第五十話『身体強化魔法の代償』



「うう、痛い……痛い……」


 あたしは旅する錬金術師メイ。ケルベロスを倒した翌日、あたしは宿屋で寝込んでいた。


 原因は明白。昨日の戦いでフィーリに身体能力強化の魔法をかけてもらった反動。例によって魔力酔いと筋肉痛再発。あたたたたー。


 覚悟はしてたんだけど、思った以上に反動が大きかった。ほとんど体を動かせず、ぼーっとする頭のまま、あたしは宿屋の天井を見上げていた。


 フィーリは外に遊びに行ってるし、話し相手もいない。一人耐えるしかなかった。


 ……ちなみにケルベロスは討伐したものの、魔力ボムで消し飛ばしてしまったため、何も討伐の証を持って帰れず。結果、報奨金は支払ってもらえなかった。


 それがあまりに悔しくて、あたしは冒険者ギルドのカウンターで身振り手振りを交えて激闘の様子を再現した。


 だけど、受付のお婆さんは「せめて、あの特徴的な尻尾でも持って帰ってきてくれたらねぇ……」と、困り顔をするだけだった。


「うう、あたしの頑張り……証拠はないけど、倒したのにぃ……」


 確かに跡形もなく吹き飛ばしちゃったあたしも悪いけど、あれは不可抗力だし。


 報奨金だけじゃなく、貴重な魔物系の素材も入手しそびれちゃうし、魔力酔いはひどいし、もう、踏んだり蹴ったり。


 あたしは大きなため息をもらし、視線を天井から窓へと移す。今日も天気はいいけど、相変わらず外は寒そう。


「メイさん! 体調はどうですかー?」


「おわぁ!?」


 その時、視線を送っていた窓からフィーリが顔を覗かせた。ちょっと。ここ二階よ!?


 あたしが驚いていると、「ちょっと忘れ物をしちゃいまして」と言い添えて、二重窓を開けて室内に入ってきた。さっむーい!


「フィーリ、あんたどうやって登ってきたの?」


「どうって、身体能力強化の魔法ですよ。これくらいの高さ、ひとっ跳びです」


 言いながら、笑顔でジャンプする仕草を見せる。うーん、あたしは数分かけてもらっただけで反動で寝込んでるというのに。同じ魔法をこんな手軽に使っているなんて。この子、今は全然落ちこぼれ魔法使いじゃないわね。


「ところでメイさん、わたしのほうき、いつ作れますか?」


「へっ?」


 忘れものらしい鞄を背負った直後、フィーリがあたしに向き直る。そういえば、フィーリのほうきはケルベロスとの戦いで壊されちゃったんだっけ。


「まぁ、そのうちねー」と答えると、フィーリは両手を震わせながら、「……どうしてか、ほうきがないと落ち着かないんです!」と言いながら迫ってくる。ちょっと、フィーリさん?


「えーっと、その、もうちょっと体調良くなったら作るわよ。あと二、三日くらい?」


「おーそーいーでーすー!」


 そう説明するも不服だったようで、叫びながらあたしの肩を揺する。


「わーたーしのー、ほーうーきー!」


「あたたたた、痛い痛い! 揺すらないで!」


 ってゆーかフィーリってば、ほうき依存症? この豹変っぷり……あいたたた! 魔力酔いの錬金術師は労わって! お願い!


 ○ ○ ○


 ……それから五日後。あたしはようやく魔力酔いから回復した。


 最初の魔力酔いが二日足らずで治ったのに対して、今回は倍以上かかった。多少無茶はしただろうけど、ここまで回復に時間がかかるなんて思わなかった。


 魔力ボム共々、身体能力強化の魔法も、かけてもらうのは余程のピンチの時だけにしよう……なんて、あたしは心に固く誓ったのだった。


「メイさん、治って良かったです」


 一方、そう言って笑顔を見せるフィーリの手には、新品のほうきがあった。あれは一昨日、まだ悲鳴を上げる体に鞭打って、あたしが調合したもの。次は簡単に壊れないように、メイカスタムで見えない盾を内蔵させておいた。


 すっかりご機嫌で、あたしが「それじゃ、そろそろ次の街に行く?」と尋ねると、「そうですね! 雪もいい加減、見飽きましたし!」なんて言葉が返ってきた。出た。久々の毒舌。


「なら、まずは港に行きましょー。この街の周辺、山ばっかりだしさ」


 あたしは万能地図を見ながら言う。北の果て……という言葉が適切なのかわからないけど、そろそろこの極寒の地ともおさらばしたい。


「よーし、出発よー!」


「おー!」


 荷造りと防寒対策を終え、気合いを入れて寒風の中へと飛び出す。うひー、この顔が痛いくらいの寒さ。本当に久しぶり。


 ○ ○ ○


「雪や氷も容量無限バッグに入れておけば溶けないし、できるだけ集めとくわよー」


 久々外に出たあたしは、今後しばらくお目にかかれないであろう雪国の素材を集めながら港へと向かう。もちろん、天候変化には最大限の注意を払って。


「この雪、常夏の島とかで見せてあげたら喜ばれそうですねぇ。高く売れそうです」


 天使のような笑顔で、フィーリが最低なことを言っていた。だけど、常夏の島かぁ。ずっと寒い場所にいたし、今度は暖かい場所でまったりしてもいいかも。久々に浜辺の家に戻るのも良さそう。


 ……そんなことを考えながら港に向かうと、そこに停泊しているはずの船が無かった。変ねぇ。宿屋で確認したら、この時間は定期船があるって言ってたのに。


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