第六十三話『錬金術師、ボスに挑む・その②』



 フィーリとの同時攻撃。左右から挟むように、あたしの持ちうる最大火力をぶちかました。


 ……だけど、全然効いてなかった。


「はっはー! 残念だが効かないぜ! 魔力でいくら火力を上げようが、所詮炎属性だからな!」


 二属性の鎧の、氷側には多少のダメージを与えられていたけど、炎側の回復分を分け与える形で修復されていく。


 これは、氷属性と炎属性は効かないと思っていい。となると、別の属性で攻めるしかない。


「フィーリ、風属性と地属性の魔法!」


 魔力ドリンクで魔力を補充していたフィーリにそう告げ、あたしは容量無限バッグから自律人形(液体)を取り出して立ち向かわせる。直後、飛竜の靴で床を蹴る。


「人形ごときで俺を止められると思うな! ふん!」


 グレンが左腕で薙ぎ払うと、強烈な冷気が発生。自律人形たちを一瞬で凍りつかせた。


 あたしは驚愕するも、よく考えたら彼らは液体金属。冷気なんて受けたら、一発で凍るのがオチだった。


「あの子たちで足止めすらできないなんて……この!」


 あたしはその様子を見ながら、風の魔法を放つフィーリとタイミングを合わせ、ビリドラボム……雷の爆弾を投げ放つ。だけど、どちらも大したダメージは与えられない。氷、炎属性に加えて、風と雷まで効かないなんて。


「えーい! こんにゃろ!」


 苦し紛れにトリモチボムを投げつけて動きを止めようとするも、右半身の炎で燃やされて、すぐに脱出されてしまった。うう、こいつ、強い。


「そんなしょぼい爆弾、いくら投げつけても無駄だぜ! 錬金術師!」


 彼は言って、勝ち誇った表情を見せる。ぐぬぬ、さすがは転生者。装備が強力。


 うーん、どの属性で攻めればいいの? どの属性なら、炎と氷に対して同時にダメージを与えられる?


 あたしは必死に考えを巡らせる。


「太刀打ちできねぇとわかったんなら、出直してきな!」


 余裕なのか、同じ転生者に対する情けなのか、奴は腕組みをし、攻撃の手を止めた。


「出直せてたら、とっくにそうしてるわよ! できないから、全力で倒そうとしてんの!」


 あたしは胸の内を暴露する。その刹那。


「……それじゃあ、しょぼい爆弾の代わりに、ハイレベルな魔法を見せてあげます! 大いなる流星! 天空より……以下略! グラン・メテオ!」


 奴の意識があたしに向いているのをチャンスと見たのか、フィーリが地属性の属性媒体を掲げ、大魔法を発動。まるで隕石のような巨大な岩塊が、その鎧ごと、奴を押し潰す……はずが。


「……あれ?」


 ……何も起こらない。フィーリは不思議そうに天井を見上げた後、「あ」と、呟いた。


「忘れていました! ここ、地下50階です! 隕石が飛んでくるはずないです!」


 どうやら、あまりに深すぎて、魔力が天空まで届かなかったらしい。つまり不発。魔力だけ消費しちゃったっぽいし、フィーリのドジっ子!


 その結果、魔力が枯渇したのか、後退しながら鞄の中の魔力ドリンクに手を伸ばす。その隙をグレンが見逃すはずがなかった。


「おら! 捕まえた!」


 一瞬でフィーリの目の前まで跳躍し、その右手を掴んで軽々と持ち上げる。


「ちょっと! フィーリに手を出すなんて! このロリコン!」


「うるせぇ! いつまでも遠距離砲を野放しにしておけねぇし、魔法使いのMPがなくなったタイミングを狙うのは常識だろうが!」


 確かにその通り。こいつも転生前は結構なゲーマーだったのかしら……なんて考えている場合じゃない! フィーリが危ない!


 反射的に駆け寄ろうとしたその時、フィーリを赤いオーラが包んだ。


 グレンの炎攻撃かと思ったけど、どうも違う感じ。これは、身体能力強化魔法!?


