第四話『いざ、花の都へ』



 貝掘りの依頼をこなしてから数日後。あたしたちは花の都フラウディアへ向かう準備をしていた。


 本当なら早朝に出発して、向こうでゆっくりとランチを食べる予定だったのだけど……。


「こらー! ルメイエー! いい加減起きなさーい!」


「むにゃ……なんだいメイ、朝から騒々しいよ」


「もうすぐお昼よ! 今日は朝早くから花の都に行くって、何日も前から伝えてたわよね!?」


 あたしとフィーリは既に準備を終えているのだけど、例によってルメイエが準備できていない。てゆーかこの子、特に夜更かしをしてる風でもないのに、なんでここまで朝に弱いのかしら。


「そうだったかい……? というか、本当に花の都に行くつもりなんだ?」


「当然よ! 旅する錬金術師の血が騒ぐの!」


「ボクはスローライフしたいんだけど」と言うルメイエに、「緩急をつけた生活が本来のスローライフなの! あんたのはただのグータライフじゃない!」と思わず怒鳴る。


 一方のルメイエはあたしに近い方の耳に指で栓をしながら、「はは、うまいこと言うね」と、謎の余裕を見せる。


「いーから、起きなさーい!」


 あたしは力任せにベッドをひっくり返す。そのまま空中に放り出されたルメイエをフィーリがキャッチし、そのまま着替えと身支度へ強制連行していった。


 その背を見送って、あたしは家の管理を任せている自律人形(液体)に、「留守の間、よろしく頼むわね」と、伝える。銀色の自律人形は喋りこそしないけど、びしっ、と敬礼をして、自身の胸を叩いていた。


「メイさーん! 準備できましたよー!」


 そうこうしているうちに、身支度が終わったらしいルメイエがフィーリに引きずられてきた。今日のルメイエはフィーリとおそろいの三つ編み。フィーリは以前、あたしが編んであげようと思ったんだけど、その時は髪質がやわらかすぎて無理だった。今回はどうやったのかしら。


「毎回思うんだけど、ボク、フィーリの着せ替え人形になってないかい?」


 花の都に行くことを意識したのか、ルメイエは赤と白のバラの刺繍が入った服を着せられていた。「今更気づいたのー?」と笑いながら言うと、「まぁ……嫌いじゃないけどさ」と、本人も満更でもない様子だった。


 ちなみにフィーリは胸元にピンクのバラの刺繍が入った、白いローブを着ている。あのローブにあんな刺繍は入ってなかった気がするんだけど、お小遣いで入れてもらったのかしら。


 ○ ○ ○


「それじゃ、忘れ物はない?」


 外に出て、あたしは空飛ぶ絨毯に腰を落ち着ける。街にいる間はあまり使わないから、この子の出番も久しぶり。またよろしくねー。


 ラシャン布でできた絨毯の表面を優しく撫でてあげると、それに応えるようにふわりと浮かび上がった。


「うーん、この絨毯の座り心地は最高だね」と言いながら、あたしの後ろで両足を投げ出すようにしているのは、ぐーたら錬金術師ルメイエ様。


 一応、移動手段として魔女のほうきを用意してあげると言ったのだけど、彼女は断固拒否。体重も軽いということで、今の位置に落ち着いたわけ。


「むー、ルメイエさん、楽そうでいいですねぇ」


 その様子を、近くでほうきに跨ったフィーリが不満そうに見ていた。フィーリのほうきはあたしが調合してあげたものだから、なんだかんだで操作性は良いはずだけど。


「フィーリが乗ったらこの絨毯、かなりスピードダウンしちゃうんだから。文句言わないの」と伝えると、「それって、わたしが太ってるって意味ですかー? むきー!」と、地団駄を踏んだ。近所のカフェのスイーツメニューを三日で完全制覇して、太ってないってのもすごい話なんだけど。子どもだからかしらねー。


「はいはい。それじゃ行くわよー! 花の都に向けて出発!」


 頬を膨らませるフィーリを横目に、あたしは静かに絨毯を発進させる。フィーリもすぐに「あ、待ってくださいよー!」と言って追いかけてくる。


 ゆっくりと上昇しながら海辺の街を抜けると、そのまま海に背を向けて、あたしたちは西へ向かう。所要時間は天候にもよるけど、大体3時間ってところ。下に見える街道沿いに進んでいけば、迷うことなく着けるはず。


