第五十五話『錬金術師、迷宮の街へ赴く』



 次の日も、あたしたちは温泉の島を堪能した。


 夕飯に冷奴が出た時から予想していたけど、この島ではエルフ豆も栽培されていて、納豆に豆乳といった食品もあった。納豆に関しては、フィーリが「腐ってます!」と、予想通りの反応を見せてくれたし、あたしたちは紙と豆、そして米の文化を堪能した。


 さらに、島の有力者たる庄屋さんからお触れが出たのか、あたしたちは島の皆から受け入れられ、楽しい時間を過ごせた。島国故の特性なのか、本当に皆、優しかった。


 ……世間の荒波に揉まれて疲れたら、また来よう。そう、思わせてくれる場所だった。


 ○ ○ ○


「アンタたち、ダンジョン潜ってみる気ない?」


 夜になって迎えに来てくれたルマちゃんが、島を出るなりそう聞いてきた。


「ダンジョン?」


 あたしとフィーリが声をそろえると、ルマちゃんが「ダンジョンの上に街がある、変わった都市を見つけたのよ」なんて言う。


「そのダンジョンの最深部には、伝説のお宝が眠ってるって話。それを求めて、世界中から冒険者や魔法使いが集まってるらしいわ」


 どうしてルマちゃんがそこまで詳しく知ってるのか気になるけど、怪鳥だし。また鳥の噂を聞いたのかしら。


「伝説のお宝。ありきたりねー」


 あたしは思わず鼻で笑う。それこそ、RPGの定番だ。


「あら、興味ない?」


「興味がないわけじゃないけど、フィーリと一緒にそんな場所に潜らないわよ。危ないし」


「ダンジョンの中って素材とか落ちてそうだし、魔法使いと錬金術師なんだから、募集すればすぐにパーティー組めるんじゃない?」


「パーティーを組むとか無理。他人とは馴れ合わない主義なの」


「素直にコミュ障だって言いなさいよ」


「うーっさい。あたしはそんなんじゃない! 初対面の人とだって、ちゃんと話せるんだから!」


 思わず叫ぶ。この世界に来て、その辺のスキルは磨いてきたつもり。だって、旅をするわけだし。コミュニケーションは必須。


「とにかく、ダンジョンに潜るのはなし! 敵倒してレベルが上がるのは、ゲームの中だけよ!」


 ダンジョン特有の素材……ってのは気にはなるけど、森や山の素材とはわけが違う。魔物も出るだろうし、罠とか仕掛けられてるかも。リスク高すぎよ。


「潜るのが無理なら、ダンジョン目当てに集まる冒険者たちを相手に商売してみたら?」


 隣のフィーリを見ながらそんなことを考えていた矢先、ルマちゃんが言う。ほう、商売とな。


「冒険には事前の準備が重要じゃない? 高品質なポーションとか売ってたら、アタシだったら間違いなく買うけど」


「あー、それは一理あるかも」


 ルマちゃんの意見を聞いて、はっとなる。なるほど。お金を儲けるだけなら、それもアリかも。なんなら、ダンジョンに潜る商人さんを捕まえて、素材の収集を依頼してもいい。


「フィーリ、どう思う?」


「ダンジョン、面白そうです!」


 言って、瞳を輝かせた。行っとくけど、ダンジョンには潜らないからねー。


「それじゃ、行くだけ行ってみましょっか。ルマちゃん、お願い」


「はいはーい。夜明けには着くように飛ぶから、それまで休んでなさいねー」


「よろしくー」と、一言添えて、あたしとフィーリは羽毛の中へ潜りこんだ。ダンジョンのある街。賑やかそうだけど、どんな場所かしら。


 ○ ○ ○


「うっわー、すっごー」


 翌日。あたしたちはダンジョンの街……『迷宮都市ドミニス』に辿り着いた。


 ルマちゃんから話は聞いていたし、ダンジョン目当ての人が多いんだろうなぁ……と覚悟して入口の城門をくぐると、本当に人だらけ。


