第八話『花の都にて・その④』


「に、逃げろー!」


「助けてくれー!」


 空飛ぶ絨毯にフィーリとルメイエを乗せて、悲鳴の聞こえる方角へ移動していく。逃げ惑う人々を眼下に見ながら進んでいくと、やがて見上げるほどの巨大な花が現れた。しかも、うねうねと動いている。


「……なにあの花の化け物」


 思わずそんな声が漏れる。ルメイエも同じ心境らしく、言葉を失っていた。


 その花の怪物の背丈は15メートルほどで、その天辺にラフレシアを思わせる真っ赤な花が咲き、その中央には円形状に鋭い歯が並んでいた。


 その上、長い触手のような蔦を振り回して暴れている。周囲の建物に多少の被害は出ているものの、どうやら移動はできない様子で、それだけが救いだった。


「うわああ、なんですかあれ!?」


 国民的ゲームに出てくるなんとかフラワーなんて可愛いもんじゃないわね……なんて考えていた時、腕の中のフィーリが目を覚ました。


「大怪獣フィーリを倒したら、次なる大怪獣が出てきたの」


 巨大な花から視線をそらさずに伝えると、「わたし、怪獣じゃないですよ?」と、のんきな声が返ってきた。


「十分すぎるほどに怪獣だったよ。何も覚えてないのかい?」


 続けて、呆れたようにルメイエが言う。フィーリは全く覚えていない様子で、ひたすらに首を傾げていた。


 うわー、酔って暴れて、その後は何も覚えてない。一番困るやつだ。しかも、魔法使い特権でお咎めもなしだし、さすがにずるくない?


「あ! そこにいるのはあの時のお姉さん!」


 あたしの腕の中から抜け出し、何食わぬ顔で絨毯に腰を下ろすフィーリを見ていると、地上から声がした。絨毯から身を乗り出して見ると、そこには花屋の青年が立っていた。


「あんた、こんなところで何してるの、危ないから逃げなさい」


 絨毯の高度を下げながらそう言葉をかけるも、彼は慌てた様子で、「お姉さんからもらった肥料を使ったら、突然あんな化け物が生まれたんです。あの肥料、なんなんですか?」と言った。



 ○ ○ ○



「……つまり、メイが魔力を混ぜた肥料を作って彼に渡した結果、あの魔物が生まれてしまったと」


「そういうことに、なるわねー……」


 青年と一緒に、花からだいぶ離れた建物まで避難した後、かいつまんで事情を説明すると、ルメイエがため息をつきながら言った。


 そーいえば、メイカスタムで肥料に魔力ドリンクを混ぜたわね―。その副作用ってやつ?


「注ぎ込んだ魔力、多すぎたのかしら……ごめんなさい」


 しばし視線を泳がせたあと、あたしは深々と頭を下げた。


 うぅ……良かれと思って魔力ドリンクを混ぜたのに、それが裏目に出るなんて。あの花が暴れだした責任はあたしにある。なんとかしないと。


 顔を上げて、遠くに見える赤い花を憎々しげに見つめる。時折咆哮が聞こえる中、避難してきた住民たちも皆不安そうだった。


「あの花、元の姿に戻りたいと泣いているよ。メイ、ただ倒すだけじゃダメだからね」


「重々承知しています……ってルメイエ、どうしてあの花の言葉がわかるの?」


「……本来は普通の花だったのだし、錬金術の素材にもなるからね。素材の声として聞こえるんだよ。元の姿に戻りたいとね」


 ルメイエは接地した絨毯に座ったまま、もの悲しげに言った。


「あの花、元はリコの花なんです」


 そうなると、単純に爆弾で吹き飛ばすわけにもいかないし……なんて考えていた時、花屋の青年がそう口を開いた。


 嘘でしょ? あれがリコの花? ピンク色のちっちゃい花が、あんな姿に? ほとんど原型留めてないし、そりゃあ元の姿に戻りたいと思うはずよね。


「じゃあ、魔力を吸い取るような道具があれば、あの花を元に戻せるのかしら」


 あたしはその場に座り込むと、伝説のレシピ本を開いてそのページをめくる。そして『ドレインボム』という道具を見つけた。


 これは爆発による物理的なダメージは一切与えない代わりに、一定範囲内の魔力を奪うというもの。まさに、今のあたしにうってつけの道具。


 そのドレインボムの調合に必要なのは『爆弾系素材』と『魔力抽出装置』。


「魔力抽出装置……いかにもな名前だけど、作れるのかしら」


 そのレシピを調べてみると、必要素材はガラス素材と妖精石とあった。どちらも手持ちはあるので、各素材を究極の錬金釜に放り込む。程なくして、おもちゃの注射器のような道具が飛び出してきた。胴体部分に魔法陣みたいな模様が入っているものの、先端に針はなく、小さな穴が開いているだけだった。


