第五話『花の都にて・その①』
花の都フラウディアに到着した翌日。あたしたちは朝から街へ繰り出していた。
さすが花の都というだけあって、そこら中が花だらけ。土産物屋さんは当然として、民家の庭も誰が管理してるんだと思えるくらい立派。ローズガーデンになっている家もあれば、ハーブ園になっている家もあって、千差万別。見ていて飽きない。
花を使った染め物専門店とか、同じく花を使った紅茶の専門店とか、街中に花の香りが溢れてる感じ。常に背景に花があるせいか、気分も乙女になっちゃう。うふふ。
「……ルメイエさん、メイさんが変です」
「本当だね。ちょっと気付け薬でも調合しようか」
「……ふたりとも真顔で言わないでよ。ちょっと浮かれただけ。ほんとよ」
ぶんぶんと頭を振って、あたしは気をしっかり持つ。ここの花、微妙に魔力持ってたりするんじゃないの。なんか魔力酔いの症状っぽいし、コレ。
「それで、二人はお店巡り?」
「その予定です! メイさんはお仕事探すんですか?」
「そのつもりよー。冒険者ギルドの看板、昨日のうちに見つけといたし」と、あたしが胸を張ると、「メイは仕事熱心だねぇ」と、ルメイエが言う。あんたが増えた分、生活費も増えてるだけど……。
「ランチはこのお店で食べる予定だから、お昼の鐘が鳴ったら、またここに集合ね。トークリングもつけとくから、緊急の用事があったら連絡しなさいね」
『メイさん、お小遣いがほしいです』
太陽の光を反射する金色の腕輪を掲げた直後、フィーリがトークリングに向けて喋った。するとすぐに、あたしの右手のリングから、同じ音声が聞こえた。
そのリングに口を近づけて、『緊急の用事があったらって、言ったでしょ!』と声を返すと、「えー、お小遣いは緊急の用事ですよー」と、すぐ横で声がした。目の前にいるのに、わざわざトークリング使うんじゃないわよ。
……ちなみにこのトークリング、二本で一組になった腕輪で、言うならトランシーバーのようなもの。通話できる距離に限界はあるけど、同じ街にいるのなら離れていても余裕で会話ができる。
周波数を変えるようなことはできないので、フィーリとルメイエに一本ずつ持たせている。そのおかげで、あたしは両腕にトークリングを着ける羽目になった。別にいいんだけど、これってチャラチャラして見えない? あたし、清楚系のつもりなんだけど。
「それでメイさん、お小遣いは……?」
フィーリが上目遣いであたしを見て、もじもじしながら言う。本人は無意識なのか知らないけど、こういう時ばっかりかわい子ぶるんだから。
「……しょーがないわねー。ほい。1000フォル。ルメイエと上手に分けて使いなさいよー」
言って、渋々お小遣いをフィーリに手渡す。ルメイエも「やったね。フィーリ!」と喜び、笑顔でハイタッチしていた。あー、ほんと、子どもが二人に増えた気分よね―。
○ ○ ○
……そんな二人を見送って、あたしは冒険者ギルドへと向かった。
そのギルド前に設置された依頼掲示板を見てみると、予想通りというか、花に関する依頼が多かった。
『肥料がほしいです。ガルマン鉱石を20個ください。 報酬:4500フォル』
……ガルマン鉱石って何。この辺の山で採れるのかしら。報酬はかなり高めだけど、事前情報がなにもないので保留。
『花を元気にするための肥料を用意してください。できるだけ強力なのがいいです。報酬は2000フォルより』
「こっちは花屋さんからの依頼なのね。できるだけ強いのが良いって書いてるし、メイカスタムで強力な肥料、作ってあげようかしら」
そんな考えに至ったあたしは掲示板からその依頼書を引っ剥がす。そしてひと気のない場所へと移動すると、錬金釜を設置した。
「確か以前、山裾の村で作った有機肥料の素材は土や灰、魚だったわよね……」
あたしはレシピ本を見ることなく、容量無限バッグから素材を取り出していく。これまで何度か作ったことがあるし、覚えていた。
「錬金釜に土と灰、魚を入れて……さて、ここからが本番よー」
いつもなら、この状態の錬金釜をかき混ぜて有機肥料が完成するのだけど、今は素材の投入待機をさせている状態。
レシピ本のレシピに、あたしオリジナルの素材を追加して、新しいレシピを生み出す――通称、メイカスタム。
地下迷宮で本格的にやってからというもの、ちょくちょく練習はしてるんだけど……今回はその練習の成果を試してみる。
「それじゃあ、今回はこの魔力ドリンクを追加投入してみるわよ!」
あたしが手にしているのは、魔法使い御用達のMP回復剤、魔力ドリンク。
これは微量な魔力を含む素材を片っ端から錬金釜に入れて、その魔力を圧縮して作るんだけど、今回は肥料にするということで、土とか石とか、地属性っぽい魔力を圧縮した魔力ドリンクを作ってみた。肥料との相性を考えても、行けると思う、たぶん。
「というわけで! メイカスタム! スタート!」
あたしはそう気合を入れて、魔力ドリンクを錬金釜に放り込む。この究極の錬金釜なら、たとえ失敗しても素材は全部戻ってくるし。失敗したらその時よ。
ここは一発クリア、頼むわよー……と、願いつつ、錬金釜をかき回すと、やがて袋に入った有機肥料が飛び出してきた。レシピ本を見てみると、『超・有機肥料』とある。やた! メイカスタム成功!
