第六十四話『迷宮の奥で待つモノ・その①』
「メイさん、ここが一番奥なんですよね?」
「そのはず、だけど……」
塩の海を越えて辿り着いた部屋は、学校の教室くらいの広さ。目につくのは隅の方に転がった錬金釜と本くらいで、壁も床も天井も、白一色で統一された無機質な場所だった。
周囲を見渡してみるも、出口っぽいものはない。その代わり、中央に台座があり、いかにもな感じの宝箱が置かれていた。
存在感を放つ宝箱そっちのけで出口を探してみるも、それらしいものは見当たらなかった。最深部に到達すればきっと出口があると信じてここまでやってきた分、あたしもフィーリもショックが大きい。
「……やっぱりワープ鉱石を使わないと、このダンジョンからは脱出できないのかしら」
うーん、ワープ鉱石、せめて一個でも見本があれば、レシピ本で素材を調べることができるのに。0からカスタムするのはさすがに厳しい。
万策尽きて、大きく息を吐きながら台座に腰掛ける。どうしたもんかしら。
「あーもー、脱出できないんなら、こんな宝物なんて意味ないですよ!」
頬杖をつきながら、ぼんやりとそんなことを考えていた時、フィーリが怒りに任せて目の前の宝箱を蹴る。まだ身体能力強化の魔法が残っていたのか、豪快な音がして宝箱が横倒しになった。ちょっとフィーリ、悔しいからって物に当たっちゃ駄目よ。
「ひえぇっ!?」
注意しようとした矢先、フィーリが悲鳴をあげながらあたしに飛びついてきた。不思議に思っていると、「あ、あれあれ、見てください」と言って、倒れた宝箱を指差す。
あれとは? と疑問に思いながら、首から上を動かしてフィーリが指差す先を見やる。
「げえぇっ!?」
……そして、あたしも叫んだ。横に倒れて蓋が開いた宝箱から、女の子が転がり出ていたのだ。なにこれ!? 殺人事件!?
「メ、メイさん、ちょっと見てきてください!」
「む、無茶言わないの。あたし、メイだけど名探偵じゃないわよ! 現場検証なんてしたことないんだからね!」
混乱し、フィーリには伝わらないようなことを口走るも、あたしはそのフィーリに背中を押され、ぐいぐいと宝箱の方へ押しやられる。ちょっと! 身体能力強化反則!
やがて心の準備もままならないうちに、あたしは倒れた女の子の前へと押し出された。うへぇ……。
「えーっと、キミ、生きてるー? 大丈夫ー?」
ひっくり返った宝箱をどけながら、あたしは恐る恐る、女の子に声をかける。てゆーか、どうして宝箱の中に女の子が入ってるのよ。
「……って、あれ?」
その時、服の隙間から見える女の子の関節に違和感があった。それこそ、まるでマネキンか、人形のよう。
「……もしかしてこの子、自律人形?」
思わず呟くと、あたしの背後に隠れていたフィーリが「え、人形なんですか?」と、おっかなびっくり顔を出す。
眼前に横たわる少女の人形は、フィーリと対をなすような黄金色の髪をしていて、ショートボブに切り揃えられていた。身長はフィーリより少し低いくらいで、白を基調とした穴だらけの服を着ている。関節部分を見なければ人間と見間違えてしまうくらい、精巧に作られていた。
「宝箱に入っていたということは、この子がこの迷宮のお宝なんですか?」
人形とわかり、恐怖心がなくなったのか、フィーリは瞳を閉じている人形のほっぺをつんつん、と触る。柔らかそう。
「わあっ!?」
直後、フィーリが今日何度目かわからない叫び声をあげた。見ると、機能停止しているはずの人形がフィーリの指に吸い付いていた。
「魔力、吸われてます!?」
「こらーーー! うちのフィーリに何してんのよ―――!」
あたしはとっさに間に割って入り、二人を引き離す。本当に吸い付かれていただけのようで、フィーリの指は無事だった。
なんなのこいつ……と警戒心が復活したと同時、自律人形の胸部に緑色の魔法陣が浮かび上がった。
理解が追い付いてこないうちに、今度はその両耳から、ぷしゅーと煙が出た。ま、まさか、こいつ、動くの!?
「ふあ……よく寝たぁ」
予想外の事態に恐怖するあたしたちとは裏腹に、欠伸と一緒に呑気な言葉が飛んできた。
そして自律人形は上半身を起こし、うーん、と背伸びをした。いや、自律人形が背伸びしたって、どこも伸びないと思うけど。
「ありがとう。キミが起こしてくれたのかい?」
そうお礼を言って、銀色の瞳でフィーリを見る。ガラスの瞳のはずだけど、すごく綺麗。
「あ、あんた、何者?」
「ボクかい? ボクはルメイエだよ。訳あって、今はこんな体だけど」
恐々と尋ねてみると、自律人形はそう名乗って、ゆっくりと起き上がった。ルメイエ? どっかで聞いたことあるような。
「……あ! ルメイエって、錬金術師の隠れ里の!?」
少し考えて、思い出した。それ以前に、あたし、その人に扮して講義や授業したり、パレード出たりしたじゃない! なんで忘れてたの!
「そう。かの大錬金術師ルメイエといえば、ボクのことさ!」
あたしの言葉を聞いて、えっへん、と、誇らしげに胸を張る。続けて、「いやー、外の世界でボクのことを知る人間に出会えるとは思わなかったよ。錬金術、人気ないからね」と言い、すっごく嬉しそうに握手を求めてきた。
あたしは作り笑いを浮かべながらその握手に応じるも、反応に困っていた。あの伝説の大錬金術師様が、どうしてこんな所で、お人形さんになってるのかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます