第二話『戻ってきたスローライフ!その②』



「久しぶりに外に出た気がするよ」


 海辺の街を歩くルメイエは、そう言って空を見て、眩しそうに目を細める。


 その服装は金髪が映える、黒のゴシックドレス。


 いつか来るであろうこの日のために、フィーリが自腹を切って、街の洋服店で仕立ててもらったもの……らしい。ものすごくヒラッヒラで、歩きにくそう。


「いやー、恐ろしく似合ってるけど、目立つわねー」


「う、うるさいやいっ。ご丁寧にヘッドドレスまで用意してくれちゃって。フィーリ、どういうつもりだい!?」


 本っ当に恥ずかしそうに頭を抑えながら、フィーリを睨む。当の本人は「いいじゃないですかー。ルメイエさん、かわいいですよー?」なんて笑顔で言う。本人にしてみれば、着せ替え人形みたいな感覚なのかしら。


「これなら確かに関節部分は目立たないけど、もっとその、簡素な服はなかったのかい? すごく注目されている気がするよ……」


 言って、視線を泳がせる。確かに道行く人、皆がルメイエを見ている気がする。主に、かわいいからだと思うけど。


 ……ちなみに、あたしはいつもの通り、青色を基調とした錬金術師の服。スカートは長めで、袖なしの上に七分袖の上着を羽織ってる感じ。海辺特有の気温変化に合わせて服装を調節できるから、お気に入り。


 一方のフィーリは、白を基調とした生地に、胸元の黒の刺繍がアクセントになったローブを纏っていた。頭には黒を基調としたリボン。お洒落に興味持ってくれるのは嬉しいけど、白い部分にケーキこぼしたりしないか心配。


「あらまあ、まるでお人形さんみたいだねえ。妹さんかい?」


「そうです!」


 そんな矢先、あたしたちの近くを通りかかったお婆さんがルメイエを見ながら言う。ルメイエもその金髪を風に揺らしながら、「ボク、フィーリの妹ってことになってるのかい?」と、ジト目でフィーリを見る。だけど、ニコニコ顔のフィーリは全く気にしていない様子だった。


 ○ ○ ○


「よーう、フィーリちゃん。今日は寄ってかないのかい?」


 海沿いの道を歩いていると、あたしも何度か利用したことがある魚屋の主人がフィーリに手を振っていた。同じように、その隣の花屋の店主も。


「ごめんなさい! 今日は用事があるので!」と、双方に天使のような笑顔を向けて、そう返事をしていた。うーん、すっかり街に馴染んじゃってるわねぇ。さすがフィーリ。人気者。


 ……そんなことを考えていると、やがてお目当てのカフェに到着した。


 三人で海に面したテラス席に腰を落ち着けると、すぐにカフェのマスターが出てきて対応してくれる。


「今日は皆を連れてきました!」と、フィーリがキラッキラの笑顔で言うと、「フィーリちゃんにはこの店のスイーツ、完全制覇されちまったからなぁ。今日は特別メニューを用意しておいたぜ」なんて言って、メニュー表を向けてくる。


 ちょっと待って。滞在三日間でスイーツメニュー完全制覇?


 あたしは耳を疑って、差し出されたメニューにざっと目を通す。値段は安めだけど、スイーツだけで15種類はある。フィーリ、これ全部食べたの?


「それでは、その特別メニューを三人前お願いします!」


「はいよ。特別メニューは飲み物とのセットになっているんだが、それでいいかい?」


 そんなことを考えている間にも、フィーリは慣れた様子で、さっさと注文を進めていく。あたしとしてはハイビスカスティーが気になったけど、せっかく特別メニューを用意してくれたというんだし、飲み物もお任せすることにした。




「ところであんた、錬金術師の街に戻らなくていいの? ロゼッタさん、心配してたわよ」


 メニューを待ちながら、何の気なしにそんな質問をルメイエに投げてみる。直後、氷水の入ったコップを持ったまま、固まった。


「……いや、戻らない。ボクは戻らないよ!」


 そして断固拒否の構えを見せる。えぇ、帰らないの? せっかく提案してあげたのに。


「だって、帰ったらロゼッタに色々と生活を管理されちゃうじゃないか! それにきっと、『伝説の大錬金術師様のお戻りだ!』とか言って、凱旋パレードに出されて、錬金学校の先生とかやらされるに違いないんだ!」


 まるで見てきたかのようなルメイエの発言を受け、あたしの脳裏にあの街での出来事がフラッシュバックする。うぅっ、せっかく忘れていたのに……!


