第三話『戻ってきたスローライフ!その③』


 カフェを後にしたあたしたちは、冒険者ギルドの依頼掲示板前にやってきていた。


「離せ! ボクは帰るんだ!」


 海辺の街は長閑なせいか、依頼の数は少ないのが常。今日は何かめぼしい依頼が出てないかしら。


「はーなーせー!」


「だーめーでーすー!」


 掲示板を凝視するあたしの背後では、なんとか逃げようとするルメイエをフィーリががっしりと掴んでいた。身体能力強化の魔法を使っているから、ルメイエの力じゃどんなに暴れても逃げられないと思う。


「フィーリー、そのまま押さえててねー」


「はい! 絶対離しません!」


 ルメイエの面倒はフィーリに任せて、あたしは依頼を探す。あ、これなんか良さそうね。


『二枚貝30個の納品。種類問わず。報酬は1500フォル。余剰分はお持ち帰り可』


 依頼掲示板に貼り出されていたのは、そんな依頼だった。


 掲示板に出ている依頼は基本、割に合わないことが多い。この依頼も類に漏れず、報酬は安め。だけど、親睦を深めるって意味なら、こんな依頼も良いんじゃないかしら。


「依頼、決めたわよー。浜辺に貝採りに行きましょー」


 ひっぺがした依頼書を見せながらフィーリに合図を送ると、「はーい!」と笑顔で返事をしながら、ずるずるとルメイエを引きずってくる。


「ま、待っておくれよ!? この格好で貝を採るのかい!? ボク、ドレスだよ!?」


「今更気にしない! 働かざる者、食うべからず! すでに散々食べたんだから、働きなさい!」


 なんだかんだ文句を言って、必死の抵抗を見せるルメイエ。あたしはそう喝を入れ、近くのお店で貝掘り用の道具を調達し、彼女を浜辺へと連行したのだった。


 ○ ○ ○


「よーし。絶好の貝掘り日和! 三人で手分けすればすぐだし、ちゃちゃっと終わらせるわよ!」


「はい!」


 あたしは上着を脱ぎ、さらに汚れないようにスカートの裾を結ぶ。フィーリなんてどこで調達したのか、すでに真っ白な水着に着替えていた。


 そりゃあ、海辺の街だし。水着は持っていて損はないと思うけど、どこまで用意周到なのよ。それにいつの間に着替えたの。


「そうだ。せっかくだし、三人で勝負しない? 日暮れまでに、たくさん貝を集めたほうが勝ち」


「いいですね!」


 あたしがそんな提案をすると、フィーリがキラッキラの笑顔で乗ってくれた。


「まったく、お子様だね。どっちも頑張りなよー」


 一方、ルメイエは我関せずと言った様子で、パラソルの下でまったりモードだった。


「ルーメーイーエー、さも当然のようにくつろいでるけど、あんたも頑張るのよ! てゆーか、そのパラソル! どっから借りてきたの!」


「どこでもいいじゃないか。それよりメイ、ボクの水着はないのかい?」


「さすがに用意してないわよー。出不精のくせに」


「じゃあ、この貝掘り対決でルメイエさんが優勝したら、わたしが水着を買ってあげます!」


 あたしが口を尖らせていると、フィーリがバケツとクマデを差し出しながら言う。それを見たルメイエはようやく観念したのか「仕方ないなぁ」と呟いて立ち上がった。


 そして手際よくゴシックドレスの裾を結ぶと、フィーリから道具を受け取って、波打ち際へと歩いていった。


「あのルメイエをその気にさせるなんて、フィーリもやるわねぇ」


「えへへー、ああは言いましたけど、今月お小遣い残り少ないので、実は水着を買ってあげるお金はないんですけどね」


 ないんかーい! てゆーか、この間まで結構な額溜め込んでなかったっけ? もうないの?


