第十四話『鳥の街にて・その③』



「エルフ豆入れて、海水入れて……昆布と魚も入れて……はい! 湯豆腐の完成!」


 ……結局、梟に監視されて鳥料理を作ることができないので、その日は入手したばかりのエルフ豆を使って、豆腐料理を調合した。


 錬金釜を使った料理はこれまで何度もやってきたけど、豆を入れたら四角くて白い物体が飛び出してくるのを見て、ルメイエは目を丸くしていた。


「……ユドーフ。これはメイの世界の料理なのかい。どれどれ」


 素早くベッドから起きてきて、完成したばかりの湯豆腐をスプーンで口に運ぶ。直後、「……食感は新しいけど、味が薄いよ」と、顔をしかめていた。


 ちゃんと出汁も入れてるはずなんだけど。究極の錬金釜を持ってしても、湯豆腐の繊細な味は再現できないのかしら。


 あたしも一口食べてみる。あー、なんか薄い気がする。


「ここは醤油を足しましょー。これでなんとか食べられるわよ」


 容量無限バッグから、小瓶に入った紫色の液体を取り出しながら言う。相変わらず梟の監視は続いていたけど、エルフ豆のおかげでなんとか食事にありつくことができた。



 ○ ○ ○



 ……鳥の街、滞在二日目。


 今朝は宿側から朝食が提供された。平べったい器に茶色い物体が盛られ、隣には瓶に入った牛乳がある。


「……コーンフレーク?」


 目の前にあるそれは、前の世界にあったコーンフレークそのものだった。おそるおそるかじってみるも、味も同じ。この街、近くでコーンを育ててるのかしら。


「……おいしいけど、鳥の餌のようだね。ボクの心が荒んでいるのかな」


 ばりぼりとコーンフレーク単体を頬張りながら、ルメイエが言う。


「横にある牛乳をかけて食べるのよー」と伝え、自ら率先して牛乳をかけ、口に運んだ。


 ……今になって思えば、この宿の食事が朝食だけってのも納得。大抵の宿って夕食付きだけど、この街は鳥が支配しているし。多くの鳥は夜目が利かないっていうのが理由にあるのかも。


「……メイさん、すごく食べにくいんですけど」


 その時、フィーリが小声で言った。


「へっ? 牛乳、足りなかった?」


「そうじゃなくてですね……ほら、見てください」


 そして窓の外に視線を送った。それを追ってみれば、そこから見える木の枝を埋め尽くすように、無数の鳥がいた。なんか見張りの鳥の数が増えてる気がする。


 ……昨日の出来事もあったし、監視の目が強くなってるのかしら。


 この宿屋の名前、バードウォッチングなんだけど、ウォッチングされてるのはあたしたちのような気がする。


 今更ながら、この街の住民たちが息をひそめて生活している理由がわかった気がした。無言の圧力、怖い。



 ○ ○ ○



 いつまでも宿にいても居心地が悪いので、あたしたちは街へと繰り出し、たまたま見つけた小鳥カフェへと足を運んだ。


 当然、小鳥カフェだから鳥だらけで、中には監視用の鳥たちもいるわけだけど、あのまま宿にいるより幾分マシ。


 あたしたちの相手をしてくれる小鳥たちは無垢で人懐っこいし、調理担当なのか、カウンターに男性店員の姿もある。人がいるだけでも、多少は不安が取り除かれる。


「うーわー、かわいーわねー」


「癒やされますー」


「ぴーぴー言ってるわよー。たまんない」


 ヨチヨチと一生懸命に歩いてきて、ちょこん、と膝の上に乗ってくるヒヨコ。


 必死に飛んできて、肩に止まる青い鳥。どれも可愛らしくて、見ているだけで思わず頬が緩む。


 そんな小鳥たちと、近くに人がいるという安心感からか、あたしたちの警戒心も薄れ、次第に楽しい時間を過ごしていた。


「すみませーん、豆乳きなこシェイク3つください。砂糖多めで」


 ドリンクを頼むと、店員さんは右手を軽く上げて合図してくれた。相変わらず無言だったけど、注文は伝わったよう。


 しばらくして、大きなグラスに入った飲み物が鳥によって運ばれてきた。


 小鳥カフェだから、メイド代わり? 器用に運んでくるわねー……と思いつつ、それを受け取って一口飲む。


 豆乳の青臭さを、きな粉の風味がいい感じに消してくれていた。すごく豆豆しいけど、飲みやすくて美味しかった。


 ……そんな癒しの空間からなかなか抜け出せずにいると、いつの間にかお昼時。


 店員さんがランチメニューの書かれたプレートを運んできてくれ、あたしたちはそれを覗き込む。


 ……エンドウ豆のパスタ、エルフ豆と根菜のスープ、ビーンズサラダ。


 ……鳥の街だけあって、この街は本当に豆料理ばかりだった。ヘルシーだし健康に良さそうだけど、こんな食生活続けていたら、いつか鳥になりそう。


「むー、やっぱりお肉が食べたいですー……」


 ランチメニューに目を通した直後、フィーリがうつむきながら嘆いていた。


 彼女の気持ちもわかるけど、この街では鳥を食べることができない。


 ……そもそも、この世界で鳥以外に食用のお肉ってあったかしら。狼とかトカゲとか、一部のジビエっぽい食材を除いてさ。


 あたしは記憶の糸を辿ってみる。この世界で豚を見た記憶がないし、牛はいるのだけど、牛乳を出してくれるし労働力になるしで、あまり食べる文化はないように思える。一番食べられているのは、トリア鳥。もっぱら鶏肉なのだ。


「……さすがに育ち盛りの子に豆料理が続くのはきつそうだね。メイ、フィーリの我慢が限界を超える前に、この街から離れたほうが……」


 ルメイエがそう口にした時、外からまるで野獣のような雄叫びが聞こえた。


 直後、あたしたちを監視していた鳥たちは、天井付近の壁に備え付けられた小窓から次々と外へ飛び立っていき、カフェの店員さんは「ひぃっ」と小さな声を上げ、その場に縮こまった。


「大丈夫ですか?」と声をかけると、「ア、アルマゲオスだ。くそ、戻ってきやがった」と、震え声で言った。


 ……アルマゲオス? どっかで聞いたことあるような。


 店員さんの言葉にどこか引っ掛かりを覚えつつ、あたしは窓から外を見る。その目に飛び込んできたのは、街の中央にある鳥の巣に鎮座した、巨大な鳥の姿だった。


「……え、ルマちゃん!?」


 思わずそんな声が出る。頭部の紅い羽に、銀色の翼。これでもかというくらい、ルマちゃんにそっくりだった。


 そして同時に思い出した。アルマゲオスって、ルマちゃんの正式名称じゃない。愛称で呼び慣れてて、すっかり忘れてた。


 ……でも、なんでルマちゃんがここにいるの?


 それに、店員さんのこの怯えよう。すごく恐れられている気がするし、どういうことかしら。


 あたしは事の真相を確かめるべく、外へと飛び出したのだった。


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