「あのー、ふたりとも、どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」


 テーブルに置かれたシュガーポットの蓋を無駄に開け締めしていたフィーリが顔を上げ、不思議そうな顔をする。


「な、なんでもないわ。錬金術師の街に戻るのはもう少し待ちましょ。その、いつで戻れるし」


「そ、そうだね。いつか顔見せに行ってもいいかもね。気が向いたら、だけど」


 同じように頭を抱えていたあたしたちは慌てて視線を戻し、フィーリに笑顔を向ける。


 ……どのみち、しばらくあの街には行かないと思う。ルメイエも、あたしも。


「むー、もしかしてルメイエさん、ずっとお家に帰ってないんですか?」


「ち、違うよ。ボクは帰らなかったんじゃない。帰れなかったんだ」


 シュガーポットに蓋をして、睨んでくるフィーリにそう問いただされたルメイエはひらひらと手を振りながら言葉を返す。


「うそでしょー。その気になればあんた、絶対帰れたでしょ」


「当時は本当に帰れなかったんだよ。街の場所が分からなくなってね」


「へっ?」


 あたしがフィーリに乗っかって、悪戯っぽく言うと、ルメイエは神妙な顔で言う。本当に帰れなかったの?


「察するところ、メイは錬金術師の街に行ったことがあるんだろう? どうやって入ったか、覚えているかい?」


「そりゃあ、砂漠の真ん中に錬金術の街があるのを万能地図で見つけて、ワープ装置から……あ」


 記憶を掘り起こしてみると、あたしが錬金術師の街に行けたのは、ほとんど偶然だった気がする。


 たまたま万能地図で街があるのを知って、たまたま砂に埋もれたワープ装置のスイッチを踏んだ。本当に、偶然。


「ボクは万能地図なんて持っていないからね。一度街を出ると、周囲は似たような砂漠だらけ。戻るのは至難の業だ」


 今度は頬杖をついて、反対の指で宙に円を描きながら言う。


「でもルメイエなら、万能地図くらい作れそうじゃない? 素材もシンプルだしさ」


「いくらシンプルでも、伝説のレシピ本を持つキミと違って、ボクの場合はレシピそのものを知らないからね。レシピがわからないと、作れないよ」


 ……そうだった。彼女の場合、素材の声を聞いてレシピを発想するんだっけ。『万能地図になりたい!』っていう妖精石と地図にピンポイントで出会えない限り、レシピなんて思いつくはずがない。


「レシピなんてなくても、メイさんみたいに試行錯誤して、ばばっと素材入れて、ぐるぐるー! どーん! で、作れないんですか?」


 言いながら、フィーリが両手をせわしなく動かして、最後にかき混ぜるような仕草をした。もしかしてそれ、あたしのマネ?


「フィーリも簡単に言ってくれるよ。きちんとしたレシピがないと調合はほぼ確実に失敗する。そしたら、使用した素材もパーだ。そんな非効率的なこと、できるわけないよ」


 そうだろう? と、視線を向けてくるも、あたしは同意できなかった。だって、あたしの持つ究極の錬金釜、仮にレシピと違うもの入れても戻ってくるんだもの。


「それに、調合には繊細さが必要なんだ。メイも錬金術師ならわかるだろう?」


「ごめーん。わかんない。あたし、チート錬金術師だしさ」


 今度は悪びれる様子もなく答えると、ルメイエはあえて聞き流して、言葉を続ける。


「今の体では、その『繊細な作業』が難しいんだ。もし今、万能地図のレシピが手元にあったとしても、ボクには作れるかわからない」


 錬金術師の街での授業を思い出してみると、錬金釜をかき回す動きが重要なのかしら。なんとなく、寿司職人が握ったお寿司と、ロボットが握ったお寿司をイメージしてしまった。どっちも美味しいけど、真の食通は職人の握ったお寿司を選ぶ……みたいな。


