第五十七話『迷宮の街にて・その②』



 ……奴隷が買主の命令に背いた場合、罰則が生じる。


 それが、この世界のルールらしい。


 大衆の面前で買主を攻撃したフィーリは、やってきた兵士たちにその場で拘束され、連行されていった。


 フィーリは悪くない! と、あたしは必死に訴えたけど、聞き入れてもらえず。あの子はあたしに自分の鞄を渡すと、静かに兵士たちに従っていた。


 あたしがヘマしたせいでフィーリが捕まってしまった。あの優しい子が。


「……絶対、助けてあげるから」


 それからは時間との勝負だった。あたしはあらゆる手段で情報を集め、翌日の昼前にはフィーリの居場所を突き止めた。それこそ、怪しい情報屋にお金を積んだりして。


 その居場所は、この街の地下。あたしがダンジョンと呼んでいる地下迷宮の、25階層。そこに罪人の幽閉部屋が作られていて、専用の魔法陣を経由して、罪人が直接送り込まれているらしい。


 この地下迷宮は非常に入り組んでいて、次の階層へ進むには各階に設置された移動用の魔法陣を使う必要があるそう。それが一方通行で後戻りできない仕様なので、ダンジョンに挑む冒険者たちは必ず、ワープ鉱石と呼ばれるアイテムを持って行くとのこと。


 フィーリはそんなダンジョンの中腹に、ワープ鉱石を持たせられず、着の身着のまま放り込まれたらしい。つまり、普通なら生きては戻れない状況。


 ○ ○ ○


「……それじゃ、速攻でダンジョン攻略するわよ! フィーリ、待ってなさい!」


 有り金を全部はたいて、考えられる限りの準備をした後、その日の夕方、あたしは地下迷宮へと飛び込んだ。罪人用の魔法陣を探し出して使う手も考えたけど、そんなことする時間も惜しい。ここは正攻法でいく。


 ……ちなみに、脱出用のワープ鉱石は冒険者ギルドが厳重に管理していて、この短時間では手に入らなかった。


 そんなものなくても、フィーリさえ見つかればきっと何とかなる。


 ……というわけで、当面の目標は地下25階! 錬金術師の本気、見せてやるわよ!




「ここを右! 魔物の頭上を越えて、そのまま直進! それから左に曲がって、目の前の壁を乗り越えて……!」


 地下迷宮に飛び込んで、1時間が経過。現在、13階層目。


 情報屋から買った情報だと、このダンジョン、未だ完全踏破者はなし。最深部に貴重なお宝が眠ると言われる一方、見てわかるように魔物の巣窟となっている。


 本来なら地図職人が作った地図を手に、パーティーを組んで何日もかけて潜っていくんだろう。だけど、今のあたしはソロプレイヤー。ダンジョン内の移動は全て空飛ぶ絨毯を使い、超高速。


 加えて万能地図があるので、ダンジョン内の構造、敵の位置、全てがフルオープン。ルート検索もできるので迷うこともなく、次の階層へ向けて最短コースを駆け抜ける。


 現実では魔物を倒したところで経験値なんて入らないので、できる限り戦闘は回避。不意打ちされた時のために、見えない盾を四方に展開。抜かりはない。


「あーもう! 段々魔物が増えてきた!」


 見ると、次の階層へ降りる魔法陣の前に、ゴブリンだかオークだかわからない魔物が数体集まっていた。


「道を開けなさい! 雑魚モンスターたち!」


 あたしは叫んで、爆弾を投じる。呆気にとられる魔物たちを跡形もなく消し飛ばし、次の階層へと進む。




「あー、段々飛び道具使う魔物が増えてきた! めんどい!」


 ガンガン先に進み、現在22階層。ダークエルフや闇魔導士っぽい魔物が出てきて、弓矢や魔法で攻撃してくることが増えた。


 対物理攻撃用の見えない盾と、対魔法攻撃用の盾を使い分けたり、ミラージュヴェール……光学迷彩を使って身を隠したりして、なんとかやり過ごす。現在、ダンジョンに突入してから3時間が経過。強行突破できない分、時間がかかる。


 だいぶフィーリのいる場所に近づいてきたし……と、一途の望みをかけてトークンリングを使用してみたけど、応答なし。たぶん、没収されちゃったのね。


 ……そして辿り着いた、地下迷宮25階層。


 ついに、万能地図にフィーリの名前が表示された。少しずつ動いてるし、生きてるわよね!


「……え?」


 すぐ助けに行こうと、地図のルート検索をかけたところ、フィーリのいる場所はあたしのいる場所の、どことも繋がってなかった。


 正確には、一ヶ所だけ繋がっていたであろう道があったけど、爆破されたのか、潰されていた。


「嘘でしょ!? この先にフィーリがいるってのに!」


 急いで崩れた瓦礫の元へ駆け寄り、力任せに動かそうとする。当然、びくともしない。


 ……そういえば、情報屋は罪人が送り込まれる場所は幽閉部屋だと言っていた。つまり、この唯一の通路を潰して、幽閉部屋を作ったわけね。万一にも、罪人が他の冒険者と遭遇して、お情けで脱出したりしないように。


 かくなるうえは、魔力ボムを使って瓦礫を吹き飛ばそうかしら。いや、この広さの通路だと、あれは威力が高すぎて、別の箇所が崩れてしまう可能性もある。


 落ち着いて、考えないと。何か、壁の向こうへ一瞬で移動できるような道具。ワープ装置みたいなの。


 あたしは一心不乱にレシピ本をめくる。


 そして見つけた。その名も、ワープゲート。移動できる距離も短いし、使用時間の制限もある、いわゆる消費アイテムだけど、これなら壁を超えて、フィーリの元ヘ行ける。


「いいのがあるじゃない! 必要素材は……!」


 調べてみたところ、各種属性媒体が4つと、セレム真珠が必要。それこそワープとかSFなことを実現するせいか、精霊の力は必須らしい。


「属性媒体……確か、フィーリから預かった鞄の中に……!」


 あたしは容量無限バッグから、フィーリの鞄を引っ張り出す。あの子が魔法を使うために属性媒体を大量ストックしているのは知っているから、そこから必要枚数を拝借する。


 ここまではいい。問題は残りの素材。


「この期に及んで、セレム真珠が必要だなんて……!」


 あたしは嘆きながら、容量無限バッグを漁る。セレム真珠は滝のある街限定の素材。依頼用に採取したけど、まだあったかしら……?


 セレム真珠よ出てこい……と念じながら手を動かすも、手元に来るのは真珠になりそこなった欠片ばかり。これじゃ駄目みたい。


「……あ、あった! ひとつだけ!」


 その矢先、指先に硬いものが触れた。喜んで引っ張り出すと、それは真珠の髪飾りだった。


「セレム真珠でバッグに素材検索かけたから、髪飾りの真珠に反応したのね……でも、これは……」


 ……滝の街で、フィーリがあたしにプレゼントしてくれたもの。


「確かに、これを素材分解すれば、セレム真珠は手に入るけど……」


 ーーメイさんが喜んでくれて、嬉しいです!


 髪飾りをプレゼントしてくれた時のフィーリの笑顔が脳裏に浮かんだ。


「……できない。これだけは」


 後々、同じ髪飾りを調合することは可能だけど、それはフィーリにもらったものじゃない。これは、唯一無二のもの。


 あたしは自分を落ち着かせるように深く息を吐いて、その髪飾りを容量無限バッグに戻した。


 ……わざわざこれを素材分解しなくても、セレム真珠くらい確保してやるわよ。あの子を助け出した後、この髪飾りがないと知ったら、悲しむだろうしさ。


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