 今日は何かのお祭りですか? と、田舎者丸出しで聞いてしまいそうなくらいの規模だ。


「メイさん、今日は何かのお祭りなんですかね?」


 おおう、田舎者がここにいた。


「違うと思うわよー。まずは宿探ししましょ。拠点確保よ。拠点確保」


 行き交う人の多さに圧倒されながら、離れ離れにならないように、フィーリとしっかり手をつなぐ。


 大きな建物がたくさんあるから、中央通りのどこかに宿屋もありそうだけど、この人の数。無事に辿り着けるかしら。


 あたしは意を決して、その人波へと飛び込んだのだった。


 ○ ○ ○


「ひぃ、はぁ、つ、ついたー」


 宿自体は表通りに面した、すごく目立つ場所にあったので、すぐに見つかった。だけど、そこには宿帳に記入する人の列ができていた。


 仕方なくその最後尾に並んだのだけど、いやー、時間がかかるのなんの。


 人の波に揉まれながら待つこと、一時間。ようやくチェックインを済ませて階段を登り、三階の部屋に足を踏み入れた時には、あたしのライフはほとんど尽きていた。ため息とともに、目の前のベッドにばったりと倒れ込む。


「メイさん、この部屋、せまいですよー」


「本当ねー」


 横になりながら、室内を見渡す。先日泊まった島の宿に比べると、その広さは半分くらい。そこに無理矢理詰め込んだようなベッドがふたつ置かれていた。腕を思いっきり伸ばすと、隣のベッドのフィーリに当たるくらいに狭い。


 一応、なけなしのテーブルもあるけど、むしろ邪魔になってる。まったくもう、錬金釜置けないじゃない。元々、一人用の部屋じゃないのー?


 これで一泊1000フォルだっていうんだから、ボッタクリもいいところ。これは、何が何でも一儲けしないと。


「メイさん、本当にここで商売するんですか?」


 部屋に取り付けられた、小さな窓から表通りを見下ろしながらフィーリが言う。


「ここまで来たらやらないとねー。少し休憩したら、また街に繰り出すわよ。お店の場所、確保しなきゃ」


 直後、「頑張ってくださいねー」なんて声が聞こえた。フィーリ、あんたも頑張るんだからね。


 涼しい顔をするフィーリをジト目で見てから、あたしも小窓から外を見る。


「うっわー、人多い。まるでゴミのよう」


 思わず浮かんだ言葉を口にする。それくらい、人がひしめいていた。


 道行く人の中には、いかにもな冒険者や、魔法使い、エルフ族の商人、ドワーフ族の武器職人……などなど、ありとあらゆる職業、人種が集まっているように見えた。


 そんな大挙として訪れる人々に応えるように、大通りの端にはたくさんの露店が、隙間もないくらいにびっしりと並んでいた。もしかして大通りだけじゃなく、街中がこんな状態なのかしら。


「この状況だと、今から空いてる土地を探してお店開くのも大変そうねー」


 思わずそう口走った矢先、偶然あたしの目線と同じ高さをほうきで飛ぶ、若い男性魔法使いと目が合った。


「おっと。レディのお部屋を覗いてしまったようだ。これは失礼」なんて言って、颯爽と飛び去っていく。ぐぬぬ、魔法使いめ、楽してるわね。


「……あ、そうだ。その手があったじゃない!」


 その後ろ姿を憎らしげに見ていた時、あたしの脳裏にある考えが浮かんだ。これなら、わざわざ場所を探す必要もない。


「メイさん、何かいい考えでも浮かんだんですか?」と言うフィーリに、「まぁねー」とだけ返事をして、あたしはベッドの上に無理矢理錬金釜を設置し、レシピ本を開いた。


 あたしだって錬金術師なんだし、その力、存分に見せつけてあげようじゃない。見てなさいよー。



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