「護身用の爆弾とか、簡単な道具なら作れるから、生活には不自由しないんだけどね。それに、ある意味自律人形は不老不死だから、むしろスローライフ向きでもあるんだ」


 最後にそう言い添えて、ルメイエはほくそ笑んだ。


 ○ ○ ○


「ほい、特製ケーキセット、おまたせ」


 やがて注文したケーキと飲み物をマスターが運んできてくれた。目の前に置かれたのは、まるで花びらを重ねて作ったようなミルフィーユケーキ。花の香りまでしてきそう。


「へー、変わってるわねー。これ、マスターが作ったの?」


「ああ。材料はここからずーっと西に行ったところにある街から仕入れたんだ。それ、全部食べられる花なんだぜ」


「そんな花があるのねー。珍しー」


 なんて答えながら、しげしげと花のケーキを眺めていると、ルメイエが「フラウディア産の花なんだね。確かに珍しいよ」と、口元に手を当てながら言っていた。フラウディア?


「小さいお嬢ちゃん、よく知ってるな。別名、花の都と呼ばれている街さ。一年を通じて、多種多様の花が咲き乱れる、美しい街さ」


 マスターの話を聞いて、あたしはその街に興味が湧いた。花の都かぁ。これは、久々に行ってみたい場所に出会えたかも。


「飲み物も、フラウディア産のバラを使ったローズヒップティーなんだぜ。ささ、香りが飛ばないうちに飲んでくれよ」


「はーい、いただきまーす」


 新しい街の情報を得たあたしは、嬉々として花のケーキにフォークを伸ばしたのだった。




「んー、おいしいわねー」


「ああ、ケーキなのに、爽やかな香りが鼻に抜けるよ」


 さっきお昼食べたばっかりだってのに、ルメイエはパクパクとケーキを頬張る。まぁ、あたしもなんだけど。甘いものは別腹って本当ねー。


「あのー、ちょっとした質問なんですが」


 その時、紅茶のおかわりをもらっていたフィーリがルメイエの方を見ながら言う。


「ルメイエさん、食べ物からも魔力を補給すると言ってましたけど、魔力がたくさん含まれる食べ物とかあるんですか?」


 ビタミン豊富な食べ物はなんですか? みたいに聞くのやめてほしいんだけど。フィーリは魔法使いだから、気になったのかしら。


「それはもちろん、ケーキさ。ケーキには魔力がたっぷり含まれてるんだ」


「うそでしょー。それが本当なら、あたしが一番に魔力酔いしてるわ。素直に甘いものが好きって言いなさいよ」


「うぐっ、う、うるさいやいっ。本当に魔力が多いんだいっ」


「はいはい。そーいうことにしとくわねー」


 ムキになって反論するルメイエを笑顔で流しながら、あたしも紅茶のおかわりをもらう。こーいう時間も、スローライフっぽくていいわねー。




「マスター、ごちそうさまー」


 スイーツを堪能し、あたしたちは席を立つ。


「毎度どうも。特製ケーキセット、1つ300フォルだ。少し値引きして、3つで800フォルで良いぜ」


「年長者のメイさん、お支払いお願いします」


「お願いするよ」


 あたしの先を行く金髪と銀髪の二人がそろって、天使の笑顔で会計をスルーした。


 払うのあたしかーい! 本来の最年長者はルメイエなのに!


 てゆーか、特別なセットだけあってしれっと高い。普通のケーキセットだと150フォルなのに。お財布に優しくない。


「さて、甘いものも食べたし、帰ってお昼寝タイムだね」


 前を歩くちびっ子がなんか言ってるけど、せっかくルメイエを外に連れ出せたんだし、今からはお仕事タイムよ。逃がさないんだからね。

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