第五十八話『迷宮の街にて・その③』



「……こうなると、方法は一つね」


 さすがにフィーリからもらった髪飾りを素材にすることはできず、あたしは一つの結論に至る。


 手元に残っている出来損ないの真珠の欠片を使って、錬金術でセレム真珠を『作り出す』。


 もちろん、レシピなんて載ってないし、メイカスタムということになる。


 幸いなことに、あたしが持っているのは究極の錬金釜。調合に失敗した場合、素材は釜から吐き出され、戻ってくる。


 ……つまり、何度でもトライアンドエラーが可能ということ。


「フィーリが待ってるし、急がないと」


 あたしは錬金釜を設置して、すぐさま調合開始。真珠の欠片と、海水、そして真珠の主成分がカルシウムということで、魚の骨を入れてみた。


 ……失敗。魚の骨じゃ駄目なのかしら。じゃあ動物の骨?

 ……これも違う。必要素材は骨じゃない? ちょっと視点を変えてみよう。セレム真珠の生育環境……。


「あ、そっか。淡水!」


セレム真珠を作る貝が生息していたのは、滝つぼの中。つまりは真水だ。


「確かあそこの水、採取しといたはず」


 基本、あたしは目についたものは何でも採取するようにしている。あそこの水や湖底の砂も、またしかり。


「これでどうかしら!」


 素材を変えて、再び調合チャレンジ。海水の代わりに滝つぼの水、そして骨の代わりに、真珠貝が生息していた水底の砂を入れてみた。


 ……やがて虹色に渦巻く錬金釜から飛び出してきたのは、紛れもないセレム真珠。レシピ本にも同名で記録され、横に『メイカスタム』の表示。間違いない。


「やった! 作れた!」


 喜んでいる暇はない。できあがったセレム真珠に四属性の属性媒体を加えて、再び調合。ようやくワープゲートが完成した。手のひらサイズの大きさに肥大した真珠が四色のオーラを纏っている、見た目はそんな道具だ。


「よーし、あとはこれを……」


 あたしは万能地図を見ながら、フィーリとの距離が一番近く、壁が薄い場所を見つけ出し、そこに向けてワープゲートを使用する。


 一瞬の閃光の後、目の前に紫色の渦が出現し、それが口を開けるように次第に大きくなる。


 やがて人が通れるほどの広さになった時、その向こうにフィーリの後ろ姿が見えた。


「フィーリ!」


 たまらず、あたしは叫ぶ。


 その声が届いたのか、彼女は振り返って、直後に、信じられないといった様子で目を見開く。


「ちょっと遅くなったけど、迎えに来たわよ!」


 準備期間を含めて、ここまで約2日。あたしにとってはあっという間だったけど、なんの情報もなくこの場所に幽閉されていたフィーリにとっては、途方もなく長い時間だったに違いない。


「メイさん、どうしてここがわかったんですか!?」


「錬金術師に不可能はないのよ! ほら、手を出して! 時間ないから!」


「は、はい!」


 嬉しさと驚きの入り混じった表情を浮かべたまま、フィーリは空間に開いた穴へと手を伸ばす。あたしはその小さな手をしっかりと握って、こちら側へと引っ張り込んだ。


 ○ ○ ○


 ワープゲートを通じて、無事フィーリを幽閉部屋から助け出せた。


 無我夢中だったせいか、そのまま抱きかかえるように、二人で地面に倒れ込んだ。直後に道具の効果が切れたのか、開いていたゲートが消滅した。


「フィーリ、大丈夫!? 怪我とかしてない!?」


 まだ少し惚けているフィーリを急いで抱き起こし、体を触ってその無事を確認する。服も着替えさせられたのか、囚人服のような、薄汚れた布を纏っていた。


「えへへ……ご覧の通り、ピンピンしてます」


 ようやく視点を合わせて言って、少し疲れた顔で笑う。


 ゲートを通じて、一瞬だけ見えた幽閉部屋の内部。魔物の姿こそなかったけど、明かりも食料もなく、どれだけ劣悪な環境だったのか、想像もしたくない。


 そんな場所に、フィーリは2日間も閉じ込められていた。気丈に振る舞っているように見えても、どれだけ精神的なダメージを受けているかもわからない。


「こんなに汚れちゃってぇ。まずお風呂ね。お風呂」


「メイさんも同じくらい汚れてますよ。一瞬、どこの魔女かと思いました」


「もう、この毒舌めぇ」


 だから、あたしはできるだけ優しく、それでいて、自然に振る舞うことにした。


 もう一度しっかりと抱きしめてあげた後、髪の毛がくしゃくしゃになるまで頭を撫でてあげた。


 ○ ○ ○


 ……それから万能テントを設置して、その中で休息をとる。


「こんなところでテント張って、大丈夫なんですか?」と、心配顔をするフィーリに、「このテント、魔物に対する認識阻害効果もあるから大丈夫よー」と言い、入室を促す。


 テントに入ると、あたしは容量無限バッグからバスタブを取り出して、一番にお風呂を沸かす。床がびしょびしょになるけど、今日ばかりは大目に見る。


 お風呂の中でその銀髪を綺麗に洗ってあげていると、「そういえば、こっそりつけてたトークリング、没収されちゃいまして」と、苦笑いを浮かべた。そんなの、またいくらでも作ってあげるわよー。




 ……入浴後には食事。錬金釜で大抵の料理は作れるから、フィーリが食べたいものを片っ端から作ってあげた。


「メイさんの作るご飯は最高です!」なんて言ってくれちゃってる。お腹いっぱい食べなさいねー。




 ……そしてお腹が膨れると、フィーリは張り詰めていた糸が切れたように、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。


「しょーがないわねー。ちゃんとベッドで寝ないと風邪ひくわよー」


 苦笑して、フィーリをベッドまで運んであげる。あたしもフィーリを助けられた安心感からか、緊張の糸が切れて、同じように強い眠気に襲われていた。


「あふ……あたしも限界。あと、よろしく」


 あくびを噛み殺しながら、見張りの自律人形を表に出して、フィーリと同じベッドへ潜り込む。


 安心しきった顔で眠るフィーリを静かに抱き寄せて、あたしも2日ぶりに深い眠りへ落ちたのだった。


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