「昔、似たような容器に入ったゼリーが売られていたような。簡素な作りだけど、これで本当に魔力抽出できるのかしら。えい」


 物は試しと、隣で我関せずといった様子のフィーリの横腹に魔力抽出装置を突き立てる。


「ふぎゃあ!?」


 叫び声が聞こえた後、直後に、ちうー、という妙な感覚があって、抽出装置の中が青い液体で満たされた。その間、フィーリは「あうあうあうあう……」と、奇声を発していた。


「すごーい、本当に取り出せたー」


 魔力ドリンクの中身と同じ色だし、これが魔力で間違いなさそう。


「メイさん! なにしてるんですか! わたしの魔力、返してください!」


 憤慨するフィーリに平謝りをして、あたしは一旦魔力抽出装置を素材分解。新たに魔力ドリンクを調合して、吸い出した分の魔力をフィーリに返してあげる。


「まったくもう……不意打ちやめてくださいよ。変な声が出ちゃったじゃないですか」


 くぴくぴと魔力ドリンクを飲みながら、そう文句を言う。


 ……それにしても、魔力吸われるってどんな感じなのかしら。注射器で血を採られるのと似たようなもの?


「……って、そんな事してる場合じゃない」


 あたしはもう一度魔力抽出装置を調合し、今度はそれを爆弾と共に錬金釜に入れる。少しの間をおいて、中央に星と渦巻きのイラストが書かれた、白と紫のマーブル模様の爆弾が飛び出してきた。


「かーんせい! これがドレインボムなのね」


「さすがだね。じゃあ、あとはメイに任せるよ」


 できあがったそれをしげしげと眺めていると、ルメイエがそう言って、乗っていた絨毯からぴょんっ、と飛び退いた。


「え、ルメイエは手伝ってくれないの?」


「ああ、あの暴れっぷりだと、空を飛ばないと近づけないだろう? ボクが乗っていたら絨毯の移動速度が落ちるし、苦肉の策だよ」


 そう言う割に、彼女から悔しさは微塵も感じ取れなかった。むしろ清々しさすら感じる。


「ルメイエは自律人形なんだからさ、足からジェット噴射して空飛んだりできないの? そんで、ロケットパンチで攻撃するのよ」


「キミが言っていることの意味がわからないよ。とにかく、ボクはもう手伝わないから」


 転生前の世界でやっていたロボットアニメとか思い出しながら言うも、暖簾に腕押しだった。


「メイさん、頑張ってくださいね!」


 フィーリもいつの間にかそんなルメイエの背後にいて、キラッキラの笑顔であたしを見送ってくれる。


「ちょいまち。泥酔事件であたしたちを困らせた罰として、フィーリは手伝いなさい」


「えー! 嫌ですよ!」


「四の五の言わずに手伝って! 魔法使いなんだから、安全なところから遠距離攻撃してくれればいいの!」


 全力で渋るフィーリに、思わず大きな声で言うと、『魔法使い』という単語に反応して、周囲の人々の視線が一斉にフィーリへと向けられた。


「まさか、こんなところに魔法使い様が」


「……魔法使い様、街をお救いください」


 そしてフィーリという魔法使いの存在に気づいた住民たちは、次々に彼女の周りに集まり、頭を下げた。


「あー、うー……わ、わかりました! わかりましたよ!」


 あたしとルメイエが呆気にとられていると、数の暴力に屈したのか、フィーリがそう声を上げた。


 それと同時に、集っていた人々の間に安堵の空気が広がる。フィーリとしては不本意かも知れないけど、あたしも心強い。それじゃあ、作戦開始よ!


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