第六十話『錬金術師、迷宮に挑む・その②』



 現在、地下迷宮の45階層。


 万能地図を見ながら進んでいたところ、前方に突然人の反応が現れて、あたしたちはその歩みを止める。


「あのー、すみませーん」


 見つけた集団に対し、あたしは恐る恐る声をかける。その総数は4人。全員、万能地図に名前が表示されているし、知性の高い魔物が化けている……なんてこともなさそう。


「おお、俺たち以外にも、ここまでたどり着いた強者がいたのか」


「あら、子連れの魔法使い? 珍しいわね」


 あたしの声に反応してまず振り返ったのは、赤髪の、いかにも剣士っぽい男性と、三角帽子をかぶった髪の長い女性。女性の方は、その格好からして魔法使いっぽい。


「えーっと、子連れじゃないです。それと、あたしは錬金術師のメイ。魔法使いなのはこっち。フィーリです」


 速攻で妙な誤解をされそうになったので、慌てて訂正しておく。何度も言うけど、あたしは錬金術師! 魔法使いと一緒にされたら堪ったもんじゃないわ。


「れ、錬金術師さんはその、工房に籠ってるイメージがあったんですが。こ、こんな場所にも来るんですね。あ、気を悪くしたらごめんなさい……」


 そんな二人の背後で、視線を泳がせながら言葉を選んでいるのは緑髪の少年の姿。その風貌からして弓使いっぽい。耳が尖っているから、エルフ族ね。


「ふーん、アナタ、人間で小さいのに、魔法使いなの? やるじゃない」


 そう言いながら弓使いの隣から歩いて来て、フィーリの顔をまじまじと見つめる少女がいた。被っているフードの色合いもあって、まるで赤ずきんちゃんみたい。


 フードの隙間から見える耳が尖っているし、この子もエルフ族ね。となると、見た目と実年齢が一致しない可能性が高いわね。


「このリタは凄腕の魔法使いだが、それ以上に凄腕の地図職人でもある。頼りになるぜ」


 剣士の男性に言われて、リタと呼ばれたフードの女の子がえっへん、と胸を張る。魔法使いと地図職人の二刀流? やるわねー。


 続けて、「こいつの作った地図のおかげで、ここまで10日足らずだ。がっはっは!」と、豪快に笑う。


「そーですかー。それはすごいですねー」と、フィーリと声を合わせて称賛する。あたしたち、ここまで3日とかかってないけど。


 ……ところでこの人たち、フィーリの姿を見ても何も言わないわね。きちんとした服を着ているし、誰も元奴隷だなんて思わないみたい。


「このままの勢いで初の最深部到達パーティーになりたがったんだが、どうやらそうもいかないみたいでな」


「え?」


 そんなことを考えていた矢先、剣士の男性が悔しそうな顔をした。「どういうことでしょう?」と、尋ねると、こいつを見てくれ……と、ため息混じりに通路の先を指し示した。


「え、崩れてる!?」


 四人の間を縫って駆け寄ってみると、天井が崩落し、道が完全に塞がっていていた。咄嗟に手元の万能地図を見るも、次の階層へと向かうにはこの道しかない。


「というわけでな。これは発掘用の道具でも持って出直すしかなさそうだ。お嬢ちゃんたちも、諦めて帰りな」


「土の感じから見て、崩れて数日ってところね。もう少し早ければ、難なく突破できたでしょうけど。それじゃあね」


「残念だけど、しょうがないよね……」


「人間、諦めが肝心よー」


 彼らは口々に言いながら次々に光に包まれ、消えていった。おそらく、地上に戻るためのワープ鉱石を使ったんだろう。


「ちょ、ちょっと待ってくださーい!」と、慌てて声をかけたけど、誰一人として待ってはくれなかった。残されたあたしたちは、その場に立ち尽くす。


「……メイさん、どうしましょう。爆破します?」


「うーん……」


 物騒なことを言いながら崩れた天井を見上げるフィーリの隣で、あたしは頭を抱える。元々ワープ鉱石を持っていないし、後戻りもできない。あのパーティーが再びやってくるまで、ここでスローライフするわけにもいかないし。どうしたものかしら。


「あの人たちはああ言ってたけど、採掘道具でなんとかなるかしら、コレ……」


 再び土砂の元へ歩み寄って、呟く。その間にも、パラパラと上から土が落ちてきていた。


 今回のダンジョン攻略にあたり、戦うための道具や回復アイテムの素材は大量に確保したけど、採掘道具がいるとは思わなかった。どうしよう。


 それにこの土、凄く柔らかい。勝手に掘るつるはしやスコップを使っても、後から後から崩れてきて、追いつかないかも。もっと大掛かりな採掘道具を作らなきゃ駄目?


「んもー、最悪のタイミングで崩れてくれちゃいましたね!」


 あたしが思案を巡らせていると、横にフィーリがやってきて、怒りに任せて土を蹴り飛ばす。ほんと、崩れる前ならねー。


「……あ、そっか」


 その時、あることに気づいた。そーよ。いいのがあるじゃない!


「メイさん、どうかしたんですか?」


 急にガサゴソと容量無限バッグを漁り始めたあたしを見て、フィーリが不思議そうな顔をする。そんなフィーリに、あたしは「崩れる前に戻せばいいのよ!」とだけ告げる。


「じゃーん! 時の砂時計!」


 そして取り出したのは、時の砂時計。何度か使ったことがあるけど、特定の人物や生物、または特定の範囲内の時間を、±10年分操作できる道具。


「崩れた道よ、元に戻れ――!」


 あたしは時の砂時計を高々とかざす。指定時間は一年。


 直後、まるでビデオを逆再生するように、堆積していた土砂が天井へと戻っていく。おおお、これすごい。ダイナミック。


 見る見るうちに土砂がなくなり、最後に天板がはまって、見慣れた通路になった。


 その様子を見ていたフィーリも口が開いたままになっていた。驚くのも無理ないわよねー。


「これで万事解決! 効果時間は30分だから、さっさと進むわよー!」


 惚けるフィーリの肩をポンと叩いてから、あたしは絨毯に乗り込んだのだった。


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