第十三話『鳥の街にて・その②』
あたしは旅する錬金術師メイ。現在鳥の街リントックにて、お仕事探しの真っ最中。
「メイさん、このお仕事はどうですか? 鳩豆の収穫手伝い。1時間で400フォルらしいです」
「うーん、駄目ねー。時給制だと、錬金術で効率上げてもお給料変わんないし。歩合制のお仕事を探しましょ」
フィーリが見つけてくれた依頼を却下して、あたしは書類の束をめくる。
「……あ、これなんかいいんじゃないかしら」
そして、エルフ豆の納品依頼を見つけた。報酬は一袋につき600フォル。少し安めだけど、自律人形たちに手伝ってもらえば量は採れそう。
「エルフ豆って、オトーフの材料になるアレですか?」
「そうそう。エルフの村でもらったやつね。こんな依頼があるくらいだし、この近くで採れるんでしょ。素材用としても確保しておきたかったし、願ったり叶ったりよ」
あたしはそう言いながら、その依頼を受ける。そして受付の鳩に「このエルフ豆が生えてるのって、どの辺り?」と尋ねた。
「コノ街カラ一歩外ニ出レバ、ソコラ中ニ生エテルワヨ。範囲ガ広イカラ、大変ヨー」
「アリガトウゴザイマス」
思わず鳩と同じ口調で返して、あたしは依頼書を手に冒険者ギルドを後にした。
○ ○ ○
街の外に出て、周囲の草むらに目を凝らすと、鳩の言う通りあちらこちらにエルフ豆特有の房が見える。
広大な土地に、雑草と混じって生えている感じで、これは植えられているというより、自然繁殖しているのに近いかも。
「うわぁお、こりゃすごいわー」
「メイさん、この中から、エルフ豆だけを選んで採るんですか?」
「そーよー。たくさん採ればそれだけお金になるんだから、やるっきゃないわよ」
「……そうですか。頑張ってください」
腕まくりをするあたしとは裏腹に、フィーリは笑顔のままゆっくりと後退していく。
「ちょいまち。どこ行くのよ」
ずいっと近づいて、その両肩をしっかりと掴む。
「なんか大変そうですし、ここはメイさんにおまかせして帰ろうかなー、なーんて……」
「そんなこと言わないの。ここまで一緒に来たんだから、あんたも協力しなさい。報酬、分けてあげるから」
それまで視線を泳がせていたフィーリだけど、“報酬”という言葉を聞いて、「わかりましたよぅ……」と、渋々了承してくれた。
「とりあえず、フィーリは魔法で周囲の草をエルフ豆ごと刈り取っちゃって。はいコレ」
あたしは笑顔で言って、風属性の属性媒体を手渡す。フィーリは受け取ったそれをまじまじと見つめたあと、納得したように頷き、杖を取り出した。
「草刈りしろってことですね……それじゃ、いきますよー! 猛き風神よ!」
「ちょ―っと待った! ストーップ!」
全身に緑色のオーラを纏い、最上級風魔法の詠唱を始めたフィーリを慌てて制止する。
「……なんですか。周囲の草を刈り取るんじゃないんですか?」
魔法発動時の集中を乱されたせいか、フィーリはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「こんな街の近くでそんな強い魔法使ったら、間違いなく街に被害が出るでしょ! 初級魔法にしときなさい!」
そう伝えると、フィーリは口をとがらせながら「ちぇー。ストレス発散したかったのにー」と小声で言い、杖を構え直した。
「フィーリー、今度はこっちお願い」
「はい! ウインドカッター! 5連発!」
あたしが指示を出すと、フィーリは周囲の草をまとめて薙ぎ払う。
草やぶに分け入ってちまちまとエルフ豆を採るより、こうやってまとめて刈り取ってから一気に採取したほうが効率的という判断だ。
「こうすればエルフ豆以外の植物素材も採取できて、一石二鳥よねー」
「一石二鳥よねー、じゃないですよー。もう疲れましたー」
「後で魔力注入ドリンク作ってあげるから、もう少し頑張って。今度はこっち側」
「ひーん。ウインドカッター!」
そんなフィーリの頑張りもあって、30分もしないうちに周囲の草はあらかた切り倒せた。
「さーて、こっからは人海戦術よー」
言いながら、容量無限バッグから三体の自律人形たちを取り出す。
彼らにエルフ豆の房を見せ、「これをできるだけ拾ってちょうだい」と指示を出すと、びしっと敬礼をして、袋を片手に四方へと散っていった。その銀色の背中が、なんとも頼もしかった。
