第五十九話『錬金術師、迷宮に挑む・その①』
あたしは旅する錬金術師メイ。現在、ダンジョンの中で初めての朝を迎えている。
……朝だと思う、たぶん。
正直なところ、ダンジョンの地下深くにいるから、もちろん陽なんてささず、昼も夜もわからない。
万能テントから出ると、そこはどこまでも薄暗い石造りの壁と床が広がっていた。
とりあえず、夜通し見張りをしてくれた自律人形(液体)に、「ごくろうさまー」と労いの言葉をかけて、容量無限バッグにしまう。
「……さてと」
……フィーリを無事助けられたのは良いけど、このダンジョンからの脱出手段は現状、ない。
かといって、ここでスローライフを続けるわけにもいかない。となると、あたしの取る手段は一つだけ。
「フィーリー! 早く起きて準備して! 出発するわよー!」
あたしはテントの中に向けて、叫ぶ。直後、「ぶへっ!?」なんて間の抜けた声がして、フィーリが飛び起きた。
……戻れないのなら、先へ進むしかない。そのうち、きっと脱出方法が見つかるわよ。
○ ○ ○
「メイさん、先に進むって、本気ですか?」
身支度を整えてテントから出てきたフィーリに、これから奥へ進む旨を伝えると、驚いた顔をしていた。
「本気も本気よ。ここにいても何も始まらないし、あたしの経験上、この手のダンジョンは最下層にたどり着けば、そこに地上へ戻る脱出ゲートがあるものなの」
「そうなんですか……? というかメイさん、ダンジョン潜ったことあるんです?」
「一応ねー」
……ゲームでの話だけど。
「昨日の夜、『この迷宮は誰も最深部に到達した人がいない……』って言ってませんでした?」
「言ったわよー。その分、誰からも荒らされていないお宝やレアな素材とかありそうだし。ついでにいただいちゃいましょ」
努めて明るく言って、あたしは準備を進める。例によって万能地図というマップもあるから、これで敵の位置は分かる。
回復アイテムやフィーリ用の属性媒体、魔力ドリンクも用意してきたし、足りなくなった時に現地調合するための素材も買い漁ってきた。問題なし。
「せっかく半分まで攻略したんだから、この勢いで一気に最深部まで行っちゃうわよ!」
あたしは気合を入れながら言って、容量無限バッグへ万能テントをしまい込む。続けて、空飛ぶ絨毯を取り出して敷き、その上に自律人形2体を配置する。
「その自律人形さんたち、どうするんですか?」
「えーっと、前衛? ほら、あたしもフィーリもどっちかっていうと後衛タイプだし、防御力も低いから魔物と対峙するならタンク的な役割が必須でしょ?」
「……よくわかりませんが、わたしは後ろをついていけば良いんですね?」
重さが増した絨毯がゆっくりと浮き上がるのを見ながら、フィーリは一度首を傾げると、自前のほうきにまたがり、浮遊した。
○ ○ ○
「飛ばすわよー! しっかりついてきなさい!」
「メ、メイさん、速いです---!」
「これでも自律人形たちが乗ってる分、昨日より遅いのよ! あ、次の分かれ道、左ね! 右に行くと、シャドーグールの群れが待ち構えてるから!」
あたしは万能地図を見ながら、背後のフィーリに指示を出す。右の道は魔物の巣窟な上に、行き止まり。左の道はまっすぐに進めば、次の階へと続く魔法陣が見えてくるはず。
その魔法陣の前に、門番のように立つキングスケルトンが三体。中身の無い瞳で、あたしたちを睨みつけてくる。
「フィーリ、先制攻撃! 燃やしちゃえ!」
「はい! ファイアボール!」
直後、あたしを両サイドから追い越して、無数の火の玉が魔物たちに襲いかかる。アンデット系の魔物は火に弱いのが通説。フィーリの魔法が強力なのもあって、一瞬で消し炭になった。
「よし次! 26階層目へゴー!」
「はい! ごー!」
フィーリとほぼ同時に魔法陣へ飛び込むと、そのまま光に包まれて転移。次の階層へと移動した。
……そんなことを繰り返していると、出現する魔物の種類が明らかに上位種になってきた。進めど進めど、景色は変わらないのにね。
「おっと、危ない!」
前方に出現したダークエルフが遠距離から弓矢を放ってきて、それをあたしの前にいた自律人形が盾になって受け止める。彼らは液体金属が素材になっているので強いクッション性があり、よほど強い攻撃を受けない限り破壊されない。
「本当、頼りになるわー」と伝えると、弓矢を受け止めた自律人形は恥ずかしそうに頭を掻いた。この仕草がまた愛らしいのよねー。
「今度はあたしのターン! 食らいなさ---い!」
弓矢を受け流して一定距離まで近づいたら、今度はあたしの間合い。おなじみの爆弾で仕留める。
「撃破―! よーし、どんどんいくわよー!」
自律人形たちを前面に出して、フィーリが後方支援。あたしはオールラウンダーとして中盤で戦う。うんうん。錬金術師メイと愉快な仲間たち。良い感じのパーティーじゃない。
○ ○ ○
……そんな感じにテンポ良くダンジョン探索を進め、気がつけば40階層目に到達していた。
「だーいぶ潜ってきたわねー」
万能地図によると、この階には何故か魔物の姿がなく、フロアそのものもかなり狭い。今いる広いスペースを抜けて左に曲がれば、すぐに次の階層へと続く魔法陣がありそう。
「ここは安全そうだし、少し休憩しましょー」
あたしは言って、絨毯から降りる。ぐーっと背伸びをした後、床の上に錬金釜を設置して、飲み物を調合した。
初級魔法とはいえ、結構な回数使っていたし、フィーリも少し疲れてそう。休憩大事よね。
「はい。アイスココアよー」
「ありがとうございます!」
笑顔で受け取って、絨毯の上に座る。そして自律人形の背にもたれながらアイスココアを飲んでいた。ウォーターベッドみたいで、なーんか気持ちよさそうねー。
あたしも同じものを調合して飲みながら、周囲を散策する。ここなら魔物の気配もないし、集中して素材採集できそう。
「メイさん、なにか珍しい素材でもあるんですか?」
「珍しいわけじゃないけど、少しでも拾っとこうかと思って。ほら、このコケとか、薬の材料になるのよ」
「そんな何の価値もなさそうなコケが」と小声で言った後、「わたしも手伝います!」と、元気に立ち上がり、隅に生えていたキノコをぶちぶちと抜き始めた。
「メイさんの嫌いなキノコがたくさん生えてますよ。後で食べますか?」
それをあたしの方まで持ってきて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「うーっさい。食料はまだまだ余裕があるから大丈夫。それにそのキノコ、いかにも毒キノコっぽいし」
魔物の骨を拾いながら言葉を返し、容量無限バッグの口を広げてフィーリに向ける。まぁ、この子も本調子になってきたみたいで何より。
……ダンジョンのど真ん中で、ピンチであることに変わりはないんだけど、なんだか久しぶりに日常が戻ってきた気がした。
○ ○ ○
しばしの休憩と採取を挟み、再びダンジョン攻略を再開してから一時間後。あたしたちは45階層へと到達していた。
万能地図を見ながら、このまままっすぐ進めば次の階層ねー……なんて考えていたところ、前方にいくつかの人の反応が見えた。
「え?」
思わず顔を上げて、背後のフィーリに静止するよう指示を送り、速度を緩める。やがて、複数の人影が見えてきた。
……このダンジョンで初めて見る、あたしたち以外の人だった。
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