第五十三話『温泉のある島・その②』



 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、非常に歩きにくい。


 というのも、この町の文化に合わせて着物……のようなものを調合してみたものの、一人では着れず。


 偶然宿場の近くを通りかかったおばさんに助けを求め、なんとか着付けをしてもらった次第で。


「……メイさん、この靴、すごく歩きにくいんですけど」


「草鞋だもんねー」


 あたしと手を繋ぎ、同じような格好をしたフィーリが何とも言えない表情で隣を歩く。大丈夫。あたしも既に足が痛いから。


 服装とちぐはぐになるとは言え、靴は履き慣れたものにすればよかった……なんて考えるも、もはや後の祭り。


 温泉の営業時間まで時間があるし、町を散策しよう……と思い立ったものの、早くも挫折しそう。


 もしかしたらないかなーと、冒険者ギルドの建物を探してみたけど、さすがになかった。『冒険者組合総合案内所』とか暖簾が出てるのを期待したんだけど。


「さすがに絨毯に乗ったら目立つわよねー」


「ほうき、乗りたいですー」


 なんて、二人でぼやいていた矢先、茶店が目に入った。


「あ。フィーリ、あそこに喫茶店があるんだけど、少し休んでいかない?」


「休みます!」


 漢字が読めないフィーリにそう教えてあげると、目を輝かせた。


 ○ ○ ○


「お待たせしました。お茶と草餅になります」


「ありがとー」


 茶店の赤い布が敷かれた縁台に腰掛けて、店員さんが運んできてくれたお茶とお餅を受け取る。


「お、お茶もお菓子も緑色……?」と、カルチャーショックを受けているフィーリを尻目に、あたしはずずーっとお茶をすする。


「緑茶も紅茶も元は同じ茶葉だから、気にせず飲みなさいなー」


 言って、草餅を口に運ぶ。んー、もっちもち。草の爽やかな香りが鼻に抜けて、おいしー。


「フィーリも怖がってないで食べなさいよ。おいしーわよ。このお餅」


 ……言ってから、妙な違和感を覚えた。うん? おもち?


「あ! これってもち米!?」


 少し考えてその正体に気づき、あたしは思わず叫ぶ。道行く人たちが『何事?』といった顔で通り過ぎていく。


「あの、すみませーん!」


「はいー?」


 続いて、お店の中へ声をかけると、すぐに店員さんが飛んできた。


「あのあの、このもち米、どこのを使ってるんですか?」


 お皿を持ち上げながら尋ねると、「はぁ、庄屋さんのところから卸されたものですので、詳しくは」と、頬に手を当て、困った顔をされた。


「その庄屋さんの家、教えてもらえません?」


「構わないですが……そのお餅、そんなに美味しかったです?」


「そりゃもう!」


 全力で答えながら、あたしは久々の万年筆とメモ用紙を取り出した。早く、早く庄屋さんの家教えて。


 ○ ○ ○


「フィーリ、こっち。こっちよ」


 あたしたちは休憩を早々に切り上げ、教えてもらった住所へ小走りに向かっていた。


「メイさん、急にどうしたんですかー?」


「もしかしたら、お米が手に入るかもしれないの!」


「オコメ?」


「そう! お米!」


「……よくわからないですが、錬金術の素材なわけですね。相変わらずの錬金脳ですねー」


「わたしは温泉に入りに来たのに―」と、不満そうに続けるフィーリの手をぐいぐい引っ張りながら、庄屋さんへの道をゆく。


 ……小麦が主食のこの世界で、お米が食べたいと思い立って、早数ヶ月。


 地域限定素材でどこかに存在してるんじゃないかと淡い期待を持ち続けていたんだけど、ついに来た。


 もち米があるくらいだし、白米だってあるわよね! 庄屋さんといえば、その町のトップみたいなものだし、交渉すれば、きっと種もみを分けてくれるはず!




「到着ー!」


 そして辿り着いた、この町の一番奥。そこに立派なお屋敷があった。手入れが大変そうな藁ぶき屋根の、大きな建物。


 その後ろには広大な田んぼが広がっていて、たくさんの人が稲刈り作業をしていた。正真正銘、田んぼだ。お米! ライス!