思わずガッツポーズをした後、完成した肥料を高々と掲げる。魔力を帯びた肥料ってわけだし、きっと元気な植物が育つわよ!
あたしは嬉々として冒険者ギルドへと戻り、肥料を納品した。
すると、受付の女性から「すぐ近くにお店があるので、持っていってあげてください」と言われた。
まぁ、ついでだし……と、その肥料を持って花屋を訪れると、どこかおっとりした感じの男性がいて、それを受け取ってくれた。
その場で報酬も支払ってくれ、これはおまけですと、花束までくれた。男性から花束もらうとか、実は初めてなんだけど。反応に困る……。
「あ、その花はリコの花って言うんですよ。気つけの効果があるんです」
複雑な表情をしているあたしを見て勘違いしたのか、店員の彼はそう教えてくれた。へー、薬の材料にでもなるのかしら。
○ ○ ○
やがてお昼時。その花束を片手に抱くように持ったまま、ルメイエやフィーリと合流した。
「メイ、その花はどうしたんだい?」
「……依頼の報酬でもらったのよ。欲しいんなら、あげるけど?」
あたしは期待を込めて言うも、フィーリもルメイエも、同じように首を振った。まー、いいけどね。
「それよりお腹空きましたし、早くお店入りましょうよ!」と言うフィーリを先頭に、あたしたちはレストランへ入店する。
「いらっしゃいませ」と、一番に声をかけてくれた店員さんが、あたしの持つ花束にいぶかしげな視線を向けてきたので、あたしはその花束を咄嗟に容量無限バッグへとしまう。
そんな店員さんに案内されたのは、四人がけのテーブル。フィーリとルメイエが奥に並んで座り、あたしはフィーリの対面へ。
三人揃って『シェフの気まぐれランチセット』を注文し、料理を待ちながら話をする。
「……ところで、二人は買い物でもしてたの?」
「そうです! これを買っちゃいました!」
言って、二人が見せてくれたのは、ピンクと黄色の花の刺繍が入った同じハンカチ。へー、おそろいのを買ったのねー。可愛いじゃない。
「ところでフィーリ、あのこと、メイに言わなくていいのかい?」
そのハンカチをしまった後、ルメイエがそう言ってフィーリを小突く。あのこととは?
「えーっと……実はですね。欲しい本があって……魔法の参考書なんですけど、その……」
すごく言いづらそうに、後半をごにょごにょと言い淀むフィーリを見かねてか、「街の雑貨屋に売っているのを見つけたのさ」と、ルメイエが補足した。
「参考書ってことは、勉強に使うんでしょ。良いじゃない。買ってあげるわよ」
「そ、それがですね。3万フォルもするんです」
「さ、3万!?」
思わず大きな声を出してしまって、周囲のお客さんの視線を集めてしまった。うう、恥ずかしい……。
「中級魔法を扱った本なんですけど、とても高くてですね……」
「それ、ちょっと高いわねぇ……以前買ってあげた初級本、2000フォルくらいじゃなかった?」
少し声のボリュームを落として会話する。「あれは、あくまで初級本。入門書ですから」と、フィーリは答えた。これはあれかしら。魔法のレベルが上がれば上がるほど、金額も上がるってやつ?
