第十一話『旅の途中にて・その②』



「あれー? フィーリー?」


 20分ほど採取をして池から戻ってくると、木の根元にフィーリの姿はなかった。


 万能テントの中かしら……と思って覗き込むも、もぬけの殻だった。


 特に気にする様子もなく「そのうち戻ってくるよ」とベッドに寝転んだルメイエを後目に、あたしはテントを出て、その姿を探す。


 街じゃないからトークリングも持たせてないし、どこ行ったのかしら……なんて思いながら歩いていると、予想外な場所でその姿を見つけた。


 彼女がいたのは、万能テントから少し離れた場所に生えた大木の上。太い枝の上に器用に座り、真剣な表情で本を読んでいた。


 その高さ、目測で5メートルほど。どうやって登ったのか不思議に思うも、近くにほうきが立てかけてあった。


 声をかけようと思った矢先、フィーリの肩に小鳥が止まった。当の本人、まったく反応なし。読書に没頭しているよう。


 ……これは邪魔しないでおこう。そう考えたあたしは、静かにその場から立ち去り、万能テントへと戻ったのだった。



「あのー! 二人とも、起きてくださーい!」


「……ふがっ!?」


 フィーリの声がして、はと気づく。いつの間にか寝てしまっていたようで、変な声が出た。


 跳ねるようにして上体を起こすと、腰に手を当てたフィーリが目の前に仁王立ちしていた。


「もー、いつまで寝てるんですか!? もう夕方ですよ!」


「あー、ごめん。ルメイエの幸せそうな寝顔見てたら、つい」


 後頭部を掻きながら、意識が途切れる直前の状況を思い出す。


 万能テントに戻り、天使のような顔ですやすやと眠るルメイエを見ていたら、あたしも急に眠気に襲われたのだ。


「こんな時間まで素材採取してるなんてすごい。錬金術師の鑑……なんて感心してたのに。実際は寝てたなんて」


 ため息交じりに言うフィーリにもう一度謝り、外を見る。すっかり日が傾き、遠くに見える山は茜色に染まっていた。


「あちゃー、もうこんな時間? ほんのちょっとだけのつもりが、寝すぎちゃったわねー」


「本当ですよー。今日中に鳥の街に着く予定じゃなかったんですか?」


「そのつもりだったんだけどねー。夜の山は危ないし、明日の朝に改めて出発しましょー」


 少し悩んで、そう結論づけた。空飛ぶ絨毯があるとはいえ、この時間から山登りをすれば確実に夜になる。今日はこのまま、ここをキャンプ地としよ。


「じゃあ、晩ごはんの準備お願いします! 野宿の原因を作ったの、メイさんですし!」


「そ、それとこれとは話が別。ここは当番じゃんけんで決めるわよ。ルメイエー、そろそろ起きなさーい!」


 嬉々として言うフィーリにそう伝え、あたしは未だにぐーすか寝ているルメイエをゆすった。



「……事情は理解したけど、じゃんけんってなんだい?」


「ルメイエさん、じゃんけん知らないんですか? それはですねぇ……」


 その体をゆすること数分。ようやく目覚めたルメイエが寝癖のついた髪の毛を直しながら言うと、それを聞いたフィーリが得意げにじゃんけんについて説明する。


「……なるほど。じゃんけんとやらが三すくみの関係なのは理解したよ。だけど、紙で石を倒せるなんてボクには到底納得できないね。石を紙で包んだところで、発熱するテンカ石なら燃やされて終わりだと思うんだ。それに錬金術を使えば、ハサミで切れない紙だって……」


