第十二話『鳥の街にて・その①』



 翌日、あたしたちは鳥の街へたどり着いた。頭上にあるアーチ状の門に掲げられた看板には、大きく『鳥の街リントック』と書かれていた。


 山頂付近に作られたその街は、周囲を低い鉄の柵で覆われていて、石造りの建物がいくつか並ぶ小さな街だった。


 街の中央には小さな丘があり、そこには無数の木をかき集めて作られた、巨大な鳥の巣のようなものが見える。


「ここが鳥の街ですかー。変わってますねー」


「変わってるわねー」


 周囲を見渡しながら、フィーリに相槌を打つ。


 この街、確かに変わっている。なぜかというと、門の周囲や、その近くにある柵の上まで無数の鳥が止まっていたから。どれもオウムやインコを思わせるカラフルな色をしている。


 さすが鳥の街だわ……と思ったのもつかの間、その中にいた真っ赤な鳥が羽をはばたかせ、あたしたちの元へとやってきた。


「イラッシャイマセ。リントックヘヨウコソ」


 その鳥は人語を話し、嘴にくわえた書類を差し出してきた。


 それには『滞在許可証』と書かれていて、代表者の氏名や人数、滞在日数などの記入欄があった。


「もしかしてこれ書くの?」


「ゴ明察。記入ヨロシク」


 赤い鳥に言われるがまま、あたしは容量無限バッグから羽根ペンを取り出す。


 ……直後、周囲の鳥たちがざわついた。


「なになに? どうしたの?」


 あたしが困惑していると、先ほどの群れの中から、緑色の鳥が口に細い棒のようなものをくわえて寄ってきた。


「コノ街デハ羽根ペンハゴ法度ヨ! コレヲ使イナサイ!」


「……筆?」


 渡された道具を見て、思わずそんな声が出た。言われるがままに使ってみると、絵筆のようで、何かが違う。筒の中にインクが入っているらしく、細い筆先を押し付けると、じわりとインクがにじみ出てくる。


 なるほどなるほど。変わってるけど、使い勝手は悪くない。


 でも、どうして羽根ペンがご法度? 鳥の街だから、同族の犠牲の上に作られた羽根ペンは駄目なのかしら。次からは万年筆を使いましょう……なんて考えながら、あたしは書類の記入を終えた。


「トコロデコノ街、人ハ居ナインデスカ?」


 その時、フィーリが鳥たちに口調を合わせて言った。普通に言いなさい。普通に。


「人? 居ルノハ居ルケド、皆家ノ中サ」


「コノ街デハ、ワレワレガ主役ナノ。アルマゲオス様ノオカゲヨ」


「……ナルホド。マサニ鳥ノ街ト言ウワケダ」


 鳥たちの話を聞いていると、ルメイエが納得顔で言った。ちょっとルメイエ、あんたも一緒になって遊んでんじゃないわよ。



 ……その後、無事に滞在許可を得たあたしたちは、赤い鳥に先導されて街唯一の宿屋へとやってきた。


 その入口には『お泊り処 バードウォッチング』とある。


 変わった店名ねぇ……なんて考えながら数日間の宿泊予約をし、代金を支払う。


 朝食付きで一人一泊100フォル。子供は半額になるらしく、フィーリとルメイエは二人で一人分。この世界は子供料金が適応されない宿も多いし、助かっちゃった。


「フィーリ、トークリングはちゃんとつけた?」


「はい! 見ての通り!」


「露天で怪しいもの買っちゃ駄目よ。あと、変な花の蜜も吸っちゃ駄目だかんね」


「わかってますよぅ……同じ過ちは繰り返さない魔法使い、それがわたしです!」


 身支度を整えながら、先の花の街での出来事を思い出してそう忠告するも、そんな言葉が返ってきた。ちょっとそれ、あたしの決め台詞!


 一方のルメイエは「楽しんでおいでよ」と、あたしたちを自室のベッドから見送っていた。


「来ないの?」と尋ねると、「少し休むよ」とのこと。


「相変わらずねぇ。それじゃフィーリ、行きましょっか」


「はい!」


 そんなマイペースなルメイエを置いて、あたしたちは街へと繰り出したのだった。



 ○ ○ ○



 最初にフィーリとともにやってきたのは、街の大通り。


 そこらかしこに無数の出店が並び、賑わっている……かと思いきや。


「メイさん、人が居ませんよー?」


「本当ねぇ……」


 お店はあるものの、その店番は全て鳥だった。まさに鳥の市。


 一方、道を行き交う人は皆無で、閑古鳥が鳴いていてもおかしくない。


 山の上にある街だし、観光客が少ないのもわかるけど、街の人は買い物に来ないのかしら。


 そんなことを考えていると、恰幅のいい男性が一人、買い物にやってきた。身なりからして、街の人だろう。


 その買い物の様子を眺めていると、代金を支払って商品の入った袋を受け取った後、男性は店番の鳥に対して、何度も頭を下げていた。


 見かけはすごく威勢の良さそうなおじさんなのに、鳥相手にあれだけかしこまっちゃって。変ねぇ。


 思わずそんな感想を抱いていると、その男性は変わらずの低姿勢のまま、立ち去っていった。


「……この街、かなり妙な感じだけど……フィーリ、どうする? 一人で散策する?」


「うーん、メイさんはどうする予定ですか?」


「宿屋の鳥さんから場所聞いてるし、あたしは冒険者ギルドに行ってみるつもりだけど」


「……わたしもついていって良いですか?」


 今一度市場の中を見渡して、どこか不安げにフィーリが言った。いつの間にか、あたしの手を握っている。


「まー、時々鳥の鳴き声がするだけの市場とか、不気味すぎて一人じゃ歩けないわよねぇ。一緒に行きましょー」


「はい!」


 笑顔を弾けさせたフィーリの手を握り返して、あたしは冒険者ギルドへと向かった。


「イラッシャイマセ」


 外に依頼掲示板が出ていなかったので、冒険者ギルド内部へと足を運ぶと、カウンターには一羽の鳩がいた。見た目は鳩だけど、他の鳥と同じく人語を話している。


「コレハ魔法使イ様ガタ、ドウイッタゴ用件デ?」


「あたしは錬金術師です」


「アラヤダ、錬金術師ナノ?」


 職業を明かすや否や、オホホホホ……と笑われた。この鳩、豆鉄砲食らわせてやろうかしら。


「あのー、人間はいます?」


「奥デ寝テルワヨ」


「たたき起こしてきてもらえません? できたら、人と話したいので」


 努めて笑顔でそう伝えると、鳩はバサバサと奥の部屋へと飛んでいった。少しの間をおいて、一人の男性が出てきた。少し痩せていて、顔に覇気がない


「あのー、この街、依頼掲示板が出てなくて。冒険者ギルドに所属していなくても受けられる依頼、ありません?」


 そう尋ねると、男性は無言で書類の束を差し出してきた。反射的にそれを受け取ると、その男性はすぐに奥の部屋へと引っ込んでしまった。


 なんか愛想がないわねぇ……なんて思いつつ、あたしはフィーリとギルド内に設置されたテーブル席に腰掛けて、依頼のチェックを始めた。


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