第六十七話『迷宮の奥で待つモノ・その④』


「……なるほど。旅の途中、捕らわれたフィーリを助けるためにこの迷宮に飛び込んだものの、脱出できずにズルズルと最深部まで辿り着いたと」


「そーなのよねー」


 あたしが苦笑しながら後ろ頭を掻くと、ルメイエは「ワープ鉱石も用意せずに飛び込むなんて、バカだなぁ」と、呆れた声で言う。


「むー、そう言うルメイエはワープ鉱石、持ってるの?」


「ぐーたらライフを貫いているけど、脱出手段は持っているよ。備えは大事だからね」


 彼女は言って、自前のリュックから緑色の宝石を取り出した。エメラルドより少し黄色が強い、見たことのない宝石だった。


「え、なにそれ? それで脱出できるの?」


「ああ、これは転移結晶。ワープ鉱石の代わりになる道具さ。ボクが作ったんだ」


「ちょっと貸して!」


 あたしはルメイエの返事を待つことなく、その手から転移結晶をひったくると、反対の手でレシピ本を開く。


「メイ、慌てなくてもレシピは教えてあげるから、落ち着きなよ」


 そんなルメイエの言葉に聞く耳持たず、あたしは一心不乱にページをめくる。


「あった!載ってた!」


 すると、すぐに転移結晶のレシピが見つかった。さすが伝説のレシピ本!


