第五十二話『温泉のある島・その①』



 メノウの街で一泊した翌日。改めて温泉のある島へとやってきた。


 ルマちゃんの姿で島民を驚かせてはいけないということで、あたしたちは島の端にこっそりと上陸した。


「それじゃ、アタシはここまでね。この獣道を進んでいけば、すぐに集落につくと思うから」


「ありがとねー」


 あたしがお礼を言うと、「明日の夜には迎えに来るから、ここに来てなさいよー」と言い残し、飛び去っていった。


「……素朴な疑問なんですけど」


 朝日に輝きながら遠ざかっていく巨大な鳥の姿を見ながら、フィーリが呟く。


「どうしたの?」


「夜に迎えに来るって言ってましたけど、鳥さんって夜目、効くんですかね?」


「怪鳥だし、大丈夫なんじゃない?」


 正直、どうなんだろうと思ったけど、以前夜通しで飛んでもらったこともあるし、大丈夫だと思いたい。


「それよりほら、温泉に行くわよ。温泉」


 あたしは言って、獣道を歩き始める。空から見た感じ、集落は割と近かったし。すぐにつくでしょ。


 ○ ○ ○


「お、おお、おー?」


 やがて目の前に現れた集落を目の当たりにして、あたしは言葉を失った。


「なんだか、変わった建物がたくさんありますねぇ。あの屋根、草ですかね」


 そんなあたしをよそに、フィーリは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡している。


 つい最近まで外界と隔離されていた島には、独特の文化が……って話だけど、あたしはこの場所に見覚えがあった。


「……何ここ。なんとか映画村?」


 記憶の糸をたどってみると、小学校の修学旅行の記憶に行き当たった。確か、京都か奈良の観光スポット。


 時代劇でよく見る、江戸時代の街並みがそこに広がっていた。


「すっごーい。本物? 温泉の前に、ちょっと見てまわっていい?」


 どこか懐かしい光景に、あたしがそう声を出して歩き出すと、「ま、待ってくださいよぅ」と、フィーリが急いでついてきて、珍しく手を握ってきた。そんな警戒しなくてもいいのに。


 島民たちが行きかう大通りを、あたしとフィーリは並んで歩く。その島民たちの服装もまんま江戸時代のそれで、錬金術師と魔法使いの格好をしているあたしたちは明らかに浮いていた。


 観光客が珍しいのか、あちこちから視線を感じる一方、皆忙しそうに動き回っている。とてもじゃないけど、『温泉ってどこですかー?』なんて、気軽に聞ける雰囲気じゃない。


「……とりあえず、どっか入りましょ」


 ざっと見渡しただけでも、神社に茶店、『商い中』と書かれた商店もある。お店は充実してそう。


 まるでタイムスリップしたような感覚に陥りながら、あたしはお店を探す。あわよくば、服を借りて着替えたい。


 ……その時、『宿場』と書かれた看板を見つけた。おお、宿屋発見!


 あたしが足を向けると、「え、ここに入るんですか?」と、フィーリが不安そうに言う。


「そうよー。ちゃんと『宿場』って書いてるじゃない」


「えーっと、読めないんですけど」


「へっ?」


 言われて冷静になる。思えば思いっきり筆文字で『宿場』と書かれていた。漢字だ。


「あー、漢字だからかー」


「カンジ?」


 訝しげに言って、フィーリが首をかしげる。


 あたしは自然と読んでいたけど、この島は独特の文化を持つ。つまり、フィーリたちがいた場所とは言語が違うということも、十分あり得る。


 あたしが読めるのは……漢字ってのもあるだろうけど、この手の異世界転生にはよくあるパターンで、現地の言葉が自動翻訳とかされてるのかも。


「だいじょーぶよー。上手く説明できないけど、この町、あたしの故郷に似てるの。この文字も、あたしは読めるから」


 ひとまずそう言って、フィーリを安心させる。今のフィーリは、理解できない外国語の看板だらけの町に放り込まれたようなもの。だから不安になって、手なんか繋いできちゃってるのね。かわいーじゃない。


 ○ ○ ○


 宿屋に足を踏み入れると『一泊一両』と書かれた看板が目についた。もしや通貨まで違う!?と内心焦ったけど、亭主曰く、外の通貨……フォルでも支払いは可能とのこと。ふー、一安心。


「それにしても、異国からの旅人とは珍しい。大したおもてなしはできませんが、ごゆるりとお過ごしください」


 受付をしながら言う亭主に「ここは温泉が有名と聞いたのですが」と問うと、「露天になりますが、ございます」とのこと。


 場所も近いらしいけど、掃除が必要で、営業は夜からという話。まだ時間もあるし、あたしとフィーリは一旦部屋で休むことにした。


「そうそう。フィーリ、この町では家に上がる時、靴を脱がないといけないのよ」


「え、そうなんですか?」


 部屋に案内される折、土間から靴のまま上がろうとしたフィーリを制止して、そう伝える。靴を脱いで家に上がるとか、本当に久しぶりねー。


 案内された部屋は、当然純和風。畳六畳くらいの広さで、奥に窓がある。荷物入れなのか、つづらが置かれ、部屋の隅には行燈。これは照明器具ね。


 その行燈の近くには背の低い屏風があって、その向こうに布団が隠すように置かれていた。


「変わった絨毯ですねぇ」


 素足のフィーリが、ふにふにと畳を踏む。一緒になって久々の感触を楽しみつつ、「元はこれ、草だからねー」と伝えると、驚いた顔をしていた。畳、なつかしー。


「まだ時間あるし、まずは着替えましょ。あたしたちの格好、目立つから」


 フィーリが荷物を置いたのを確認して、あたしはそう口にする。とりあえず、村娘っぽい格好しないと。


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