「さあ、二人とも、このボクに勝負を挑んだこと、後悔させてあげるよ!」


 そんな会話をしていると、波打ち際に到達したルメイエが腰に手を当てて、そう高らかに宣言していた。


「すごい自信ね。何か秘策でもあるの?」


「ふっふっふ。忘れたのかい。ボクは素材の声が聞こえるんだ。つまり、この広い砂浜のどこに貝がいるのかわかるのさ!」


 あー、そういえば、そんなこと言ってた気がする。ルメイエの特殊能力、すっかり忘れてた。


 さすが伝説の大錬金術師。これは勝てないかも。


「……あれっ? あれれっ?」


 自信満々に周囲を見渡していたルメイエが、急に挙動不審な動きを見せ始めた。どうしたのかしら。


「急に静かになっちゃったよ! キミたち! 返事をしておくれよ!」


 ……ははぁ。どうやら、それまで喋っていた貝たちが黙ったらしい。そりゃあ、乱獲されるのが分かってて、わざわざ声を出す貝なんて居ないわよねぇ。


「さっきまで酒蒸しになりたいとか、ブイヤベースの具になりたいとか、色々言ってたじゃないか! どこだい!?」


 おろおろするばかりのルメイエは放っておいて、あたしとフィーリは貝の採取を始める。


 一応、貝掘りの道具は借りてきたけど、少しでも効率を上げるために、錬金術の道具を使っちゃおうかしら。自律人形とか、全自動スコップとか。


「あのー、メイさん? これはこーへーな勝負なんですから、錬金術使っちゃダメですよ?」


「と、当然でしょー。そんなズル、するわけないじゃなーい」


 その時、まるであたしの心を読んだような台詞が飛んできた。うぅ、思いっきり釘を刺されちゃった。


「そー言うフィーリも、身体能力強化魔法、使っちゃ駄目だからね?」


「な、なんのことですかー? わたし、良い子なので、そんなの使いませんよー」


 ……目が泳いでるわよー。こっそり使う気だったわねぇ。


 あたしもフィーリも、どっちもどっちだった。


 それに加えて、フィーリなら『風魔法で邪魔な砂を吹き飛ばします!』とか普通に言いそうだったので、あたしはカマをかけて、「隠し持ってる属性媒体、全部出しなさい」と、語尾を強めて言った。


 するとフィーリは小さく「ちぇー」と呟いてから、4枚もの属性媒体と魔法使いの杖をあたしに手渡した。ちょっと! この属性媒体と杖、どこに持ってたの! 水着なのに!


「キミたち! 遊んでないで早く貝を探しなよ! このままだと、日が暮れるよ!」


 そんな矢先、諦めたように一人作業をしていたルメイエから罵声が飛んだ。い、一番言われたくない人に言われたぁぁ。さっきまでやる気ナッシングだったの、あんたのほうでしょーー!


 あたしは心の中で叫んで、フィーリとともに貝の採取に集中したのだった。



「うー、そろそろ良いんじゃないかい?」


「そーねー、日も暮れちゃって貝も見えなくなったし、勝負はここまでにしましょー」


 すっかり日が暮れた浜辺で、痛くなった腰を伸ばしながら立ち上がる。結構採ったわねー。


「わたしのバケツが一番重いです! これは、わたしの優勝ですね!」


「いやいや。貝のサイズはボクのほうが大きいはずだ。よく見ておくれよ!」


 三人が集合すると、さっそくフィーリとルメイエがお互いのバケツを見せあっていた。


「メイさん、どっちの勝ちだと思いますか!?」


「公平な判断をお願いするよ」


 そう言われても……先も言った通り、既に日が暮れている。微かな月明かりがバケツの中を照らすも、大きさの違いなんてよくわからない。


 実際にバケツを持ってみても、重さに大きな違いがあるとも思えない。


「んー、そーねー。ここは引き分け!」


 悩んだ末、あたしがドローゲームを宣言すると、両者から抗議の声が上がる。


「いーから、引き分け! 早くしないと、冒険者ギルドが閉まるわよ!」


 あたしはそんな非難を一蹴して、街の方へ向けて歩き出す。貝は鮮度が命だし、日を跨いだりなんかしたら確実に価値が下がる。ただでさえ少ない報酬をそんな理由で引き下げられたりしたら、目も当てられない。


「メイ、優勝賞品の水着はどうなるんだい!?」


「メイさんが買ってあげるんですか!?」


 そんなあたしの後ろを、二つの声が弾みながら追いかけてくる。


「それだと引き分けにならないじゃない……水着はルメイエが自分で作るか、働いて買いなさい」


「水着のレシピ……どこかに落ちていないかな……?」


 あたしの言葉を聞いて、ルメイエの声のトーンが明らかに下がった。働くという選択肢は最初っからないわけね。わかってたけどさ。


「じゃあ引き分けということで、二人の晩ごはんのおかず、一品増やしてあげる。これでどう?」


「本当ですか?」


「いいね。それで、今日の晩ごはんはなんだい?」


「そりゃもちろん、この貝に決まってるでしょー。納品して余った分は、持って帰れるんだから。酒蒸しとかいいんじゃない?」


 そんな提案をすると、これまた背後から、やれアクアパッツァが良いだの、バター炒めが良いだのという意見が飛んできて、あたしは苦笑する。


 ……本当のことを言うと、実はあたしが一番多く貝を集めてたんだけど、ここは二人に勝ちを譲ってあげることにした。


 まぁ、楽しかったからいいけどねー。


 --ゆったりまったりで、時々バトルする、旅する錬金術師のスローライフ。その第三章。はじまりはじまり。


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