第三章〜新たな仲間は自律人形!?〜

第一話『戻ってきたスローライフ!その①』




 ……伝説の大錬金術師ルメイエ。


 故郷である錬金術師の国では神童と呼ばれ、仕事は爆速。でもそれ以外はぐーたらで、スローライフ志望。


 そんな人が色々あった末に自律人形へ魂を移し、今は我が家のベッドで昼まで熟睡している。正確には、フィーリのベッドで。


「メイさーん、新しいベッド作ってくださいよー。あの子、わたしのベッド占領しちゃってるんですよー?」


 あたしの服の裾を掴んで、そう泣きつくのは、自称、落ちこぼれ魔法使いのフィーリ。もっとも、あたしが作った道具のおかげで、一緒に旅を始めてからは凄腕魔法使いに変貌を遂げつつあるのだけど。


 ……海辺の街にある持ち家に戻ってきて、三日目。あたしたちは地下迷宮での疲れを癒しつつ、寝食を共にしていた。


 そしてルメイエはそのほとんどの時間、フィーリのベッドの上で過ごしていた。


 ベッドの上で食事をして、ベッドの上で本を読み、ベッドの上でおやつを食べ、そのままベッドで眠る。究極のぐーたらライフ。


「あたしたちより地下迷宮暮らしが長かったわけだし、疲れが溜まってるのかなー……とか思ってたけど、どうも違うみたいね、コレ」


 ……この家は元々、あたしの一人暮らしを想定して建てた家。そこにフィーリがやってきたので、空き部屋に無理矢理ベッドを一つ追加したのだけど、さらにルメイエが加わったことで、ベッドが足りなくなった。


 なので仕方なく、最初はルメイエとフィーリが同じベッドで寝ていたのだけど、ルメイエはじわりじわりとその領域を侵食。今やフィーリのベッドは、ルメイエに実効支配されていた。


 結果、追い出される形になったフィーリは、あたしのベッドで一緒に寝ている。ルメイエが常にベッドにいるものだから、あたしが家の管理を任せている自律人形も部屋の掃除ができず、困っている様子だった。


「わたし、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなので、実力行使に出ても良いですか?」


 自分のベッドですやすやと眠るルメイエを見ながら、口をへの字にしたフィーリが言って、全身に赤いオーラを纏う。身体能力強化の魔法。うん。力づくで起こす気満々ね。


「そんな事しなくても、ご飯って言えば起きるわよ。ルメイエ、ご飯よー」


「……おお、食事の時間かい?」


 あたしがフィーリをなだめつつ、ベッド上のルメイエに声をかけると、大の字になって眠っていたルメイエがその銀色の瞳を開き、ゆっくりと体を起こした。その動作はなめらかで、とても自律人形とは思えない。


「ほらほら、せめて今日は食卓に来なさい。でないと、食べさせないからね」


 言って、あたしは部屋の外から手招きする。ルメイエはそれを見て、すぐに視線をフィーリに移し、「フィーリ、引っ張っておくれー」なんて、情けない声を出す。


「もー!」と声を荒らげながら、フィーリはその手を引っ張ってルメイエを立ち上がらせると、引きずるように食卓へと連れてくる。


「髪の毛! くしゃくしゃですよ!」


 席に座らせると、フィーリはそう叫びながら、ルメイエの左右に飛び跳ねまくってる金髪をブラシで直していく。


 なんだかんだで、フィーリも面倒見良いじゃない。まるで妹ができたみたいねー。


 その様子を微笑ましく見ながら、あたしは錬金釜で調合した料理をテーブルに並べる。


「良い感じの魚介類が手に入ったから、今日のお昼はペスカトーレよー」


 トマトをベースに、エビやイカ、貝が入ったパスタ。作ったのは錬金釜だけど、あたしは好きな味だ。


「メイの料理は相変わらず大味だね。フィーリのご飯の方が繊細だよ」


 挨拶をしてから食べ始めると、いの一番にルメイエが言う。


「うーっさい。錬金術で作ったんだから仕方ないでしょー。文句があるなら、ルメイエが作りなさいよ」


 そのうちね、と言いながら、大皿に盛られたサラダを自分の皿へとよそう。見た目は子どもっぽいけど、そのしぐさは大人のそれだ。あたしより上品かも。思えば、ベッドで食事してても、まったくこぼしてなかった気がする。


