第五十六話『迷宮の街にて・その①』
……それからたくさんの道具を調合した後、あたしは宿の窓から空飛ぶ絨毯に乗って、表へ飛び出した。
「メイさーん、本気なんですかー?」
その後ろを、ほうきに乗ったフィーリが不安げな声を上げながらついてくる。万一はぐれた時のために、その手にはトークリングが付けられていた。
「本気も本気よー。まぁ、見てなさいって」
そう答えて、じわじわと絨毯の高度を下げる。眼下には相変わらず、どこまでも続く人の波。
「相変わらず、移動するのも大変そうねー。少し前まで、あたしもそうだったけど」
文字通り、高みの見物をしながら言う。
宿屋の受付でも体験済みだけど、この街はとにかく並ぶ。食事をするために並ぶ。買い物のために並ぶ。
絨毯での移動中に冒険者ギルドも見つけたけど、掲示板の前は黒山の人だかり。徒歩だったら、とてもじゃないけど近づけなかった。
……そんな状況だからこそ、あたしの考えたやり方が生きるというもの。
「ご通行中の皆様、お騒がせしております! 空飛ぶ雑貨屋でございまーす!」
あたしは大きく息を吸い込んだ後、地上に向かって叫ぶ。
直後、雑踏の中で何人かの人が足を止めた。「なんだありゃあ?」なんて声も聞こえる。
「お騒がせしております! 空飛ぶ雑貨屋でございまーす!」
もう一度叫ぶ。
ダンジョンに挑む多くの冒険者たちは、その前に必ず雑貨屋でポーションやら各種アイテムを調達する。
これだけ人が多く、移動が大変な状況。そこに流星のように現れた移動販売。これを利用しない手はないはず。
「おーい、ポーションがあったらくれ! 4つだ!」
そんなことを考えていた矢先、一組の冒険者が声をあげた。
「はいはーい! ポーション4つ! 800フォルになりまーす!」
あたしも威勢よく返して、フィーリにポーションを手渡す。直後、「え、わたしが持ってくんですか?」という顔をしたけど、「お願い。お駄賃弾むから」と小声で伝えると、営業スマイルを浮かべて、ほうきを地上へと滑らせた。
○ ○ ○
「おーい、エーテル置いてるかー?」
「ありますよー! ひとつ、150フォルです!」
「ポーション2つ! 後、毒消しも!」
「はーい! ただいまー!」
さすがに空飛ぶ絨毯での移動販売は目立つのか、次から次に注文が入る。お店の方から来てくれるんだから、楽なことこの上ないわよね。
「……魔力ドリンクは置いているかい?」
そんなことを考えていた矢先、真横から声がした。見ると、少し前に宿の窓越しに話しかけてきた、あの魔法使いがほうきに乗って、目の前にいた。
「ありますが、高いですよー? 2000フォルです」
「構わないよ。貰おうか」
魔法使いは言って、ためらうことなく金額を支払ってくれた。さすが魔法使い、儲かってるのかしらねー。
「それにしても、先程のレディの正体は商人さんだったわけだね」
「いいえ、錬金術師です」
「え、錬金術師?」
「そう! 錬金術師! まいどありー」
あたしは胸を張ってそう宣言し、商売に戻った。
同じ空飛ぶ手段でも、魔法使いのほうきに比べてあたしの絨毯は安定感抜群。面積も広いから錬金釜も設置できるし、素材が揃っていればその場で商品の調合も可能。こんな芸当、魔法使いにはできないでしょー。
○ ○ ○
「ありがとうございましたー。今後ともご贔屓に―」
それから半日ほど、商品を作っては売り、作っては売りを繰り返した。夕方になって流石に道行く人も減ってきたところで、今日は店じまい。一旦地上へと戻る。
「あー、さすがに疲れたわねー。大きな声出しまくってたし、喉もカラカラ」
「メイさん、おつかれさまでした」
人がまばらになった地面に座り込んで水分補給をするあたしを、フィーリが労ってくれた。フィーリもお疲れー。
「お客さん、すごかったですね。たんまり儲かりましたか?」
続けて、ニコニコ顔で現実的なことを聞いてくる。そりゃあねー。
確認してみると、合計10万フォルを荒稼ぎしていた。あたしもまさか、ここまでうまくいくとは思わなかった。
「それでは、さっそくお駄賃をいただきたいんですけど」
「そーねー。頑張ってくれてたし、3万フォルくらい渡したげようかしら……」
「おうおう、空飛ぶ雑貨屋をやってのは、あんたたちかい?」
……その時、いかにも魔法使いな格好をした二人組が、あたしたちに声をかけてきた。
「なんでしょう。今日はもう店じまいですが」
「そんなことは見りゃ分かるよ。それよりあんたら、誰に断って商売してやがる」
あたしが語尾を強めて一歩前に出ると、そのうちの一人が凄んできた。あー、これはもしかして、場所代を払え的なやつ?
「あたしたちは移動販売だから、場所代なんて存在しないはずですが?」
そう続けると、「そんなの関係ねぇんだよ。いいから払いやがれ!」と、声を荒らげる。あーもー。せっかくいい気分だったのに、めんどくさいわねぇ。
「……うん? 見た顔だと思えば、フィーリじゃねぇか」
こめかみに手を当てながら、どうしてやろうかしら……と思っていると、凄んでいた男性がそう言ってフィーリを見た。うん? なんでこいつ、フィーリを知ってるの?