「いいから当番じゃんけんやりましょう! 負けた人が晩ごはん作りです!」


「やる気満々なところ悪いけど、正直ボクは料理、あまり得意じゃなくて……」


 ルメイエは気乗りしない顔をしつつも、フィーリに気圧されるようにあたしたちと向き合い、握りこぶしを作った。


「それじゃ、いくわよー。じゃーんけーん!」


「ぽん!」


 声を揃えた後に出された手はそれぞれ、あたしとルメイエがグー、フィーリがチョキ。


「ま、負けました……」


 そして敗北したフィーリは自分の右手を見つめ、わなわなと震えていた。


「ごめんね。勝負の世界は非情なの」


「……かわいそうだけど、フィーリの負けだね」


 じ、実はこのハサミ、魔力で強化した岩をも断つハサミなんです! と、苦しい言い訳をするフィーリを慰めるように、あたしとルメイエはそう言葉をかけた。


「むむむ……食材集めてきます!」


 負けたのが悔しいのか、フィーリは地団駄を踏んだあと、万能テントから飛び出していった。


 あらら、必要な食材なら容量無限バッグから出してあげたのに。



 それからしばらくして、フィーリが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。


 ……その両手いっぱいに、あたしの大嫌いなキノコを抱えて。


「あのー、フィーリさーん、そのキノコ、どうするつもりですかー?」


「もちろん食べるんですよ。ルメイエさん、このキノコ、どんな料理になりたいって言ってますか?」


 思わず敬語で尋ねたあたしを軽く流して、フィーリはルメイエに問う。


「そのキノコはシチューの具になりたいそうだよ」


「じゃあ、今日の晩ごはんはキノコシチューで決まりですね!」


「いいね。美味しそうだ」


 あたしがキノコ嫌いなのを知らないルメイエは本気で喜び、フィーリは悪魔的な笑顔を浮かべたまま、調理に取り掛かった。


 じゃんけんで料理当番を決めた手前、今更あたしが代わるなんてことも言えず。あたしはテント内のソファーに沈み込んで、料理ができるのをただ待つことしかできなかった。


「できましたよー。キノコシチューだけじゃ物足りなさそうだったので、キノコサラダも追加しておきました!」


 やがてキノコづくしの晩ごはんが完成し、三人でテーブルを囲む。


「あー、うー、うー」


「……なんだい、メイはキノコが苦手なのかい?」


 まるでゾンビのような声をあげながら視線を泳がせるあたしを見て、ルメイエが気づいたらしい。


「メイさん、好き嫌い言っていたら大きくなれませんよー」


 対面に座るフィーリが人差し指を立てながら言う。


「そ、そんなこと言ったって……キノコ食べて大きくなるのは赤い帽子をかぶった土管工のおじさんだけだし」


 思わずそんな言葉が口をついて出るも、二人に通じるはずもなく。「いいから食べてみてください!」と、小皿によそったキノコサラダを手渡された。


 ……こうなったら、あたしも腹をくくろう。もしかしたらこのキノコは珍しいキノコで、とびきりおいしいかもしれないし。


「いただきます……はむっ」


 そして、意を決して口に入れる。


 ……ぐにゅっとした食感。


 続けて、じわぁ、と広がる嫌な味。


「……うえぇ」


 あたしは思わず口を押さえ、えづいてしまう。鳥肌がすごい。自然と涙が出る。


「……メイ、泣いているのかい。これは、本気で駄目のようだね」


「うぅ……ごめん。やっぱり無理。せっかくフィーリが作ってくれたのに」


 テーブルに額をこすりつける勢いで謝る。たとえ嫌いなものでも、せっかく作ってくれた料理を食べてあげられないなんて。


「しょーがないですねー。わたしも少しやりすぎましたし、メイさんはこれを食べてください」


 そんなあたしを見かねて、フィーリはじゃがいものキッシュを出してくれた。


「ありがとう! これなら食べられる!」


 改めて手を合わせてから、あたしはフォークを手にし、キッシュを口に運ぶ。


「うん。ホクホクでおいしー」


 ジャガイモをどこで手に入れたのか不思議だけど、一緒に混ぜ込まれたチーズは相性抜群。フィーリ、腕を上げたわねー。


「……だけど、食べ物の好き嫌いがあるのは問題だよ。山で遭難でもしたら、キノコしか食べるものがないという状況も十分考えられるしね」


「もっともな意見だけど、ダメなものはダメなのよ」


 もくもくとキッシュを口に運びながら、そう答える。容量無限バッグがあるから、食糧不足になることも基本ないしさ。


「……調理法を工夫して、いつか絶対メイさんがキノコを食べられるようにしてみせます!」


 そんなあたしとは裏腹に、フィーリはそう意気込んでいた。


 キノコを刻んでハンバーグやカレーに混ぜ込まれるのかしら。フィーリ、お手柔らかにお願いね……。



 ○ ○ ○



 食事を済ませたら、お風呂の時間。


 ……といっても、万能テントの中に直接全自動風呂釜を設置したら、中が水浸しになって大惨事になる。人里離れた山奥なら、外に置いて露天風呂感覚で楽しむこともできるけど、ここは街道が近いのでそういうわけにもいかず、あたしは浴室用の万能テントを作ることにした。