「どうかしたのかい?」


「なんでもないわよ。自律人形が平然と食事してる光景が、未だ見慣れないだけ」


 そう誤魔化して、優雅にパスタを口に運ぶルメイエを見やる。


「てゆーか、なんで自律人形が食事する必要があるの?」


「逆に聞くけど、なぜ自律人形なら食事は不要と思ったんだい?」


「うぐっ」


 何の気なしに質問をしてみると、そんな言葉が返ってきた。あたしは返答に困る。


「何事も固定概念に捕らわれては駄目ってことさ。むしろ錬金術師にとっては、常識を疑った先に生まれる探求心こそ、必要なスキルだからね」


 言いながら、今度はスープを口に含む。いつもはぐーたらしてるくせに、今日はやけに饒舌だ。


「種明かしをするとね。この世のあらゆるものには微量の魔力が含まれている。ボクはそれを体内に取り入れることで、エネルギーに変えているのさ」


 そしてドヤ顔。その仕組みは全くもってわからないけど、転生前の世界でも物を食べることができるロボットとか存在していなかったから、どれだけすごいのかは、なんとなく理解できる。


「むー、このパスタに、魔力が? 微塵も感じませんけど」


 そんな折、フィーリは自分の皿のパスタを目の高さまで持ち上げて、しげしげと眺める。そんな彼女を見ながら、ルメイエは「フィーリも自律人形になればわかるさ」と、なんとも反応に困る言葉を発していた。


 ○ ○ ○


「……ふう。ごちそうさま」


 食事を終え、口周りをナプキンで丁寧に拭くと、ルメイエはその身を反転させてベッドへと向かう。


「ちょいまち。すぐにベッドに戻らないの。少し聞きたいことがあるから、ソファーに座って」


 そんな彼女の右手をがっしと掴み、着席を促す。


「仕方ないなぁ」


 ルメイエはため息混じりに言って、柔らかいソファーにようやく腰を落ち着けた。


「それで、何を聞きたいのさ?」


 寝間具のまま、ソファーの上で足をバタバタさせながら尋ねてくる。


「ずっと気になってたのよ。あんたが本当に、伝説の大錬金術師なのかって」


「もしかして、疑っているのかい?」


「そうじゃないけど……一緒に住み始めて三日、ずーっとぐーたらしてるんだもの。本当に伝説の大錬金術師なら、そろそろ錬金術の一つくらい見せてよ」


「いやだめんどくさい」


「いーから見せなさいよ! フィーリじゃないけど、あたしも堪忍袋の緒が切れるわよ!」


 ぼてっ、とソファーに倒れたルメイエに向け、思わず叫ぶ。


「これ以上ぐーたらするつもりなら、外に放り出すわよ。そしたらフィーリの魔力も分けてもらえなくなるし、すぐに動けなくなるわ」


 あたしはそう脅しをかける。自律人形の燃料は魔力。さっきのように、食物からも微量の魔力は補給できるみたいだけど、現状のルメイエは、定期的にフィーリから魔力を補給してもらわないとすぐに動けなくなる。


 以前はそんなことなかったらしいけど、地下迷宮で長い間魔力切れを起こしていた弊害というか、後遺症みたいなものらしい。


「……わかったよ。本当、仕方ないなぁ」


 ルメイエはソファーから立ち上がりながら言って、自分の鞄から大きな錬金釜を取り出した。あのバッグも錬金術で生み出したものらしく、見た目以上にものが入る。


「何を作ればいいんだい? それと、素材は用意してくれるんだろうね?」


 同じ鞄から錬金術師の杖を引っ張り出しながら、そう訊いてくる。


「錬金術師の隠れ里でも普及してたし、万年筆なら作れるでしょ?」


 そう尋ねると、「愚問だね」と誇らしげな表情が返ってきた。良い顔するじゃない。


 その後、あたしは容量無限バッグから銅とガラス瓶に入った水、木炭を取り出して彼女に手渡す。


 他人の錬金術なんて滅多に見れるもんじゃないから、ちょっと楽しみ。


「あー、この木炭は良いけど、この銅はフライパンになりたがっているね。こっちの水はポーションだ」


 その矢先、ルメイエが真顔でそんなことを言う。え、素材が? なりたがってる? ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど。


「メイ、銅と水はこれしかないのかい?」


「いや、あるにはあるけど……こっちは?」


 あたしは困惑したまま、バッグから別の銅と水をいくつも取り出し、床に並べる。


「そうだね……この子たちなら、万年筆になってくれそうだ」


 それらをひとしきり眺めた後、ルメイエは素材を選び取る。


 よろしく頼むよ、と素材に声をかけてから、自前の錬金釜に素材たちを優しく沈める。


 呆気に取られていると、ルメイエは真剣な目つきで錬金釜の中をかき回し始めた。


 やがて素材たちがその形を失ったかと思うと、すぐに真新しい万年筆が錬金釜から飛び出してきた。


「完成したよ。これでどうだい?」


 できたてほやほやの万年筆をあたしに手渡しながら、胸を張る。立派な万年筆。すごく鮮やかな調合だった。これがこの世界で、最上級と言われる錬金術師の腕前。やばい、かっこいい。


「すっご……ルメイエ、なんでこんなに早く調合できるの?」


 本来、この世界の錬金術はものすごく時間がかかるのだ。現に、錬金術師の隠れ里で学生たちと万年筆を調合した時、彼らは30分以上かかっていた。


 そんな中、ルメイエはあたしと大して変わらない時間で調合をしていた。チートアイテムを持つ、あたしと。


「単純だよ。ボクは素材の声が聞こえるからね。いくつもある素材の中から、万年筆になりたい素材だけを集めて調合しているのさ」


「……つまり、ポーションを作る場合、ポーションになりたい水と薬草を探してきて調合するわけ?」


「そういうことだよ。望むものになれるのなら、素材たちもすんなりと変化に応じるだろう? だから基本失敗しないし、調合時間も短くて済む」


 ……そういうことなのね。説明してもらうと、なんとなくわかる気がする。


「他の皆は素材の声が聞こえないから、食料油になりたい油を爆弾の素材にしたりする。だからものすごく調合に時間がかかったり、失敗したりするわけさ」


「じゃあ、ルメイエさんの昔の体を使ってるメイさんも、素材の声が聞こえてるんですか?」


 その時、調合の様子を眺めていたフィーリがふいに呟く。


「いやー、あたしはさっぱりだけど」


 頭を掻きながらそう答える。それなりに長いこと錬金術師をやってるけど、素材の声が聞こえたことは一度もなかった。


「素材の声は耳で聞くというより、心で聞くんだよ。だから自律人形になっても聞こえるんだと思うよ」


 ルメイエは言って、胸を張る。正直、かなりすごい能力だと思う。 


「そう聞くと、何でもすぐ作れるメイさんはすごいですね!」


「神からもらった力と一緒にしないでくれるかい!?」


 超絶笑顔で言うフィーリに、ルメイエが憤慨していた。これまでの話を聞いた限り、あたしの持つ究極の錬金釜は、素材の意志とか全部無視して調合してしまうらしい。さすがチートアイテム。


「そういえばルメイエ、調合だけじゃなく、レシピを作る才能もあったのよね? 隠れ里にはあんたの考えたレシピがいくつも残されてたしさ」


「それこそ、レシピは素材が教えてくれるのさ。例えば、爆弾になりたいと願うテンカ石と油に出会えれば、必然的に爆弾のレシピが分かるわけだ」


 なるほど。試行錯誤にはなっちゃうけど、ノーヒントに比べればレシピ開発もかなり楽になりそう。不思議に思っていたけど、タネが分かれば至極当然の話だった。


「……だからこそ、神からレシピ本まで授かったメイが羨ましくてならないんだけどね!」


 調合を終え、どっかりとソファーに腰を下ろしたルメイエが、あたしを睨みつけながら言う。ちょっと、本音出ちゃってるわよ。本音が。


「はぁ。調合したら疲れちゃったよ。メイ、何か甘いものがないかい?」


 ソファーに座り込むや、すぐさまぐーたらモードになる。もー、さっきまでの錬金術師モードはどこにいったのよ。


「あ! 甘いものと言えば、中央通りに美味しいケーキ屋さんがあるんですよ! わたし、そこの常連なんです!」


 その時、フィーリが胸の前で両手を合わせながら笑顔で言う。フィーリはルメイエと違ってアウトドア派だから、散策してるときに見つけたのかしら。常連っていうのが気になるけど。


「それは本当かい? なら、ひとっ走り買ってきて……」


「食後の運動も兼ねて、食べに行きましょう!」


「へっ!?」


 フィーリはその笑顔を崩さぬまま、ルメイエの小さな手をしっかりと握る。


 そして続く言葉を待たず、「外に出るなら、ちゃんとした服に着替えないとですね!」と、ルメイエを自室へと引っ張っていってしまった。


 しばらくして、部屋の方から「フィーリ! 勘弁しておくれよ! こんなヒラヒラな服はごめんだよ!」なんて叫び声が聞こえてきた。


 それこそ、お人形さんのように着替えさせられてるのかしらねー。今のルメイエ、お人形だけど。


 あたしはそんなことを考えながら、外出の準備を始めたのだった。

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