 一応、万能地図のナビゲーション機能を起動して、花の都を目的地に設定する。うん。針路に問題なし。


 続いてお天気モード。周辺の天気、快晴。同じく索敵モード。周囲に魔物の姿なし。


「……相変わらず、その地図はすごいね」


 慣れた手つきで操作をしていると、ルメイエがあたしの背中に寄り掛かるようにして万能地図を覗き込んでいた。


「でしょー。周辺の天気に、魔物の位置までわかるのよー」と言うと、「この地図一枚あれば、ボクの旅も変わっただろうに……」なんて恨めしそうに言ってた。


「ところでルメイエ。あんたが旅してた時、移動手段はどうしてたの?」


「メイたちみたいに便利な道具なんて持ってなかったからね。徒歩だよ」


「徒歩ぉ!?」


 あたしは思わず叫び、「そんなんじゃ、次の街まで何日かかるかわからないじゃない」と言い添えた。


 それを聞いたルメイエも、「ああ、彷徨い歩いていたよ……」と、嘘か本当かわからないことを言い、目を細めた。


 徒歩かぁ……あたしも最初の頃は、隣の街に行くだけで何日もかかってたなぁ……なんて、旅を始めた頃を懐かしく思うのだった。


 ○ ○ ○


「メイさーん、そろそろお昼休憩にしませんかー?」


 全行程のうち半分を踏破した辺りで、後ろを飛んでいたフィーリが横に並び、そう言う。


「そーねー。ちょうど綺麗なお花畑もあるし、あそこでお昼にしましょー」


 あたしはそれを了承して、眼下に見える花畑を指差し、ゆっくりと降下する。「はい!」と返事をして、フィーリもそれに続く。


「黄色い花にピンクの花。何の花ですかねー」


 咲いている花にできるだけ被害が出ないよう、場所を選んで着地すると、フィーリが周囲を見渡しながら言う。


「黄色いのがキラメリアの花。ミツバチが好んでこの花の蜜を吸いに来るくらい、甘い蜜があるんだ。ピンクの花はミトランの花。こっちは蜜がないけど、素材になるよ」


 着地して、そのままレジャーシート代わりになっている絨毯の上で、ルメイエが言う。


「へー、蜜があるんですねー」


「ほほう。素材になると」


 あたしとフィーリがほぼ同時に言って、それぞれの花を手に取る。それを見て、ルメイエが「どちらも予想通りの反応だよ」と、笑った。しょ、しょーがないでしょー。錬金術師たるもの、素材と言われたら手を出さずにいられないのよ。




「じゃーん! 今日のお昼は、サンドイッチを作ってきました!」


 そしてランチタイム。あたしたちの前に、どん、とバスケットを置きながら、フィーリが満面の笑みを見せる。


「へぇ、サンドイッチかい。フィーリ、準備がいいね」


「誰かさんがお寝坊じゃなければ、お昼は花の街で豪華なランチだったんですけど」


 バスケットを覗き込むルメイエをジト目で見ながら、そう毒を吐く。出た。フィーリの毒舌。久しぶりに炸裂ね。


「まーまー、フィーリも目くじら立てないの。んー、どれから食べようかしらねー」


 二人の仲を取り持つように言って、あたしもバスケットの中を覗き込む。そこに並んでいたのは、イチゴジャムにアプリコットジャム、そしてブルーベリージャムのサンドイッチ。どれもこれも甘そうなのばっかりだった。


 悩んだ挙げ句、一番甘くなさそうなブルーベリージャムサンドを選び、口に運ぶ。直後「ハチミツを入れてますから、美味しいですよ!」なんてフィーリの声が飛ぶ。うぷ、あっまい……。



「ご、ごちそうさまでした……」


 さすがに甘すぎて、3切れ食べたところであたしはギブアップ。一方、甘党の二人には概ね好評だったらしく、残りを完食していた。まぁ、基本フィーリの料理は美味しいのだけど。奴隷時代に鍛えた腕かしら。


「……そうだフィーリ、そろそろまた魔力を補充しておくれよ」


 お茶を飲んで口の中の甘さを中和していると、ルメイエがそう言って、フィーリに背中を向けた。


「いいですよー。ちょっと脱がしますね」


 数日に一度のペースでやっているせいか、フィーリも慣れた手つきでルメイエの服を脱がして、その背中に直接触れる。


 それから少しの間をおいて、淡い光がルメイエを包み込んだ。これで魔力補充完了らしい。


 それこそ、「魔力ドリンクを直接飲んだら良いんじゃない?」と尋ねたこともあるけど、それでは駄目だったらしい。


 よくわからないけど、魔法使いを経由しないと駄目なのかしら。


「さて、お腹も膨れたし、魔力も補給できた。少しお昼寝タイムだね」


 そして衣服を整えると、ルメイエはごろん、と横になった。


「あんた、本当にマイペースねぇ」と、苦笑しながら言うと、「それよりメイ、採取はしなくていいのかい? そこの花、ジャムになりたいって言ってるよ。その隣の花は押し花だ」と、寝っ転がったまま言う。ジャムはともかく、押し花って錬金術で作るものなの?


「まぁ、そー言うんなら、ちょっとだけ……」と、あたしは近辺の花々に手を伸ばす。黄色い花にピンクの花、数は少ないけど、紫や青い花まである。


「うっはー、ここ、自然にできた花畑にしては、花の種類が豊富ねー」


「カフェのマスターの話から察するに、花の都からの行商人が定期的にこの近くの道を通るはずだよ。この花々も、大元をたどれば、そんな彼らが落としていった種が芽吹いたものかもしれないね」


 ルメイエの答えは的を得ていた。なるほどねー。だから見たことない花が多いわけね。


「あ、こっちには赤い花がありますよ! 押し花にしましょう!」


 フィーリもいつの間にか参戦していて、ぶちぶちと花を抜いては、手持ちの本に挟んでいた。あの子、押し花の趣味とかあるの?


 ……結局、その日は夕暮れ近くまで花畑周辺で過ごし、花の都フラウディアに到着したのは、すっかり日が沈んでからだった。


 まぁ、宿は取れたし。本格的な散策は明日にしましょ。


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