻撃はされるし。もう、なにがなんだか」


 遥か頭上から睨みを利かせる巨鳥を見上げたまま、視線をそらさずに言う。


「……これは憶測だけど、あの鳥はメイの言う『ルマちゃん』とは別の個体という可能性はないのかい?」


「あれだけ似てるし、それはー……」


 ありえないでしょー……と言いかけて、口ごもる。


 ……よく見れば、ルマちゃんより少し体が大きい気がする。加えて目つきも鋭いし、頭の紅い羽も派手なような。


「つまり、ルマちゃんと同種族の怪鳥じゃないか……ってこと?」


「あくまで可能性の話だよ。確かめるすべがあれば良いのだけど、そう都合よくはいきそうにないね」


 ルメイエが困った顔をしながら言う。


「ううん。確かめる方法が一つだけあるわ」


 あたしは言って、容量無限バッグからリンクストーンを取り出した。


 これは赤と青の宝石が対になった道具で、強く握ると宝石と同色の光線がもう一つの宝石へと向かい、お互いに合図を送れるというもの。


 ルマちゃんに仕事を依頼する時の連絡用に、彼女には赤い宝石を渡してある。


 あたしの手元にあるのは青い宝石。これを握って出た光が目の前の怪鳥へと向かえば、あの鳥はルマちゃん本人だということになる。


「できれば違っててほしいけど……」


 そう願いながらリンクストーンを強く握る。やがて飛び出した光は目の前の怪鳥ではなく、明後日の方向へ飛んでいき、あたしは胸をなでおろした。


 目の前のあいつはルマちゃんじゃない。それがわかっただけでも、一安心だった。



 それから三人で建物の陰に隠れ、鳥の王(仮)の様子をうかがう。丘の上には街中の鳥たちが集まり、それこそ、王の帰還を祝福していた。


「あの鳥がルマちゃんじゃないってことはわかったけど、この街の住民が鳥に監視されてる理由がわからないままなのよね。もっと情報がほしいところだけど」


 そんな矢先、目の前を一匹のトリア鳥がトテトテと歩いているのを見つけた。


「……そこのあなた、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「ハ?」


 あたしはその飛べない鳥に声をかけ、容量無限バッグから取り出した野菜を交渉材料に、話を聞くことにした。


 ……それによると、今の『王』がやってきたのは半年ほど前。


 それまでこの街では人間と鳥が共存し、良好な関係を築いていたそうだけど、今の王がやってきてからは鳥たちの立場が上になったそう。


 鳥たちに人間を監視させ、人間が少しでも鳥を侮辱すれば、すぐさま王に告げ口され、処罰されるようになったらしい。


 ははぁ、だから冒険者ギルドの人も、カフェの店員さんも、鳥たちの前では終始無言で、できるだけ彼らの気に障らないようにしていたのね。たぶん、他の住民たちも同様。


 状況を理解したあたしはトリア鳥さんにお礼を言って開放し、考える。


「人間にとって、今この街がどれだけ窮屈なのか、あたしたちも身をもって理解してるわけだし、なんとか開放してあげたいけど……」


 ちらり、と丘の上に鎮座する怪鳥を見やる。やっぱり、ルマちゃんより大きい。ルメイエは実質戦力にならないし、あたしとフィーリだけで相手できるかしら。


「はいはーい! おまたせー!」


 ……そんなことを考えていた矢先、頭上から聞き慣れたルマちゃんの声がした。


「ルマちゃん!? どうしてここに来たの!?」


 その姿を確認したあたしは絨毯に乗り、彼女の下へと向かう。


「どうしてって、リンクストーンで呼んだでしょ? お仕事じゃないの?」


 街には降りられず、対空していたルマちゃんが首をかしげながら言う。


「確かにリンクストーン使ったけど、それは呼んだんじゃなくて……って、あぶなーい!」


 そんな会話をしていた時、丘の方から火球がルマちゃんに向かって飛んできた。


 あたしはとっさに見えない盾・改を展開して彼女の前に飛び出て、火球を弾き返す。


「は? あいつなんなの!?」


 直後、背後からルマちゃんのそんな声が聞こえた。どうやらあの『王』、ルマちゃんを敵とみなしたらしい。


「あそこにいるの、ルマちゃんと同種族でしょ!? なんとか言ってやってよ!」


 見た目がそっくりな二匹の巨鳥を交互に見ながら、あたしは叫ぶ。


「あー……確かにそうなんだけど……よりによって、アイツぅ……?」


 一方のルマちゃんは、今にも巣から飛びたたんとする相手をまじまじと見て、ため息交じりに言う。


「……もしかしてルマちゃん、あいつとなにか因縁あったりするの?」


「何度か戦ってるっていうか……移動中にアイツの縄張りに何回か入っちゃってね。目をつけられてたのよ」


「あー、つまり、縄張り争い?」


「そーなのよー。アタシは異世界転生してるから別だけど、基本アルマゲオスの種族って力ばっかり強くて、頭弱いの。それでいて縄張り意識強いから、面倒なのよねー」


 もう一度、大きなため息をつく。今回、ルマちゃんがここにやってきたのは半分偶然みたいなものだけど、相手からしてみれば因縁の相手が自分の王国にやってきた……みたいに受け取られたのかも。


「なーんか戦う気満々みたいだし、これは逃げても追ってきそうねぇ……」


 ルマちゃんが諦めに近い声で言う。続けて「あいつタフだから、あたしじゃ火力不足で倒せないのよ……」とも。


「……ねぇルマちゃん。よかったら協力して、あいつ倒さない?」


「へっ?」


 少し考えて、あたしはそんな提案をしていた。偶然とはいえ、ルマちゃんをここに呼び出しちゃったあたしにも責任があるし、なによりルマちゃんには、以前魔法使いの国から脱出する時に助けてもらった恩がある。それを返さないと。


「そりゃあ、アタシとしては助かるけど……アンタが危険な目に遭うメリットないじゃない」


「いいからいいから。ちょうど怪鳥の素材を探してたとこなのよー」


「はー、相変わらずの錬金術脳ねぇ」と、ルマちゃんは呆れ顔で言う。半分本当で、半分嘘だけど、今はそれでいい。


 あとは、こっちの戦力だけど……。


「メイさーん! 怪鳥さーん! 大丈夫ですかー?」


 ……その時、地上からフィーリの声が聞こえた。我がチーム、最大火力の持ち主の声が。


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