第六十一話『錬金術師、迷宮に挑む・その③』
時の砂時計の力で崩落現場を突破したあたしたちは、最下層へ向けて突き進む。
ここから先は未踏の地。魔物の数も増えて、その攻撃も激しくなる。
錬金術による補給にも限界があるから、手持ちの防御手段をフル活用しつつ、できるだけ燃費を押さえながら戦い、局面を切り抜けた。
そして辿り着いた48階層目。あと少しなんだけど、さすがに疲れてきた。
万能地図の索敵能力をフル活用して全力で魔物を避けつつ、どこか休憩できる場所ないかしら……なんて考えていた矢先、虹色に光る壁を見つけた。
「うん?」
思わず絨毯を停め、その壁を見る。石と石の間に僅かな隙間があって、そこから虹色の光が漏れてきているみたい。つまりは、この奥に隠し部屋がある。
あたしに追いつき、「メイさん、どうしたんですか?」と、声をかけてくるフィーリに生返事をしながら、勝手に掘るつるはしを取り出して、壁を掘ってもらう。直後、畳四畳くらいの広さの空間が現れた。
「え、こんな所に部屋があったんですね」
フィーリが驚きの声を上げる中、あたしはその小部屋の床に積もる虹色の砂に目を奪われていた。この砂、どっかで見たような。
「……もしかしてこれ、時の砂?」
空いた穴に体半分をつっこんで、恐々とすくってみる。それ自身が淡い光を放つ、虹色の砂。おそらく時の砂時計に入っていたものと同じ。それが、こんな大量に?
「時の砂って……メイさん、直接触って大丈夫なんですか? 小さくなったりしません?」
言いながら、数歩後ずさる。あたしは特段変化ない。
たぶん、きちんとした処理をして専用の装置に入れない限り、ただの綺麗な砂と変わらないのかも。
「むー、微細な魔力は感じますが、これがあの砂時計に……」
あたしの様子を見て安心したのか、フィーリも時の砂を手に取る。続けて「元は普通の砂だったものが、長い長い年月を経て魔力を帯びたのかもしれませんね」と言っていた。なるほど、人類未踏の地らしいレア素材。納得かも。
「フィーリ、ちょっと採集していい?」
「いいですよー。豪快にどうぞ」
間違いなく瞳を輝かせていたであろうあたしを見て、フィーリがため息混じりに言った。
「手早く終わらせるから、魔物の警戒だけお願いね」と伝え、あたしは容量無限バッグの口を全開にして、その小部屋へと飛び込んだ。
○ ○ ○
すごごごごー、と、まるで掃除機のごとく、部屋いっぱいの時の砂を容量無限バッグに吸い込んでいく。
用途は時の砂時計くらいしか浮かばないけど、超レア素材なのは間違いないし、いくらあってもいい。
「ところで、ちょっとした疑問なんですけど」
「なにー?」
その時、背後のフィーリが言葉を投げてきた。疑問って何かしら。
「もしこの後、無事脱出手段が見つかったとして、わたしは地上に戻っても大丈夫なんでしょーか」
「え?」
「その、メイさんに助けてもらったいましたが、これって脱獄ですよね?」
「あー」
フィーリの不安はもっともだ。やっとこさ地上に戻っても、また捕まって迷宮に逆戻り……なんてことになったら、これまでの苦労が水の泡だ。
……だけど、あたしもその辺りはしっかりと確認済み。
「大丈夫よ。情報屋の話によると、罪人は地下迷宮に送られた時点で、その罪を償ったことになるらしいの」
「そうなんですか?」
「そう。迷宮に追放されることが刑の執行にあたるみたい。しかも一度送られた奴隷が生きて戻った事例もないから、その時点で死亡扱いになる。だから、買主との契約も自然消滅するらしいわ」
「ほう。自然消滅」
これまで見たことないような、意味深な笑顔を浮かべた。この子、こんな顔もするんだ。
「……メイさん、絶対ここから脱出しましょう!」
「そ、その意気よ。もう少しだから、頑張りましょー」
両手で握りこぶしを作って気合を入れるフィーリに、あたしは苦笑いと一緒にそんな言葉を投げた。俄然、やる気が出たみたいねー。
○ ○ ○
「ついに、最深部到達―!」
「着きましたよー!」
それからさらに1時間かけて、あたしたちは地下迷宮の最深部、50階層へと到着した。
ダンジョン突入から踏破までの所要時間、およそ4日。これは今後破られることのない記録だと思う。たぶん。
「さすがに敵さんの気配はないですね」
フィーリが周囲を見渡しながら言う。これまでの薄暗い坑道のような場所とは打って変わり、白を基調とした、まるで神殿のような作り。
その見事な内装を眺めながら、あたしたちはゆっくりと通路を進んでいく。
道中、万能地図を開いてみるも、最下層の構造は至ってシンプル。あたしたちのいる場所から通路を挟んで反対側に広いスペース。その先に小部屋があるだけ。
「……グレン?」
そのマップを眺めていて、ひとつ気になることがあった。何故か名前が表示されている。この先に誰かいるの?
「フィーリ、ひょっとしたらこの先、ボスがいるかも。セーブポイントも回復ポイントもないから、心の準備だけはしておいてね」
「よくわかりませんが、わかりました」
頷いたフィーリが属性媒体と愛用の杖を構えるのを確認してから、あたしも万能地図をしまい、ちょうど目の前に現れた扉に手をかけ、勢いよく開いた。
「……よう! 待ってたぜ!」
開け放たれた扉の先には、全身に氷と炎を纏った怪人が立っていた。あー、予想通り、これはボス戦の流れだわ。
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