第四十九話『錬金術師、地獄の番犬と戦う・その②』
「うーん、うーん……」
巨大なケルベロスを前に、あたしは安全圏で考えを巡らせる。
宿屋であれだけ大見得を切った手前、やっぱり無理でしたー、なんて言って街に戻るのも恥ずかしい。なにより、あいつを放置してたらゆくゆく街の方にも被害が出そう。それはさすがに看過できない。
……こうなったら、あたしが自ら近づいて接近戦を挑み、その動きを止めるしか方法がなさそう。
「フィーリ、あたしが地上に降りて白兵戦を仕掛けるから、援護お願い」
「えぇっ、本気なんですか!?」
意を決して伝えると、くぴくぴと魔力ドリンクで魔力を補給していたフィーリが驚いた顔をする。
「だって、なんとかしてあいつの動き止めないと。ここからだと埒が明かないでしょ?」
「確かにそうですけど……」と、フィーリが複雑そうな顔をする。現にあれだけ魔法を連発して、全て避けられてるんだし。他に選択肢はないと思う。
「やっぱり、大魔法で森ごと消し飛ばす選択肢はなしですか?」
「なし。ケルベロスだけじゃなく、関係のない野生動物や貴重な素材もまとめて消し飛ばしちゃうじゃない。そんなの駄目」
「むー、さすが錬金術師脳ですねぇ」
褒めているのか貶しているのかわからない言葉を口にして、飲み終わった魔力ドリンクの空き瓶を自分のバッグへとしまう。
「じゃあ、やりましょう! わたしは何をすればいいですか?」
そして立ち上がり、あたしの方をじっと見てきた。頼んだわよ、魔法使い様。
「まず、このビックリハンマーに魔力チャージをお願い!」
「わかりました!」
あたしが容量無限バッグからビックリハンマーを取り出すと、フィーリはすぐに柄の部分に触れて、魔力を注入してくれた。
「入れ終わりましたけど、これでぶん殴るんですか?」
「そーよー」と答えつつ、軽く素振りをしてみる。サイズはビックリするほど大きいけど、浮遊石の欠片が素材になってるだけあって、軽い。
「氷山を砕いたハンマーですし、威力はあると思いますけど……地上に降りたら、さすがに攻撃する前にやられちゃうんじゃないですか? 攻撃、間に合います?」
フィーリは言って、不安そうな顔をする。大丈夫よ。もう一つ秘策があるから。
「じゃあ次に、あたしに身体能力強化の魔法かけて」
「え、いいんですか? ようやく魔力酔い、治りかけてるのに」
「……背に腹は代えられないのよ。いいから早く」
「わかりました……えい!」
フィーリが一度深呼吸をして、杖をかざす。次の瞬間、あたしの全身を赤い光が包み込んだ。
「おお……さすがね」
一気に体が軽くなった気がして、先程と同じようにハンマーを振るってみる。さっきより軽いなんてもんじゃない。ほとんど重さを感じない。
……そういえばこの魔法、前にかけてもらった時はあたしとフィーリ、二人に分散してかけてあったのよね。それを今はあたし一人に集約してるわけで。そりゃ、身体が軽いはずよ。
「それじゃ、フィーリ、魔法での援護よろしく!」
あたしは言って、直後に地上へと飛び降りた。
結構な高さから飛び降りたのに、ふわりと雪の上へ降り立った。飛竜の靴の性能もあるんだろうけど、全く衝撃を感じない。
「よーし、今からあたしのターン! 覚悟しなさいよー!」
続いて、あたしは地面を蹴る。飛竜の靴にも魔力が乗っているのか、どん! なんて音でも聞こえそうな勢いで雪が吹き飛び、一瞬で奴との距離が詰まっていく。おおお、すごいこれ。まさに魔力と錬金術のハイブリッド。
その時、ケルベロスの頭の一つがあたしの存在に気づき、口を開くも、すかさずフィーリが上空から魔法攻撃。例によって当たりはしないものの、気を逸らすには十分。
「もらったーー! どーっせい!」
あたしはそのまま肉薄し、そのわき腹に向けて全力でビックリハンマーを振るう。自分の腕に一切の衝撃がないまま、その巨体が大きく吹き飛んだ。
「……すっご」
あまりの威力に、あたし自身がびっくりしていた。いやこれ、ビックリハンマーだけど、あそこまで簡単に吹き飛ばせるなんて。
一方、数本の木々を薙ぎ倒して、情けなくもひっくり返ったケルベロスは、痛みに悶えながらも必死にその身体を起こそうとしていた。
「おっと、逃がさないわよ!」
あたしは叫んで、すかさずトリモチボムを投げつけた。それは直後に炸裂し、周辺の木々や地面ごと、奴を束縛した。
「これで仕上げ! 食らいなさい! 新兵器!」
それを確認して、あたしは魔力ボムを投じる。フィーリとあたしの努力の結晶。受けてみなさい!
投げつけた魔力ボムの周囲に、謎の魔法陣が展開された……次の瞬間。視界が青く染まった。
「……へっ!? やばっ!?」
身の危険を感じたあたしは、強化された身体能力をフルに使って、瞬時にその場から離脱。少し離れた木の陰に滑り込む。
「ひえええぇーーー!?」
一瞬の間を置いて、猛烈な爆風が吹き荒れた。いやいやいや。予想してたけど、何よこの威力。
……その爆発が完全に収まり、辺りが静粛に包まれたのを確認して、あたしは木の陰から恐々と顔を出す。
「うっわー、すごいことになってる」
爆心地周辺の木々は放射線状に倒れ、炭のようになっていた。地面の雪は蒸発して消え去り、大きなクレーターも確認できる。当然、ケルベロスは跡形もない。
「メイさーん、大丈夫ですかー?」
思わず放心状態になっていると、上空からフィーリの声がした。我に返って、フィーリごと絨毯を呼び寄せる。
「すごい爆発でしたねぇ。今のが魔力ボムですか?」
なんて尋ねるフィーリに「そうよー」とだけ答えた。この爆弾、威力高すぎだわ。身体能力強化と飛竜の靴が無かったら、あたしも爆発に巻き込まれてた可能性もあるし。
これ使うの、本当に最後の手段ね……なんて考えながら、あたしはフィーリと一緒に帰路についたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます