第六話『花の都にて・その②』



「フィーリー! 止まって―!」


「いやーれすー!」


 あたしは旅する錬金術師メイ。このフレーズも久々使ったけど、現在、ルメイエと一緒に絨毯に乗り、よっぱらいフィーリを追跡中。


「まったくもー、どうしてこんな事になったのかしら」


「彼女、身体能力強化の魔法を使っているのかい? この絨毯で追いつけないなんて、なかなかのものだね」


 あたしの後ろで、ルメイエが感心した声を出す。


 あの子、酔ってるから普段以上に体を強化しちゃってるんだと思う。後で反動来なけりゃいいけど。


「おーにさーん、こーちらー♪」


 ひらひらと手を振る余裕を見せながら、フィーリは大通りを疾走。ふいに直角に曲がる。


「待ちなさーい!」と叫び、同じように曲がると、そこは個人の庭だった。赤や白、ピンク色のバラが咲き乱れている。


 そんな花などお構いなしに、フィーリはその庭の中を駆け回る。


「ああ、大変。綺麗なバラが踏みつけられて、バラバラに……!」


「バラだけにね……!」なんて言うルメイエの言葉は聞き流し、必死にその後を追う。さんざん踏み散らかした後、フィーリはレンガ造りの壁をぴょんと飛び越えて、外へ出ていった。


「こらー! うちの庭で何してくれちゃってるの!」


 その直後、家主らしき女性が窓から喚き散らす。「ごめんなさーい!」と、謝って、フィーリの後を追う。


「どんどん離されているよ。どうするんだい?」


 だんだん小さくなっていくフィーリの後ろ姿を見ながら、ルメイエが言う。このまま追いかけても捕まえるのは無理ね。むしろ、被害が広がるばかりよ。


「これは分が悪いわ。ルメイエ、二手に分かれましょ。挟み撃ちにするの」


「了解したよ。じゃあ、ボクがこの絨毯を操縦するから」


「あたしが下りるんかーい!」


 思わずツッコミを入れる。なんで自分の絨毯から降りないといけないのよ!


「これ、あたしの絨毯! ルメイエも動きなさいよ!」


「よく考えてみなよ。キミは万能地図でボクとフィーリの居場所を確認しつつ、飛竜の靴で走れるだろう? それでいて、乗員がボクだけになった絨毯は軽くなり、速度が増す。この役割分担は理にかなっていると思わないかい?」


「いや、思うけどさ……あんた、楽すぎない?」


 てゆーか、前に雪の街で飛竜の靴を履いてあの子と追いかけっこしたことがあるけど、その時ですら全く勝負にならなかった気がする。正直、自信がない。


「そんなことを言っている間にも、フィーリはどんどん離れていくよ。ほら、どいたどいた」


 完全に主導権を握られたあたしは唇を噛み、飛竜の靴を履く。そして「トークリングで連絡を取り合うから、指示したら従ってよね!」と言い残し、絨毯から飛び降りた。


『挟み撃ちにするわよ! ルメイエはそのままフィーリを追ってて!』


 あたしは高速で飛ぶ絨毯から地面にうまく着地し、そのままの勢いで走り出しながらルメイエに指示を出す。同時に万能地図を開いて、位置関係を確認。


「道はこの先で大きく左に曲がってるから、この家を飛び越えれば近いわね! てい!」


 渾身の力で大ジャンプ。背の低い垣根を飛び越え、その家の玄関前に置かれたポストを蹴って再び跳躍。二階の屋根に到達する。


 二階には子供部屋があるらしく、双子の男の子が目を丸くしてあたしを見ていた。毎度お騒がせしております! 錬金術師です!


 心の中でそう言って、もう一度跳ぶ。最後の跳躍で家を飛び越え、うまく滑空しながら、フィーリの前方に颯爽と着地した。


「フィーリ! 大人しくお縄につきなさい! じゃないと、ベタベタにするわよ!」


 言って、灰色の爆弾――トリモチボムを取り出す。


 これはその名の通り、爆発と同時に粘着性のある液体を辺りに撒き散らし、動きを封じる爆弾。一度炸裂すれば、中和剤がないと取れないくらい強力なものだ。


「そんな爆弾でわたしを捕まえるつもりれすかー?」


 言いながら、フィーリはふらふらと千鳥足であたしの方へ向かってくる。


 まだよ。もっと引き付けてから……と、トリモチボムを手にタイミングを計っていた……その時。フィーリの手に魔法の杖と属性媒体が握られているのに気づいた。


「ウィンドカッター!」


「……へっ!?」


 次の瞬間、フィーリが発動した魔法が風の刃となってトリモチボムを貫いた。あたしの手の中にある、トリモチボムを。


「ぎゃーーーー!」


 当然、衝撃を受けたトリモチボムは盛大に爆発。あたしは全身ベタベタのトリモチまみれになる。


「ちょ、ちょっとフィーリ! ひどい! 助けて!」


「追いかけっこなのに爆弾使うなんて、ズルするかられすよー!」


「魔法はズルじゃないの―!?」と叫ぶも、フィーリは「あははははー」と笑い声を残し、壁走りをしながら去っていった。


「……まったく、何をやってるんだい」


 フィーリの後を追ってきたルメイエが、絨毯の速度を落とし、呆れ声で言う。


「しょ、しょーがないでしょー。それより脱出するの、手伝って」


 はぁ、とため息をついて、絨毯に乗ったまま近づき、あたしの手を取った。


「絨毯から降りんのかーい!」と突っ込む間もなく、その絨毯の力を借りて、ぐい、とあたしを引っ張る。


「あたたたた、髪が抜ける! 服が破れちゃう! ちょっと待って! ストップ!」


 思わず叫んでしまうほど、トリモチはあたしをガッチリと捕らえていた。以前の浮島で、ルマちゃんがトリモチに捕まって泣いてた気持ち、今ならわかるわ。


「……ルメイエ、トリモチボムの中和剤作って。量が少ないから、一本あればすぐに取れるはずだからさ」


「仕方ないなぁ。で、レシピは何だい?」と、ルメイエは当然のように切り替えしてくる。


 ……そっか。自然にそう口にしたけど、彼女はレシピを知らないんだった。


「えーっと必要素材……なんだったかしら」


 石鹸が必要だったのは記憶にある。後は油と……なんだっけ。レシピ本を見れば載ってるんだけど、この状況だと容量無限バッグも使えないので、当然レシピ本も出せない。中和剤作ったのはだいぶ前なんだけど、頑張って思い出せ、あたし。


 ……それから5分以上悶々と考え、ようやく最後の素材は小麦粉だと思い出した。


 その3つの素材をルメイエに伝えると「ちょっと買ってくるよ」と、街の雑貨屋へ向かっていった。もちろん、絨毯に乗ったまま。


「……あの、お嬢さん、大丈夫ですか?」


 ルメイエの帰りを待つ間、謎の液体まみれになって地面にへばりついているあたしを見かねた通行人の皆さんが声をかけてくれた。


「お声掛けありがとうございます。ただの錬金術師ですので、ご心配なく」と、自虐地味に返答しつつ、あたしは彼女が戻るのを今か今かと待ったのだった。


 ○ ○ ○


 それから10分以上が経過し、ようやくルメイエが戻ってきた。


「いやー、ようやく中和剤の素材が揃ったよ。特に小麦粉は食品になりたいというものが多くて、中和剤に適したものを探すのが大変だった」


 多少の後ろめたさもあったのか、彼女はそう言いながらぱぱっと調合を終わらせて、完成した中和剤をあたしにかけてくれた。



「はー、ひどい目にあった。フィーリは?」


 ようやく自由の身となったあたしは立ち上がり、粘着力の落ちたトリモチをタオルで拭き取りつつ、ルメイエに尋ねる。


「雑貨屋で聞いた話によると、今は向こうのハーブ園を壊滅させてるみたいだよ」


 ルメイエが指し示す方角からは、白い煙が立ち昇っていた。同時に、笑い声のようなものも聞こえる。


「……大怪獣フィーリ」


 思わずそう呟くと、「人は酔うと本性が表れるというけど、普段、あの子に無理をさせてるんじゃないのかい?」なんて、ルメイエの言葉が聞こえた。


「うーん。大概自由奔放にさせてたと思うんだけどねー。育て方、間違ったかしら」


 あたしは後ろ頭を掻きながら白煙を見上げ、そう呟いた。


「あ、少し気になったんだけど、仮にフィーリを捕まえられたとして、どうやって酔いを覚ますの?」


「……なんでボクに聞くんだい?」


「あたし、お酒飲んだことないから! あんたのほうが実際は人生経験長いんだから、多少はお酒を飲む機会もあったでしょ?」


「本当に嗜む程度だったし、酔いつぶれた後はいつも自律人形に介抱してもらっていたからね」


 胸を張って言うルメイエを見て、あたしはこめかみに手を当てた。こりゃダメだ。


「気付け薬、作れるとかなんとか言ってたじゃない。それ使えないの?」


「ああ……その話、聞いていたのかい。確かに言ったけど、あれにはリコの花が必要なんだ。この辺ではあまり見ない花だから、すぐに調合しろというのも無理があるよ」


 そうなのかぁ……と、あたしは気落ちする。でもリコの花って名前、どっかで聞いたことあるような……。


「……あ、あの花束!」


 記憶の糸を手繰ってみて、お昼前に花屋の青年からもらった花がそんな名前だったことを思い出した。


 容量無限バッグに手を突っ込み、「リコの花って、これ!?」と、半ば叫びながらルメイエにその花束を見せる。


「おお、それだよ。そういえば持っていたね」


 あっけらかんと言って、「頑張って作りなよ!」と言い添えた。えー、ここまできてあたしに振るの?


「この流れだと、あんたが作る流れでしょ?」と問うと、少し悩んで「究極のレシピ本持ってるくせに……仕方ないなぁ。フィーリを助けるためだからね」と言い、錬金釜と杖を取り出した。


 彼女の言う通り、レシピ本を見れば気付け薬の作り方はすぐにわかったのだろうけど、正直な話、あたしは彼女の調合をもっと見ていたかった。ルメイエ、調合の時だけはえらく真剣になるから。


「……これか」


 あたしが差し出した花束を少しの間見つめて、彼女はその中から一本の花を抜き取る。どうやら、リコの花の――素材の声を聞いてたらしい。つまり、あの手にある花が、気付け薬になりたいリコの花なのね。


「次は水素材なんだけど……メイ、ちょっと水を貸しておくれ。普通の水でかまわないから」


 言われるがまま、容量無限バッグからボトルに入った水を取り出し、地面に並べる。ルメイエはその中から、「薬になりたいのはキミか」と、一本のボトルを選び取る。


 そして錬金釜に2つの素材を入れて、ぐるぐるとかき混ぜる。その動作の一つ一つが、洗練されている気がした。


 やがて虹の渦の中から、ピンク色の液体が入ったボトルが飛び出してきた。


「これが気付け薬なの?」と尋ねると、「そうだよ。どんな酔いや眠り、洗脳に至るまで解除できる秘薬だ」と教えてくれた。


 ……あんなシンプルな素材なのに、なかなかに強力な薬じゃないの。


「それで、これをどうやってフィーリに使うの?」


「そりゃあ、実力行使だよ。羽交い締めにでもして、飲ませるのさ」


「……ほう。二人がかりでも追いつけず、遠距離攻撃まで使う大怪獣に、これを飲ませろと?」


「……ボクはメイの錬金術師としての腕を信じているよ」


 その銀色の瞳で、まっすぐに見つめながら言われた。


 言ってることはかっこいいけど、それってあたしに丸投げってことよね。わかったわよ。やるわよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る