第七話『花の都にて・その③』


 ……抜き足、差し足、忍び足。


 あたしはハーブ園の中央に陣取るフィーリの元へ、背後から慎重に近づいていた。


 その周囲はレンガを積み上げた壁に囲まれているものの、中に入ってしまえば見通しがいい。今のようにハーブというハーブが薙ぎ倒されてしまっていれば、なおさらだ。


 そんな中でも、あたしの姿がフィーリに見つかっていない理由は一つだけ。一定時間周囲の景色と同化して、自分の姿が見えなくなる道具『ミラージュヴェール』を使っているから。


 自律人形を囮に使うパターンも考えてみたけど、まとめて薙ぎ払われるのがオチ。


 メイカスタムでフィーリの魔力を一時的に奪うような爆弾を作ろうとしてみたけど、うまく行かず。


 結局、一番古典的な方法で近づくことにした。ミラージュヴェールの調合はなかなかに大変だったけど、背に腹は代えられない。


 ふらふらと左右に揺れる銀髪まで、あと数メートル。よーし、もうちょっと……!


「……む。背後に敵の気配!」


 その時、そんな言葉が聞こえ、直後に風の刃が飛んできた。あたしは反射的に地面に伏せ、なんとかその攻撃を回避した。


 このミラージュヴェールはいわゆる光学迷彩なので、姿は見えなくても気配は感じ取ることができるらしい。あ、危なかった。


「むー? きのせいれすかねー?」


 とろん、とした表情のまま首を傾げて、元の方角に向き直った。ふー、セーフ。


 やがてそんなフィーリの背中が目の前に。よし。射程圏内。


「覚悟しなさい! この大怪獣ー!」


「むぐー!?」


 そのまま羽交い締めにして、持っていた気付け薬をその顔面にぶっかけた。直後に「はう……」と声を漏らし、フィーリは脱力した。どうやら成功のよう。


「はー、なんとかなったぁ……魔法使いの酔っぱらい、最悪!」と思わず声を漏らした直後、背後から「……まったく、困ったもんだ」なんて声が聞こえた。


「へっ?」


 振り返ると、腕組みをした男性がその顔に怒りの表情を浮かべて立っていた。


「うちのハーブ園をめちゃくちゃにしてくれて。どう責任取ってくれるんだい」


「あたしのとこのバラ園もだよ!」


 そんな男性の背後から、見覚えのある女性が顔を覗かせた。こちらもご立腹の様子。


 これはいかん。現状言い逃れはできないし、確実に損害賠償を請求される流れ。ここは誠心誠意謝るしかなさそう。


「ご、ごめんなさい。暴れたのはこっちの子なんですけど、その、あたしが錬金術でなんとかしますんで」


 ペコペコと頭を下げるも、「これだから錬金術師は困る」と、呆れ顔をされた。


 うう、あたしじゃないのに……と内心思いつつも、謝罪の場ではそれを口に出す訳にはいかない。


「すみません。うちのフィーリが粗相を。この子ってば魔法使いなのに、花に酔ったら手がつけられなくなってしまって……」


 視線を腕の中のフィーリに移し、起きて一緒に謝ってよー……と、その小さな体を揺するも、反応なし。あたしはため息をつく。


「なに、そんな小さな子が魔法使いなのか」


「やだよ。あたしゃてっきり、どっちも錬金術師なのかと」


 ……その時、二人からそんな声が聞こえた。


 二人の態度が明らかに変わった気がして、あたしは顔を上げる。そして続いた言葉に、耳を疑った。


「そうか……魔法使い様なら仕方ない」


「きっと、魔力を扱い慣れてなくて暴走してしまったんだろうねぇ。かわいそうに」


 顔を見合わせて、そんなことを言っていた。あれー? 魔法使いってだけで、錬金術師とここまで反応違うのー?


「そういうことなら、今回だけは大目に見るよ」


 大目に見ちゃうんだー。どう見ても、大損害だと思うんだけどコレ。


 あたしは壊滅したハーブ園を見渡しながら、「いやー、さすがにそれは悪いので、少しだけでもお詫びを……」と言うも、彼らは逆に「魔法使いの従者様に恐れ多い」と口を揃え、いそいそとハーブ園から立ち去っていった。


 この場は助かったけど、この世界に根強く存在する魔法使いと錬金術師の扱いの差を、あたしは痛感したのだった。


「……うんうん。メイ、気持ちはわかるよ」


 呆けていたその時、再び背後から知った声がした。振り返ると、絨毯に乗ったルメイエがいつの間にか背後にいた。


「こうなることは予測できていたけどね。錬金術師は立場が弱いんだよ。この街……いや、この世界では」


「そーなのよねー。あたしも少しでも錬金術師の名を売れるよう、旅をしながら色々してきたんだけど、焼け石に水って感じね」


「抗おうとするだけ、メイはすごいと思うよ。ボクなんて早々に諦めて、引きこもったんだから」


「仮にそれが原因じゃなくても、あんたは引きこもってそうだけど」


「う、うるさいやいっ」


 これまでずっと一人で感じてきた気持ちをルメイエと共有できたのが嬉しくて、思わず言葉が軽くなった……その時。


「う、うわあーーー!」


「か、怪獣よーーー!」


 周囲を囲んだ塀の向こう、大通りの方からいくつもの悲鳴が聞こえた。同時に、何かが壊れるような音と、新たに立ち昇る白煙も見える。


 怪獣? 大怪獣フィーリなら、あたしの腕の中で寝てるけど?


 思わずそんなことを考えた矢先、ルメイエの「メイ、非常事態のようだよ」という声で我に返る。一体何が起こったのかしら。


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