第六十六話『迷宮の奥で待つモノ・その③』



「ボクの体、返してもらうよ!」


 叫ぶように言って、がっしりとあたしの服を掴んできたルメイエに気圧される。


「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 そうたしなめるも、彼女の気持ちも分かるから、あたしも強くは出られない。


「きっと錬金術なら、魂を入れ替える道具も作れるはず! 大錬金術師であるボクの体を持つキミなら、なおさらだ!」


「魂を入れ替える道具とか作ったことないし、無理! 第一、伝説のレシピ本に載ってる!?」


「何のレシピ本だって? そんな高度な道具の作り方が本に載っていたら苦労しないよ!」


「じゃあ作れないわよ!」


 そんな押し問答が続く。ああもう、どうしたらいいの。


 ……その矢先、ばたーん! と、大きな音がした。驚いて視線を送ると、フィーリが宝箱の蓋を思いっきり閉めていた。今のは、その音だった。


「あのー、わたし、難しい話はよくわかりませんが」


 フィーリはそんなあたしたちを後目に、宝箱の蓋を再び開けながら言葉を紡ぐ。


「さっきから聞いていたら、それって事故ですよね。なら、誰も悪くないんじゃないですか?」


 続いて、ぱたん、ぱたんと、蓋を開閉する規則正しい音が鳴る。10歳の女の子が発した正論に、あたしたちは冷静になった。


「それに、メイさんはわたしにとって大切な人なので、もし、何かするつもりなら……バラバラにしちゃいますよ?」


 言って、ルメイエに杖を向けた。いや、怖っ。気持ちは嬉しいけど、フィーリ、怖っ。


「そういえば、フィーリは魔法使いだったね……」


 フィーリを注意して杖を納めさせるも、ルメイエは怖気づいた様子だ。え、この三すくみの関係はなんなの?


「……まぁ、すぐに体を返せとは言わないよ。この体も、だいぶ馴染んできたところだし」


 それからルメイエは僅かに態度を軟化させ、再び台座へ腰を下ろした。


「元の体が見つかっただけで十分さ。さすがに埋葬されたんだと諦めていたし。まさか、別の人間の魂が入っているとは思わなかったけどね」


「いやー、大錬金術師様の中にあたしなんかが入ってて、申し訳ない……」


「……まぁ、自律人形の中にいる限り、ボクは不老不死だからね。時間はいくらでもあるから、大丈夫だよ」


 空気が軽くなったのを感じてお詫びを入れると、そんな意味深なことを言われた。


 そういうことなら、特に急ぐ必要もない……のかしら?


 ○ ○ ○


「じゃあ、ルメイエは半年くらい前から、この地下迷宮に住んでるわけねー」


「そうなるね。元々、人付き合いは苦手だったから、快適だったよ」


 フィーリの助力もあって、どうにかその場は丸く収まった。あたしは容量無限バッグからお茶を取り出して、二人に振る舞う。


 ……それにしても、自律人形のルメイエがお茶を飲めるなんて不思議。本人曰く、万物に宿る魔力を機構内部に取り込むために、もっとも効率の良い方法……らしいけど。ますます人間っぽいわねー。


「じゃあ、この場所で人知れず錬金術の研究を続けてたのねー。さすが、大錬金術師様」


 あたしは部屋の隅に置かれた錬金釜を見ながら目を細める。横倒しになってるのが、ちょっと気になるけど。


「違うよ。ここで自分の体に必要な最低限の魔力供給をしながら、ずっとぐーたらしていたのさ」


 ……あれ? なんかイメージと違う? 神童で、錬金術の申し子じゃなかったっけ?


「さっきも言ったけど、僕は人付き合いが苦手だ。ここは前人未到の地下迷宮の最深部。隠居を構えるには最高の場所だと思わないかい?」


 いーえ、まったくこれっぽっちも。


「幸いなことに、グレンという門番もいたしね。仮に人がやってきても、彼が追い払ってくれるから」


 くぴくぴとお茶を飲みながら言う。うーわ、究極の引きこもりじゃない。


「てゆーか、あのグレン、どうやって欺いたの? めっちゃ強かったし、暑苦しかったけど」


 やっぱり塩? 錬金術師同士、行きつく先は同じだったり?