「……あ」
あたしが疑問を感じたその時、フィーリが目を見開き、小さく声を上げた。
その様子を見て、あたしはフィーリの名を呼んだ男性をもう一度見やる。こいつの顔、どこかで見たような。
「おい、このガキ、知ってるのか?」
「俺の奴隷だよ。魔法使いの癖に魔法が使えない役立たずだが、魔力だけは高くてな。面倒を見てやってたんだが……少し前に逃げ出してよ。とっくに野垂れ死んでると思ったが、こんな所で商売してるとはなぁ」
……その会話を聞いて、思い出した。こいつ、フィーリの元買主だわ。魔導公国にいたはずのこいつが、なんで迷宮都市にいるの?
「まぁ、生きてんならちょどいい。まだ俺の買主としての権利は生きてるし、フィーリ、戻ってきな」
「え、あ、あの……」
フィーリは俯いて、言葉を詰まらせた。奴隷にとって、買主からの命令は絶対……そんな話を、以前フィーリから聞いたことがある。この流れはまずい。
「ちょっと待ちなさい。あんた、以前フィーリを売ろうとしてたじゃない。今更主人面するの?」
「何を妙なことを……って、お前はあの時の錬金術師!?」
そこでフィーリの買主はようやく気づいたのか、あたしの顔を見ながら数歩後ずさる。
「錬金術師? おいおい、何ビビってんだよ。こっちは魔法使い様だぞ」
一方、あたしのことを知らない相方は余裕顔だ。その頃になると周囲に野次馬が集まり、遠巻きにあたしたちを見ていた。「奴隷トラブルか?」みたいな声も聞こえる。
その状況から、自分たちの有利を感じたのか、「そ、そうだよな」と、買主の男性も落ち着きを取り戻す。
「よう、どうせならお前が新しいフィーリの買主になるか? 安くしとくぜ?」
「……ふざけないで!」
続く台詞で、さすがのあたしも堪忍袋の緒が切れた。何よこいつら、フィーリを完全に物として見てるじゃない。
あたしは反射的に爆弾を取り出すも、野次馬だらけ。これじゃ、爆弾なんて使えない。
躊躇した次の瞬間、買主の男性が一瞬で距離を詰めてきた。速い。まさか、身体能力強化魔法!?
「ったく、人が穏便に済ませてやろうと思ってたのに……よ!」
「あぐっ……」
続いて、強烈な拳が叩き込まれた。横腹に走った激痛に、あたしは思わず膝を折る。
「場所代と奴隷の買い取り代金、合わせて10万フォルで手を打ってやるよ。やっすいもんだろ」
「お、お断りよ」
「ほう」
あたしは地面に膝をついたまま、買主の男性を睨みつける。そして叫んだ。
「それだと、これまでの買主たちと同じじゃない! あたしはフィーリと対等な関係、友達でいたいの!」
「……下手に出てりゃ、錬金術師風情が調子に乗るなよ!」
今度は足が飛んできた。あたしは身をかがめて、両手で必死に頭を守る。
身体能力強化の魔法は、フィーリ曰く初級魔法。たぶん、大した実力のない魔法使いでも使えるんだろう。あたしは魔法使いは魔法攻撃。そんな先入観に捕らわれてしまっていた。うかつだった。
今更ながら、街中でも見えない盾を展開しておくべきだった……と後悔しつつ、ただただその攻撃に耐えていた、その時。
「メイさんに……ひどいことするなぁーーーー!」
その時、ほとんど叫び声のようなフィーリの声がして、買主の男性が吹き飛んだ。咄嗟に顔を上げると同時、焦げ臭いにおいが鼻をつく。野次馬がざわめき、我先にと逃げ始めている。
「フィ、フィーリてめぇ! 奴隷が買主に逆らうのかっ!」
「うるさーーい! この! このこの!」
見ると、フィーリは赤色の属性媒体を手に、火球……ファイアーボールを買主に叩き込んでいた。涙目で、何度も何度も。
「メイさんは! お前なんかより! 何倍も! 何倍も! 優しいんだから!」
ぽろぽろと涙を流しながら、怒りに任せて、何度も魔法を撃ち込む。相手も防御魔法を張っているようだけど、圧倒されていた。
今になって思い出せば、初めて出会った時のフィーリは、ボロボロの服を着ていた。あの性格だからつい忘れてしまうけど、あたしと出会うまでの間、あの男の元で、想像もできないような酷い生活をしていたに違いない。あの子が、魔法が使えなかったから。
その溜まりに溜まっていた感情が、今、爆発していた。
「お、おい!? あのガキ、魔法は使えねーんじゃなかったのか!?」
「そ、そのはずなんだが……!?」
「仕方ねぇ。俺が大人しくさせ……どわぁ!?」
もう一人の男性が狼狽えながらも杖を構えるも、あたしと一緒に旅をして、魔物とも戦い慣れたフィーリの敵じゃない。呪文詠唱を始めた瞬間、魔法で蹂躙されていた。
「く、くそぉっ、逃げ、逃げろ―――!」
勝ち目なしと悟ったのか、二人の魔法使いは這うようにして逃げ出し、野次馬の中へ飛び込んでいった。
「待て―――! メイさんに謝れ―――!」
「フィーリっ、もういいからっ!」
なおも追いかけようとしたフィーリを、あたしは抱きしめるように止めた。それで我に返ったフィーリは、肩で息をして、頬に涙の筋があった。
「ごめんね。ありがとう」
脱力し、座り込んでしまったフィーリを、あたしはいつまでも抱きしめてあげていた。
……そんなあたしたちの元に、無数の足音が近づいてきていた。
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