「ふー、今日はこのくらいにしときましょうかー。皆、おつかれさまー」
それから夕方まで黙々と採取作業をし、周囲一帯のエルフ豆は大体取り尽くしたところで、あたしは作業の終了を宣言する。
「うー、腰が痛いですー」
午後から採取作業に参加したフィーリが腰を伸ばす。お昼休憩を挟んだとはいえ、6時間近くの作業。結構きつかったわよねー。
そして集まった袋を数えてみると、合計8袋。一つは素材用にもらうとして、7袋を納品すれば4200フォル。時給換算で700フォル。十分ねー。
○ ○ ○
それから街へ戻り、さっそくエルフ豆を納品する。
その報酬を受け取って冒険者ギルドを後にすると、外で待っていたフィーリが満面の笑みを浮かべてあたしを見てきた。
「報酬、もらえました?」
「バッチリよー。合計4200フォルゲット!」
あたしはサムズ・アップしながら答える。この街での宿代が一日200フォルなのを考えると、十分すぎる金額だ。
「フィーリのおかげよー。じゃー、お礼の1000フォルねー」
「えー……少なくないですか? 魔法のぎじゅちゅ料がかかってるんですけどー?」
「ちょっと、言えてないじゃない。はいはい、技術料ねー」
頬を膨らませてジト目で見てくるフィーリがどこか可愛くて、あたしはもう500フォルを上乗せしてあげ、揃って家路についたのだった。
……そして宿屋に帰宅後、結局丸一日をベッドの上で過ごしていたというルメイエに、この街の様子を話して聞かせた。
「……ふうん。仕事を鳥に任せて家に篭っているなんて、この街の人間はぐーたらなんだね」
「あはは、この街の住民もルメイエにだけは言われたくないでしょーねー」
そう言って笑うも、ルメイエの顔は真剣そのものだった。
なにか思うところがあるのかしら……と、笑うのをやめ、話の続きを待つ。
「……正直な話、鳥たちの動きはボクも気になっていた。今日は丸一日ベッドの上でゴロゴロしていたわけだけど、まるで監視するかのように、一羽の鳥がそこの窓からずっと室内を見ていたしね」
ルメイエは小声で言って、自分の背後を指差す。既に日は落ちているものの、窓の外に見える木の枝には、目をらんらんと輝かせた梟が止まっていた。
「……もしかしてこの街、鳥が人を監視してるっていうの?」
「あくまで可能性の話だけどね。メイたちの話を照らし合わせると、可能性がないとも言えない」
その視線を一瞬だけ窓に向けて言う。思えば、あの窓だけでなく、部屋中の窓という窓にはカーテンが付いていない。カーテンを閉められたら監視できなくなる……とか、そんな理由があるのでは、なんて考えてしまう。
「……でも、街の住民が監視されてたとして、相手は小さな鳥よ? 簡単に対処できそうじゃない?」
「それがわからないんだ。あの鳥たちとは別に、もっと強い影響力を持った、元締めのような存在がいるのかもしれない。街の丘にある巨大な鳥の巣も気になるしね」
口元に手を当てながらルメイエが吐き出すように言った、その時。
くきゅるるるー……と、間の抜けた音がフィーリのお腹から飛び出した。当の本人は声にならない声を上げながらお腹を押さえるも、出てしまったものは戻らない。
「……そういえば、夕飯がまだだったね。メイ、今日はキミが作ってあげなよ」
「そうねー。フィーリも今日は頑張ってくれたし、体力のつくもの用意してあげる」
ルメイエとの話はそこでお開きとなり、あたしは容量無限バッグから錬金釜と、晩ごはんの食材である鶏肉を取り出した。
今日はチキンソテーにしてあげようかしら……なんて考えた矢先。
「ホーホホ! 鳥ヲ食ベヨウナンテ、不届キ千万! ホーホホホ!」
突然の声に驚き、その源を探ると、窓にべったり張り付きながら梟が叫んでいた。
ひぃぃ、なにあれ怖い。怖すぎる。
その異様な行動に恐怖を感じたあたしは、持っていた鶏肉を反射的に容量無限バッグへと戻した。
すると、梟は何事もなかったかのように、元の枝へと戻っていった。
……信じたくないけど、やっぱりこの街の人間は鳥に監視されているらしい。
あたしたちは言葉を失って、窓の外を見つめることしかできなかった。
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