「あーうー、ごめーんフィーリ、そのうち買ってあげるから、今は辛抱して」
少し悩んで、あたしは手を合わせる。いくらなんでも、ほいほい出せる金額じゃない。魔導書貯金、始めないと。
考えが顔に出ていたのか、フィーリも「いえ、いいんです。わたしも頑張って稼ぎますね!」なんて言って、握りこぶしを作っていた。
○ ○ ○
やがて提供されたシェフの気まぐれランチセットは美味しく、メインの肉料理のボリュームはすごかった。だけど気まぐれなのか、デザートが付いていなかった。
「いくら気まぐれとは言え、ドルチェをつけないのはどうかと思うよ」
「まったくですね!」
レストランを後にするも、デザートが食べられなかったルメイエとフィーリはご立腹だった。あれだけガッツリ食べたのに、まだ食べるの? さすが甘党ね。
「あ、あそこに美味しそうな花があります! ちょっと吸っていきましょう!」
一瞬、フィーリが何を言っているのかわからなかった。その駆けゆく先を見ていると、レストランの対面に大きな家があり、そこの生け垣に青色のユリみたいな花が無数に咲いていた。でもフィーリ、吸うって何を……?
不思議に思っていると、フィーリはその花の一つをおもむろに掴むと、躊躇なくむしり取った。そして花を逆さまにすると、ちゅー、と花の蜜を吸い始めた。
急いで駆け寄って、「ちょっとフィーリ、それ美味しいの?」と問うと、「初めての味ですけど、美味しいですよ!」と、お気楽な返事をした。
「てゆーか、人の家の花、勝手にちぎっちゃ駄目よ」
「これだけたくさんあるんですから、ちょっとくらい大丈夫ですよー。奴隷時代にはこうして、数少ない甘味として楽しんでいたんです」
あたしが咎めても、フィーリは気にせず。次々と花をちぎっては、口に運ぶ。手慣れてるから本当のことなんだろうけど、今やらなくても……。
思わず頭を掻いていると、「魔導書を買うためのお金も貯めないといけませんので、甘いものはしばらく我慢します」なんて言っていた。それを言われちゃうと、あたしも強く言えないけどさ……。
「……おや、これはウィスの花だね」
その時、あたしたちと違ってゆっくりと歩いてきたルメイエが、近くに咲いていたその花を見ながら言う。
「ルメイエしゃんも吸いませんか? おいしーですよ?」
……その時、フィーリの口調が変化しているのに気づいた。なんか、呂律が回ってない。
「ちょっとフィーリ、地面に落ちてる花、全部蜜を吸ったのかい?」
「……? そうれすよー?」
そしてルメイエが驚きの声を上げるも、当の本人は知らぬ顔。というか、視線が定まってない。顔も赤い。
「ねぇ、ちょっとフィーリ、大丈夫? 顔真っ赤よ?」
「だーいじょーぶれーす」
「ぜんっぜん大丈夫そうに見えなーい!」
思わず叫ぶ。続けて、「ルメイエ、フィーリどうしちゃったの?」と尋ねると、「ウィスの花の蜜は、集めて砂糖水を加えると、ウィスキーというお酒になるんだ」と教えてくれた。
「名前だけは聞き覚えがあるような……じゃない! お酒!? じゃあフィーリ、酔っ払っちゃったの!?」
「おそらくね。結構な数の花を吸っているし、フィーリは子どもだから、少量でもその影響が出たんじゃないかな」
「うわー。なら、宿屋で休ませてあげたほうが良いわねー。フィーリ、一回帰りましょー?」
「いやれすー!」
あたしが手を伸ばすも、ひらりとかわされた。
「わがまま言わないで、ほら」
「いやれすってばー!」
もう一度手を伸ばすも避けられ、今度は少し距離を空けられる。
そして真っ赤な顔のまま、あたしに向き直り、言った。
「メイさん、わたしと鬼ごっこするつもりなんれすねー。負けませんよー」
……次の瞬間、身体能力強化魔法を発動させて、猛烈な勢いで走り去ってしまった。呆気にとられてそれを見送った後、あたしとルメイエは顔を見合わせる。
これはまずい! 追いかけないと!
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