「誰が魔力0になったなんて言いましたか? えーーい!」


「ぐおっ!?」


 そして掴まれた腕を軸に反動をつけて、鎧をまとったグレンの体を思いっきり蹴った。魔法で強化された一撃は子どものものとは思えない威力で、奴は大きくのけぞり、掴んでいた手を離す。


「メイさん!」


 地面に華麗に着地したフィーリは、自身にかけていた身体能力強化の魔法をあたしにも分け与えてくれた。その恩恵を受けて、あたしは大きく跳躍する。


 ……忘れてた。属性うんぬん言う前に、あたしは錬金術師。ここは錬金術で勝負する!


「これでも……食らいなさーーい!」


 距離を詰めながら、容量無限バッグからビックリハンマーを取り出し、炎と氷に覆われた頭部を全力で殴る。強い衝撃と同時に、魔力の波紋が周囲に広がり、グレンが壁際まで一気に吹き飛ばされた。


 相手が悶えているのを確認して、あたしは追撃のために、もう一度跳躍する。飛竜の靴の性能を生かして壁を蹴り、奴の頭上へと舞い上がる。


 そこで、容量無限バッグの口を全開にした。これがあたしの切り札よ!


「出てこい、塩!」


「ぶわああああ!?」


 ……その直後、奴へ降り注いだ白い粉の雨。海水を素材分解して、容量無限バッグに貯蔵しておいた全ての塩をぶちまけた。それこそ、奴の姿が埋もれ、完全に見えなくなるほどの量を。


「な、なんだこの粉は!? 俺の鎧が、溶ける!? 消える!?」


 次の瞬間、悲痛な叫び声が聞こえ、グレンは白い小山の中でもがき苦しむ。やがて、その中から金髪の、一人の男性が顔を出した。あれがグレンの中身ね!


「そこだーー!」


 飛竜の靴でグライドしながら様子を見ていたあたしは、そこからの自由落下による威力増加も計算に入れて、ハンマーを垂直に振るう。内蔵されていた魔力は一発目で使い果たしていたけれど、鎧が消えた彼を気絶させるには十分すぎる一撃。


「ぐぎゃあ!」なんて声がして、彼は白い粉の山に沈んだ。ピクリとも動かなくなったし、たぶん、気絶したはず。


 ……よし、勝てた。なんとかなった。


 ○ ○ ○


 白い粉の中へふわりと着地すると、フィーリが駆け寄ってきて、「メイさん、強力な鎧溶解剤でも調合したんですか?」と聞いてきた。


「そんなピンポイントなもの、あるわけないでしょー」と苦笑しながら答えると、「メイさんなら作りそうな気がしまして」と、笑った。


「この白いのはね、塩よ」


「塩?」


 あたしの答えを聞いて、フィーリは首を傾げながら白い粉をつまみ、おもむろに口に運ぶ。


 そしてすぐに「辛っ! 本当に塩です!」と叫んでいた。


「これって、お料理に使う塩ですよね? どうして魔物が倒せちゃったんですか? あれだけ一緒に攻撃しても駄目だったのに」


「塩は火を消すと同時に、氷を溶かす力もあるの。戦ってる最中に思い出してねー」


「そ、そうなんですか? このお塩が……」と、足元の塩に訝しげな視線を向けるフィーリに、あたしはさらに続ける。


「氷に塩をかけると融点が下がって、早く溶けるの。溶け出た水が塩と混ざると氷点下でも凍らなくなるから、温度が下がっても氷はどんどん溶けていく。それこそ、融雪剤みたいな感じね」


 途中で理解が追いつかなくなったのか、「ほへぇー……」と曖昧な感想を漏らすフィーリをスルーして、あたしはより饒舌になる。


「それに加えて、酸素と塩は反応しないから、塩は燃えない。つまり温度の低い塩を大量にかけると、窒息効果と冷却効果によって火が消えるの。砂をかけて火を消すのと同じね」


「……全然言っている意味が分かりませんが、炎と氷の鎧にとって、塩は天敵だったというわけですか?」


「ご明察―」


「なんだかメイさん、錬金術師っぽいです」なんて言ってくれるフィーリの頭を撫でてあげてから、あたしは塩の海をかき分け、奥の部屋へと足を踏み入れたのだった。


 よーし、ボス戦クリアー! いよいよ最後の部屋よ!

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