「必要素材は……この迷宮で採取したキノコと、岩石と……」


 急ぎ素材を確認すると、そのほとんどがこの迷宮内で採れるものばかりだった。予め採取は済ませてあるし、これなら作れる。


「……さっきから気になっていたんだけど、キミが見ているその本は何だい?」


「これ? 伝説のレシピ本!」


 そう言って、誇らしげにレシピ本を広げてみせる。


「……白紙だけど、頭は大丈夫かい?」


 直後、そんな冷たい言葉が返ってきた。伝説の大錬金術師でも、やっぱり読めないのね。


「ふ、ふーんだ。まぁ、見てなさい!」


 あたしは口を尖らせながら、容量無限バッグから究極の錬金釜を取り出す。


「今、その錬金釜をどこから出したんだい?」


 驚愕の表情を浮かべるルメイエの声をスルーして、素材を錬金釜へと放り込んでいく。


「まぁ、素材はシンプルだし、30分足らずで作れると思うけど……」


「でっきたー!」


「なぬぅ!?」


 即座に完成した転移結晶を高々と掲げるあたしを見て、ルメイエは中に落ちそうな勢いで錬金釜を覗き込んだ。


「今の、錬金術かい!?」


「そーよー」


 あたしが胸を張って答えると、「ありえない調合速度だ。つまるところ、この錬金釜に秘密があるのか」と口にして、ぐるぐると錬金釜の周囲を見て回る。


 究極の錬金釜と伝えながら、フィーリの分も転移結晶を調合していく。ほどなくして、同じ宝石がもう一つ完成した。


「むむむ……その書物に、この錬金釜。天は二物を与えずというが……」


 二つ目の転移結晶ができるのを凝視しながら、ルメイエはそんなことを呟く。


 これ、どっちも神様からもらったものだし、ある意味、天からの授かりものだけどねー。


「……察するに、さっき素材を出したそのバッグも?」


 レシピ本と錬金釜に続いて、あたしの腰についたバッグを見やる。


「容量無限バッグよ。いくらでも素材が入って、永久保存、素材の自動分解機能付きなの」


「……なにそれ!? ずるい!」


 得意げに説明すると、素早くひったくろうとする。無理無理。これもあたしにしか扱えないんだから。


「まさか、天は三物を与えたというのか……」


 やがて両手を床について、がっくりとうなだれた。圧倒的なスペックの差を目の当たりにして、ショック受けちゃったのかしら。


 ……これ以上ここに居たら何を聞かれるかわからないし、今のうちに地上に戻った方が良さそう。脱出手段、手に入ったし。


「えーっと、それじゃ、あたしたちはこれで帰るわねー。フィーリ、スローライフ再開するわよー」


「はい!」


「……ちょっと待って!」


 それでは、さよーならーと、何食わぬ顔で別れを告げようとした時、ルメイエが顔を勢いよく上げた。


「元の体の持ち主ということもあるけど、ボクはキミの錬金術に興味が湧いた。ぜひ、一緒に旅をさせてほしい」


 ルメイエは言って、輝いた瞳であたしを見てきた。錬金術師にとって好奇心と探求心は必須スキル。さすが伝説の大錬金術師。どちらも全開だった。


「えー、ついてくるのー?」と、思わず本音を漏らすと、「ボクの錬金術の知識、分けてあげてもいいよ」とのこと。なーんか、上から目線ねー。


「駄目駄目。あたしたちの旅はスローライフなの。ぐーたらライフじゃないのよ」


 そう言ってあしらうと、むぐぅ、と呻いて、口をつぐんだ。


「メイさん、連れてってあげましょーよー。あまりにフビンですよー」


 ……その時、フィーリがそんなことを言った。不憫とかそんな言葉、どこで覚えたのよ。


「てゆーか、あんたさっき、あたしに手を出したらバラバラにするとか言ってなかった?」


「……監視下に置いておくのもいいかと思いまして」


 キラッキラの笑顔で言わないの。怖いから。


「それにほら、転移結晶の作り方、教えてくれたじゃないですか」


「そ、そうだそうだ! 脱出方法はボクが教えてあげたんだぞ! だからつれてけ! ボクもスローライフ仲間に入れて!」


「なんで急に子供っぽい口調になるのよ! 結構年上のはずよね!?」


「じゃあ逆に聞くけど、年齢を重ねたら、それらしい口調にならないといけないのかい!?」


「そ、そーいうわけじゃないけど!」


 言われてみれば、齢数百歳のエルフの村の村長が若者言葉だったりした。その辺りは個人の自由かも。


「ちょっと落ち着きなさい! 今、考えるから!」


 詰め寄ってくるルメイエを押しとどめながら、あたしは思案する。確かに彼女から脱出アイテム調合のヒントをもらったようなものだし、ある意味で命の恩人。


 そして事故とはいえ、本来の体をあたしに取られて、自身は自律人形の生活を余儀なくされてる。こっちはあたしに責任はないけど、どこか負い目を感じてしまう。


「……あーもー。わかったわよ。つれてってあげる。その代わり、体を返すとかどうこうって話、しばらく待ってよね」


「もちろんさ! わーい! やったぁ!」


 その願いを了承すると、本当に子供のように喜んで、あたしたちの周りを飛び跳ねる。そこに、伝説の大錬金術師の面影はなかった。


 ○ ○ ○


「おまたせ! 準備完了だよ!」


 外に出ても関節部分が目立たないように、フィーリのローブを借りたルメイエが出立準備を整える。


 その背中にはリュックサック。部屋の中に転がっていた錬金釜がない所からして、恐らくあの中に入っているんだろう。容量無限バッグほどじゃないけど、あのリュックも見た目以上に物が入るみたい。さすが伝説の大錬金術師のリュックね。


 ちなみに、今後冒険者がこの最深部に辿り着いた時にがっかりしないよう、宝箱の中には金とか銀とか、宝石の類を詰め込めるだけ詰め込んでおいた。ここまで来て、宝物が無かった時のがっかり感、半端ないだろうしさ。


「それじゃ、脱出しよう! 二人とも、転移結晶を掲げて!」


 ルメイエに言われるがまま、あたしたちは転移結晶を頭上に掲げる。直後、周囲が淡い光に包まれて、すぐに全身が浮かび上がる感覚がやってきた。まるで光のエレベーターに乗ってるみたい。


「おわあああーーー!?」


「ひえぇぇーーー!?」


 慣れない感覚の中で、フィーリと一緒に叫ぶ。だけど、確実に地上が近づいてくるのが分かった。ようやく、脱出できる。




 ――無我夢中で辿り着いた、ダンジョンの最下層。



 ――そこで見つけたのは、自律人形の女の子。それも、伝説の大錬金術師。



 ――そして、まさかのスローライフ仲間三人目、爆誕。



 ――あたしの体を狙ってるっぽいけど、この先、どーなることやら。



 ――まぁ、より一層賑やかになるのは確定だろうけど!



 ――あたしの旅はまだまだ、続いていく!





                旅する錬金術師のスローライフ!第二章・完



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