「簡単だよ。こっそりとあの部屋に侵入して、彼を背後から殴って気絶させたんだ」


「ちょっと錬金術師!」


 思わずツッコミを入れてしまった。あの強靭な鎧を纏ったグレンを一撃で気絶させるって、どんな道具使ったのよ。


「だって、あの鎧は周囲の魔力を吸収して再生するようだし、まともに戦ったら疲れるじゃないか」


 ひょうひょうと言う。えー、基準そこなのー?


 ……でも、あの鎧って再生するんだ。なら、塩を使っても完全に倒せてないかも。言い方は悪いけど、ナメクジみたいね。


「でもさ、そのぐーたらライフを満喫してたはずのルメイエが、なんで宝箱の中で機能停止してたの?」


「眠くなったら、宝箱の中で寝ていたからに決まっているじゃないか」


「なんでまたそんな場所で?」


「この部屋をごらんよ。ベッドなんてない上に、昼も夜もない真っ白な室内。唯一暗闇になる場所が、宝箱の中だったわけさ」


 言われて、妙に納得してしまう自分がいた。あたしも同じ状況に置かれたら、宝箱で寝るかも。


「って、自律人形って寝るの?」


「中に入ってる魂は人間のものだからね。そりゃ眠くもなるよ」


 目覚めた当初も、欠伸して背伸びして、人間っぽいなーとは思ってたけど、そういうことなのね。


「ちなみに、機能停止してた理由は、魔力切れだよ」


「あー、さっきも魔力の話してたけど、やっぱり自律人形の動力源って魔力なの?」


「そうだよ……って、これは錬金術師にとって初歩的な知識のはずだけど。フィーリ、この人は本当に錬金術師?」


「そのはずなんですけど」


 なんでフィーリまで首をかしげてるのよ。正真正銘、本物の錬金術師よ。


「つまるところ、ぐーたらに夢中になって、長いこと魔力を補充していなかった……と?」


「ああ。これが人間なら、空腹というセンサーが機能するんだけど、自律人形の場合はそうもいかない。つい忘れてしまって、宝箱の中で気づいた時には、手遅れだった」


 いやー、まいったまいった、と笑う。空腹というセンサー。言い得て妙だった。


「それでルメイエさん、あの宝箱って何も入ってなかったんですか?」


 話題に上った宝箱が気になったのか、フィーリがそんなことを尋ねていた。


「ああ、これが入っていたよ」


 そう言ってルメイエが鞄から取り出したのは、手のひらサイズの水晶玉。賢者の石……とかではなさそう。何かしらこれ。


「錬金術師の直感で、ただの水晶玉ではないと思うんだけどね。ボクにもよくわからないんだ」


「うーん、ちょっと見せて」


 ルメイエからその水晶玉を借りて、しげしげと眺めてみる。見た目、占い師とかが持ってそうな普通の水晶玉だ。表面もすべすべで、スイッチの類も見当たらない。


「説明書とか、一緒に入ってなかったんですか?」


「なかったね。この水晶玉だけが、無造作に入っていたよ」


 二人の会話を聞いて、説明書って大切よねー……なんて思いつつ、レシピ本をパラパラとめくってみる。それらしいものは見つからない。


 あたしは不完全燃焼のまま、その水晶玉をルメイエに返却した。


「ところで、そろそろキミたちのことを教えておくれよ。冒険者という感じでもなさそうだし、どうしてこんな場所に来たんだい?」


 戻ってきた水晶玉をしまった直後、ルメイエがあたしたちを見ながら訊いてきた。あたしとフィーリは顔を見合わせた後、ここまでやってきた経緯を話すことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る