 必要素材は布素材と妖精石。でも、そろそろ妖精石の在庫が無くなりそう。この石、結構使うし、素材分解して再利用するのもさすがに限界だ。


 近いうちにまた採りに行かなきゃ……と考えつつメイカスタムを行い、布素材にビニル布を使うことにした。


 ビニル布はビニルの木から作れる布で、これを素材にすることでテント自体が水を弾くようになる。


「よーし、お風呂用のテント、かーんせい! これで外でもお風呂に入れるわよー!」


「これは画期的ですね!」


 できあがった浴室用万能テントを前にフィーリと手を取り合って喜びあう。


 一方、ルメイエは「人に見られたところで、自律人形のボクは気にしないけど」と言った。


 あんたは良くても、あたしとフィーリは気になるの!



「はー。いつでも入れるお風呂、最高よねー」


「フィーリ、背中を洗っておくれよ」


 三人一緒にお湯に浸かっていると、ルメイエが湯船から出ながら言う。


「仕方ないですねー。石鹸とタオル、貸してください!」


 口ではそういうも、フィーリはどこか嬉しそうにその背を洗ってあげる。


 これはルメイエがズボラというわけでなく、自律人形はその構造上、自分の背中に手が届かないらしい。だから、洗ってもらうしかないのだそう。


 ルメイエ曰く、「この自律人形を作った時は、自分で体を洗うことなんて考えなかったからね」とのことだけど……。


「フィーリ、ちょっと強くこすり過ぎなんじゃないかい?」


「これくらいしないと、汚れは落ちませんよー」


 うーん、傍から見てると、妹の世話をしているお姉ちゃんにしか見えないわよねー。


「じゃー、あたしは頑張ってるフィーリの髪を洗ったげようかしらねー」


 その光景が微笑ましくて、あたしも混ぜてほしくなった。湯船から出て、わっしゃわっしゃとその銀色の髪を洗う。


 あいかわらず、少し力を入れたら切れてしまいそうなくらい細くて、柔らかい髪質だった。


「そうです。メイさん、今度新しい属性媒体作ってほしいんですけど」


 手櫛をかけながらゆっくり洗っていると、そんな声が飛んできた。


「え、けっこうな数渡してると思うけど。足りなくなった?」


「別属性のが欲しいんですよ。今度は氷と雷の属性をお願いします」


「あ、もしかして昼間読んでた魔導書に関係する?」


「ですです。中級魔法になると、新しく雷と氷の魔法が登場するんです。使い方は覚えたので、試してみたくて」


 フィーリは元々、地・水・火・風の四属性は扱えたはず。今度は新しく、雷と氷の魔法に挑戦するのね。


「りょーかい。レシピ本で必要素材を見てからになるけど、近いうちに作ってあげるわよー」


 あたしは頭の中で素材を予想しながら答える。属性媒体は比較的簡単に作れるし、新たな属性だろうとすぐにできると思う。


「近いうちと言わずに、お風呂から出たらすぐにお願いします」


 そう懇願するフィーリの声を聞いた時、あたしの中にわずかな悪戯心が芽生えた。


「んー、どうしようかしらねー」


 あたしは首をかしげ、わざとらしい声を出す。


「……メイ先生、お背中お流しします」


 すると、フィーリが真剣な表情で肩越しに言って、立ち上がる。


「冗談冗談。そんなご機嫌取りしなくても、すぐに作ってあげるわよー。それよりほら、髪の泡流すから座ってなさい」


「……むぅ。キノコの件、まだ根に持ってるのかと思いました」


「そんなわけないでしょー」


 あたしは笑いながら言って、再びフィーリの髪を洗い始めた。


 ……そんな、旅の途中。


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