第四十八話『錬金術師、地獄の番犬と戦う・その①』
「フィーリ、しっかりついてきなさいよ!」
「わかってます!」
万能地図でケルベロスの居場所を把握したあたしたちは、狼の群れの上空を素早く移動していた。
その動きを察してか、狼たちも後を追ってくる。だけど、空を飛ぶあたしたちには、後ろからどれだけ追っかけられようが、大した問題じゃな……。
「おわっ!?」
そんな風に、どこか油断していた時。空飛ぶ絨毯の緊急回避機能が働いた。ぐん、と体が左へ引っ張られる。
……直後、すぐ横を赤い光が通り過ぎていった。反射的に後方を見ると、背後の狼たちは口から火球を吐き、あたしたちを狙っていた。うそぉ、まさかの飛び道具!?
「フィーリ、大丈夫!?」
視線を動かさずに問うと、「びびりましたー」なんて声が聞こえた。その様子だと、大丈夫そうね。
「あの狼たち、だいぶ魔物化が進んじゃってるわねぇ……可哀想だけど、倒すしかないかぁ」
自分とフィーリに見えない盾を展開ながら、静かに言う。そして速度は落とさぬまま、背後に向けて無数の爆弾を投下した。絨毯からの爆弾攻撃。これぞ絨毯爆撃。なんちゃって。
○ ○ ○
ドカドカと盛大な音を立てながら移動して、やがて森の中にぽっかりと空いたスペースを見つけた。
「いた! あいつね!」
その中心に、真っ黒くて大きな魔物がいた。話に聞いていた通り、狼を大きくしたような見た目で、二つの頭。そして二又に分かれた、特徴的な尻尾が見える。こいつがケルベロスで間違いない。
周囲を警戒していたそいつはあたしたちに気づいたのか、その二つの頭であたしとフィーリを別々に捉える。
そして大きく咆哮した後、上空へ向けて火を吹いてきた。
「フィーリ、回避―!」
魔物化した狼たちが火を吐いてきたので、その攻撃手段は予想していた。あたしとフィーリは左右に分かれて回避を試みる。
「メイさーん、炎が追いかけてきますよー!?」
左右に散るも、それぞれ赤と青の炎を吐く二つの口が追尾してくる。あー、これちょっと面倒かも。
「敵の攻撃範囲に入らないように、できるだけ距離取るわよ!」
言って、あたしたちは間合いを広げる。幸いなことに、ケルベロスの攻撃はブレス攻撃。近づきすぎなければ、当たることはないと思う。
「この距離からなら一方的に攻撃できるはず! フィーリ、やるわよ!」
「はい! ウインドカッター!」
風属性の属性媒体(小)と杖を手にしたフィーリが叫ぶと、無数の風刃が虚空に出現し、狙いすましたようにケルベロスへ向かって飛んでいく。確かあれ、麦畑で連発してた初級風魔法ね。
その攻撃が届く直前、奴はその巨躯からは想像もできない、俊敏な動きで魔法攻撃を回避。そのまま近くの木をバネのように利用して、大跳躍を見せた。うそぉ!?
次の瞬間、奴は空中でその全身を伸ばして、鋭い爪でフィーリに襲いかかる。あんなので引っかかれたら、いくら盾があっても無傷じゃ済まない。
「ひっ……!?」
「フィーリ、あぶなーい!」
あたしは叫びながら、彼女の乗るほうきへと急接近。その爪がフィーリを捉える寸前に、その襟首を掴んで掠め取る。直後、無人になったほうきが無慈悲な爪の一撃によって、無惨に破壊された。
「ああっ、わたしのほうき!」
ばらばらになって地上に落ちていくほうきを見ながら、絨毯の後方に落ち着いたフィーリが叫ぶ。
「また作ってあげるから、今はほうきより自分の心配をなさい!」
そう言った矢先、地上に舞い降りたケルベロスはあたしたちを一睨みし、再びブレス攻撃を仕掛けてきた。今度は二つの口の炎を合わせた、文字通り合せ技だ。
「なんの! 目には目を、火には火を!」
それに対し、あたしは意味不明なことを口にしながら火炎放射器を構え、最大出力で発射する。
「ぐぬぬぬぬ、負けるもんか!」
フィーリが乗った分、絨毯の機動性は落ちているから、ここは真っ向勝負しかない。炎の威力は互角で、お互いに相殺しあう。
「フィーリ、安心して! あたしが守ったげるからね!」
言いながら、絨毯をじわじわと後退させ、射程外への脱出を試みる。
「ほうきの恨み! ウインドカッター! 四連発!」
……一方のフィーリは全然話を聞いてなかった。むしろ風の刃を大量展開して、戦う気満々だ。
だけど距離があるせいか、フィーリの魔法は再び避けられてしまった。おかげでブレス攻撃は止んだけど、相変わらず動きが速いわねぇ……。
「うーん、どーしようかしらねー」
なんとか安全圏まで離脱できたけど、これは遠距離からだと攻撃を当てるのも大変そう。魔力ボムを投げ込んだところで、避けられたら意味ないし。ちょっと手詰まり感。
自律人形(液体)たちを総動員して、四方から攻撃してもらおうかしら……とも考えたけど、周囲は木々も凍る寒さ。
なんだかんだで彼らは液体金属だし、容量無限バッグから出すと同時に凍ってしまうのがオチだろう。凍る液体金属。そんな映画、昔観た気がするしさ。
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