第九話『花の都にて・その⑤』
「それじゃ、作戦開始! フィーリ、いくわよ!」
あたしとフィーリはそれぞれ空飛ぶ絨毯とほうきに乗り、空へと飛び立つ。万一を考えて、見えない盾も展開しておいた。
「メイさん、あのお花、倒しちゃ駄目なんですか? 炎の大魔法を使えば、一発だと思うんですが」
「ルメイエも言ってたでしょ。あの花も好きで暴れてるわけじゃないんだから、助けてあげるのよ。フィーリは援護お願い」
「ちぇー、わかりましたー」
口を尖らせながら風属性の属性媒体を手にしたフィーリを追い抜き、あたしはどんどん速度を上げ、花へと近づいていく。それに気づいた怪物が咆哮をあげた。
「言葉は理解できないけど、あの花が悲しんでいるのはなんとなくわかる。すぐに助けてあげるから……って、うひゃあ!?」
より一層距離を詰めたとき、すごい勢いでツタが飛んできた。絨毯の自動回避機能が働いて、すんでのところで避けるも、立て続けに第二次攻撃が来る。
「ひえぇっ!?」
二回目の攻撃は避けきれず、見えない盾が弾き返してくれた。思わず恐怖を感じて距離をとるも、ツタを猛烈な勢いで振り回し、あたしを執拗に狙ってきていた。
「ちょ、ちょっと待って! 確かにあんたがそんな姿になった原因はあたしにあるけど、反省してるのよ! 助けてあげるから、そのムチ攻撃やめて!」
反射的に絨毯を上下に動かし、その攻撃を避ける。そのとき、この巨大な花の真下に建物があることに気づいた。この花は、その屋根を突き破って生えている。
たぶん、あの建物が花屋なのね……なんて考えていた矢先、絨毯の端にツタが巻き付いた。
「捕まったぁぁ! フィーリ、助けて!」
「おまかせください! ウインドカッター!」
思わず後方のフィーリに助けを求めると、緑色のオーラを纏った彼女は左手に風の属性媒体を掲げ、右手の杖の先から無数の風の刃を飛ばす。それによって絨毯の端を掴んでいたツタは瞬く間に切り刻まれ、あたしは自由の身になった。
「ありがとー!」
あたしはお礼を言って、一旦、ツタによる攻撃が届かない距離まで逃げる。
フィーリは呪文詠唱をほとんど必要としない、無詠唱魔法の使い手。その代わりに魔力を多めに消費するのだけど、潜在魔力が桁違いに多く、それで補っているんだとか。一方で、あたしが作った道具がないと属性魔法が使えない欠点がある。
「やっぱり、ひと思いに焼いてしまったほうがあの花のためなんじゃないですか? メイさんも危険な目に遭わなくて済みますし」
愛用の鞄から火属性の属性媒体を取り出しながら言う。
「それは駄目だって言ってるでしょ。近くでドレインボムさえ使えれば決着がつくんだから、フィーリも援護して……ひえっ!?」
ムチ攻撃の射程圏外にいるからと安心していたら、今度は無数の葉が飛んできた。
見えない盾が自動的に守ってくれたけど、まさかの葉っぱカッター? あいつ、飛び道具まで使ってくるのね。
「ほーら、これでもまだ助けたいとか言うんですか? このままだと、わたしたち切り刻まれちゃいますよ?」
見えない盾に隠れながら、フィーリが言う。うーん、こうなったら、多少強引な手を使うしかないのかしら。
そう考えたあたしは容量無限バッグから火炎放射器を取り出し、花へ向けて急接近していく。それを見た怪物は当然のように葉を飛ばして迎撃してくる。
「なんの! 燃えなさい!」
おびただしい数の葉があたしに向けて放たれるけど、その攻撃は直線的。正面に火炎放射器を構えていれば、全て燃やすことができた。その間に一気に距離を詰める。
「よし、射程圏内入った! これでも、食らいなさーい!」
そして、あたしはその花の中心……大きく開かれた口の中へ、ドレインボムを放り込んだ。一瞬の間をおいて、それは怪物の体内で炸裂。溢れ出した白い閃光がその身を覆い尽くした。
「うわあ、なんかすごい」
あたしは思わず後退するも、その光はやがて白から青色へと変化し、収束していった。
光が収まると、その怪物の姿も消え去っていて、あたしは作戦が成功したと確信。胸をなでおろした。
○ ○ ○
