第六十五話『迷宮の奥で待つモノ・その②』



「それでそのー、伝説の大錬金術師ルメイエ様が、どうして自律人形になって、こんな地下迷宮の宝箱の中に?」


 お互いに自己紹介をした後、そう聞いてみた。改めて口にしてみると、違和感が半端ない。


「敬語じゃなくていいよ。名前も呼び捨てで構わない。ボクも堅苦しいのは嫌いだからさ」


 そう言われても……あたしも錬金術師の端くれ。大錬金術師様を前にしたら、どうしても緊張してしまう。


「それで、ボクがこんな姿になった経緯だけどね。話すと長くなるんだけど、聞いてくれるかい?」


 彼女は言いながら、中央の台座に腰を下ろす。あたしは了承しながら、その対面に座った。




「……ボクが生まれ故郷を旅立ったのは、30歳の時さ。それからは一度も、錬金術師の街には戻っていない」


「確か、人が多くなった故郷が嫌になったと聞いたけど」


「……探求と放浪の旅を続けるうちに年月は過ぎ、気がつけば45歳になっていた」


 ……流した。今、強引に流したわね。


「そんなある日。元々体力がないのに、15年近く慣れない旅を続けたせいで、ついに体力が限界を迎えた。膝を壊し、思うように旅ができなくなってしまったんだ」


 ……いや、限界来るの早くない? まだ四十代でしょ? この世界、悪路も多いけど、15年も旅したんなら慣れなさいよ。もしくはあたしみたいに、移動手段確保するとかさ。膝腰は特に労わらないと。ヒアルロン酸、大事よ。


「そこでボクは考えたんだ。若返ろうと」


「……ストップ。どうしてそこでそんな結論に行きつくのか不思議でならないんだけど」


「いいじゃないか。まぁ聞いておくれよ」


 思わずツッコミを入れたあたしを適当にあしらって、大錬金術師様……ルメイエは話を続ける。


「弱った体を引きずりながら素材を集め、最後にワカワカ草をメノウの森で採取し、その場で数日かけて若返りの秘薬を調合。見事に30歳近い若返りに成功したよ」


 へー。若返りの秘薬の存在は知ってたし、必要素材も知ってたけど、メノウの森にも生えてたのね。そこまで若返るなんて、すごい効き目。


「若かりし頃の体を取り戻したボクは足取り軽く、お供の自律人形を連れてメノウの街へと続く街道を歩いていたんだ。そうしたら……」


「そうしたら……?」


「突然空から虹色の光が落ちてきたんだ。一直線に、ボクの元へ」


 ほほう。なにそれ。流れ星?


「回避もままならず、その光はボクを直撃した。次の瞬間、ボクは自分の体から弾き出されたんだ」


「弾き出された? なんで?」


「ボクにもよくわからない。だけど、弾き出された……そう感じたんだ。それからしばらく意識を失い、気がつけば川の中にいた」


 ルメイエは胸の前で腕組みをし、真っ白い天井を見上げた。


「流れに逆らいながら必死に泳ぐも、体の違和感がすごかった。やっとの思いで岸に上がり、水鏡で自分の姿を確認して、自律人形になっていることに気づいた」


「つまり、その謎の光のせいで自律人形になっちゃった……と?」


「ああ。ここから先は推測になるけど、あの光によってボクの魂は弾き出され、隣を歩いていた自律人形へと強制的に移されてしまったんだと思う」


 落ちてきた光はよくわかんないけど、そんな経緯で今の体になっちゃったの? せっかく若返ったのに……。


「気絶している間にずいぶん下流へ流されてしまったらしく、ボクはそれから丸一日かけて街へ戻り、元の体がどうなったか確認しようとした。でも、見つけることができなかったんだ」


 ルメイエは目を伏せる。川まで吹き飛ばされるほどの衝撃なら、直撃した体も無事では済まないはず。誰かが埋葬してくれたのかしら。


「幸いなことに、自律人形の体でも錬金術はそれなりに使えたし、ボクはそのまま旅を続けて、今に至るわけだよ」


 そう言って、話を締めた。はー、あたしもそうだけど、ルメイエも波乱万丈な人生ねー。


「……それで話に出てきた、見つからなかったボクの体なんだけど」


 一度話を区切った後、ルメイエは声を低くした。


「……メイ、今のキミと瓜二つなんだよね。どういうことか、説明してもらえる?」


「へっ?」


 ルメイエにジト目で睨まれて、思わず両手で自分の体を守るように抱く。どういうこと?


「……ちょっと待って。確認なんだけど、その虹色の光が降ってきたのって、どのくらい前?」


「一年くらい前かな。先も言ったけど、メノウの街近くの街道だよ」


「あー……」


 あたしはこの世界に来たばかりの頃の記憶を引っ張り出してみる。気がついたら、メノウの街の近くに倒れていた。時期もちょうど、一年前くらい。


 そーいえば街道だったし、川の水を素材にポーションを作った覚えがあるから、近くに川があった。確か。


 ……もしかして、ルメイエを直撃した虹色の光の正体って、異世界にやってきた時のあたしだったりする?


「……メイ、何か思い当たる節があるみたいだね」


 ルメイエが立ち上がり、にじり寄ってくる。あたしの顔色から、何か察したらしい。


「え、えーっと、あの、その。じ、実は……」


 自律人形になっているとはいえ、さすが伝説の大錬金術師。その目力に負け、あたしはこの世界にやってくるまでの経緯を、洗いざらい白状した。


「……なるほど。つまり、キミは異世界からやってきたわけか。それでよりによって、ボクの体を乗っ取るなんて……!」


 ルメイエは心底悔しそうに唇を噛み、涙目であたしを見上げた。


 ……グレンの時もそうだったけど、この世界の神様、あたしの時もヘマしてたのね。生きてる人間に別の魂入れるとか、どんなミスよ!


 超今更だけど、転生ってことは生まれ変わるわけで、普通は子供時代からやるものよね! 思えばあたし、大人スタートだったじゃない! どーして気づかなかったのかしら!


 そりゃあ、錬金術師の隠れ里でルメイエに間違われるわけよ! 若返ってるとはいえ、体は一緒なんだから!


 あたしは思わず頭を抱えて天を仰ぐ。あたしの体は、元はルメイエの体。今明かされた、衝撃の事実。

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