「すみませーん!」


 あたしは焦る気持ちを抑えつつ、建物の中へと声をかける。すぐに、「へーい、ただいまー!」なんて声が聞こえた。


「ありゃま、異国の方」


 出てきた女性……どうやら女中さんらしいその人はあたしたちの姿を見るなり、口元を押さえてそう言った。着物を着てても、やっぱり顔つきや髪色でわかるわよねー。


「えーっと、庄屋さんにお会いしたいのですが」


「へぇ、少々お待ちを」


 ペコリと頭を下げて、急ぎ足で家の中へと引き返した。それから一分足らずで戻ってくると、「お目通りの許可が出ました。どうぞ」と、室内を指し示してくれた。


 ○ ○ ○


「いやはや、異国の方がいらっしゃるとは珍しい」


「はじめまして、錬金術師のメイと申します」


「魔法使いのフィーリです」


 床の間に通されて、庄屋さんの前で正座をして自己紹介をする。


「メイさんとフィーリさんですか」と、特段の反応を示さない辺り、錬金術師は元より、魔法使いすら知らないみたいね。さすが異国。


「わざわざこんな僻地までお越しくださいまして。本日はどのようなご用件でしょうか」


 庄屋さんは目を細めたまま、表情を崩さずに言う。足がしびれる前に、本題に入るわよ!


「実は、この町で作られているお米をいただきたいんです。できたら、種もみも」


「ほう」


『種もみ』と聞いた瞬間、その目が僅かに開かれた。さすがに厳しいかしら。


 ちなみに種もみとは、お米の種のこと。お米そのものを買うことは簡単だけど、できれば種もみを仕入れて、他の土地でも育てられるようにしたい。容量無限バッグに入れておけば、永久保存できるしさ。


「……ふむ。そう言われましても、種籾は財産ですからなぁ」


 直接に口にしないけど、明らかに渋っていた。買いたければ、出すものを出せ。そんな目をしてる。


「わかりました。これでどうでしょう」


 あたしは容量無限バッグから、予め調合しておいた宝石を取り出す。ルビー、サファイア、エメラルド、そしてラピスラズリだ。


「紅玉、蒼玉、翠玉に瑠璃ですか。これほど品質のいいものは初めて見ますな」


 そりゃそーでしょー。究極の錬金釜で作ったんだから、品質は最高よー。


「どうぞ、お納めください」


「これはどうも」


 庄屋さんはほくそ笑んで、宝石たちをその懐へとしまう。代金を支払ったようなものだし、全然構わないのだけど、なんで動きがいちいち時代劇っぽいのかしら。お主も悪よのう……みたいな台詞が聞こえてきそう。


「種籾でしたな。こちらです」


 そして立ち上がると、あたしたちを別棟の……倉庫のような場所へ案内してくれた。入口には立派な錠前がついていて、厳重に管理されているのがわかる。


「こちらが種籾です。どうぞお持ちください」


 続いて奥から大きな麻袋を取り出し、手渡してくれた。あたしはお礼を言って、容量無限バッグにその麻袋をしまいこむ。


「メイさん、オコメ、育てるんですか?」と小声で聞いてくるフィーリに「そのうちねー」と答えつつ、あたしは一歩前に出る。


「ついでと言ってはなんですが、実った米を田んぼごと、買い取らせてもらえません?」


「うーむ……本来でしたら、外からやってきた方とは田畑の取引はしないのですが、すでに種籾もお譲りしたことですし。良いでしょう。先に言っておきますが、なかなかの金額になりますよ?」


「承知の上です。これでどうです?」


 あたしは言って、庄屋さんの手に追加の宝石を握らせる。この期を逃したら次はいつ入手できるかわからないし、出し惜しみしてる場合じゃない。


「いいでしょう。ご案内します」


 ……その後、稲がたわわに実った田んぼに案内してくれた。さっそく稲刈りの許可をもらい、自律人形たちや全自動草刈り鎌を総動員して収穫作業を行った。


 もちろん、あたしたちも着替えて収穫作業に参加した。そんな中、フィーリは終始不満そうだった。そういえば少し前に麦刈りしたし、フィーリにとっては同じようなものに思えたかもしれない。


 まぁ、あたしはお米が手に入る嬉しさでテンション上がりまくってて、それどころじゃなかったけど。夜には温泉で疲れを癒せるし、ちょうど良かったじゃない。


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