地上に戻り、先ほどまで花の怪物が生えていた建物に足を踏み入れる。
めちゃくちゃに破壊されていたものの、そこは間違いなく肥料の納品に訪れた花屋だった。
床板はめくれて地面がむき出しになっていて、天井には大穴が開いている。そんな店の中央に、ピンク色の小さな花が地面に直接植わっていた。元は植木鉢に植わっていたらしく、それらしい破片がそこら中に散らばっていた。
「あんたがあの化け物の正体? 大変な思いさせちゃって、ごめんね」
その傍に座り込み、そう謝る。どうやらドレインボムによって内部に溜まっていた魔力を残らず吸い出され、元のリコの花に戻ったみたい。
「……って、これ、なにかしら」
そんな花の近くに、青色の小さな球体が転がっていた。片手で拾い上げてみると、大きさの割にずっしりと重い。
色合いからして、ドレインボムで吸い出した魔力の結晶みたいなものかしら。何かの役に立つかもしれないし、拾っときましょ。
そう判断して、容量無限バッグにその球体を放り込んだ直後、店の外が騒がしくなった。どうやら、避難していた皆が戻ってきたみたい。
「うわぁ、予想はしてましたけど、派手に壊れちゃってますねー」
一番に店内に足を踏み入れて、そう言いながら天井を見上げるのは花屋の青年だった。
そんな彼に対し、あたしはお店の修繕費用を出させて欲しいと提案する。
お店がこうなった原因、主にあたしだし。
「お気になさらず。魔法使い様の従者さんからお金をもらうわけにはいきません」
あたしの提案に対し、彼はにこやかな笑顔のまま、そう返答した。
「いやいや、気にするわよ!」
思わず叫ぶ。先のハーブ園の人たちもそうだったけど、この街の人たちって魔法使いに甘すぎない? 過去に魔法使いに街の危機を救ってもらったとか、そんな事情でもあるのかしら。
「それに、あたしは魔法使いの従者じゃないから! 錬金術師だから!」
どこか勘違いしている青年に、自分は錬金術師だと今一度伝え、一緒になって天井を見やる。あの大穴の修理、どれくらいかかるかしら。
「……メイ、修理費用の心配をしているのかい?」
そんな折、いつの間にかやってきたルメイエがそう声をかけてきた。
「そうなのよー。さすがにこのまま『さようならー』ってわけにもいかないしさ」
「その心配は無用だと思うよ。あの魔法使い様が出してくれるさ」
「へっ?」
言われて、ルメイエの視線を追う。そこには住民たちにもてはやされるフィーリの姿があった。
「魔法使い様、街を救ってくださいまして、ありがとうございます」
「まだ小さいのに、素晴らしい腕ですな。どこで学ばれたのです?」
沢山の人に囲まれながらお礼を言われ、色々な品物を受け取っていた。
えー、なんでー? あの子、そこまで活躍してなかったのに。もしかして火炎放射器の炎や、ドレインボムの光、全部フィーリの魔法だと思われてる?
「……メイ、キミの言いたいことはわかるよ。だけど、これが現実なんだ。どれだけ錬金術師が頑張っても、現実、魔法使いの地位は揺るがない」
あたしの心中を察したのか、ルメイエがそう言って慰めの視線を送る。うぅ、納得いかない。
「それでも、彼女のお陰で修理費用も捻出できそうだよ。よく見てごらん」
ルメイエに言われるがまま目を凝らすと、住民の中には『少ないですが、旅の資金にしてください』と、お金が入った袋を渡している人が少なからずいた。
……ああ、ルメイエの言う『フィーリが出してくれる』って、そういうこと?
「フィーリちゃーん、それ持って、ちょーっとこっちに来てー? お願いがあるんだけどー」
「絶対いやですー」
努めて笑顔で言って手招きするも、あたしに負けないくらいの超絶笑顔で拒否してきた。
いいからちょっと来て! と呼ぶも、そのままほうきで飛び出していってしまった。
逃してなるかと、あたしも絨毯に乗ってそれを追いかける。かくして、魔法使いと錬金術師の鬼ごっこが再び始まったのだった。
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