第四十七話『雪の街にて・その④』
「メイさん、この魔物、倒しに行きましょう」
フィーリは笑顔で言って、ケルベロスの討伐依頼書をあたしに見せてくる。
「ちょっと待って。あたしまだ本調子じゃないんだけど!?」
だいぶ復活してきたとはいえ、あたしにはまだ魔力酔いの症状がある。こんな体調で魔物と戦うなんて無理。
「……その声は、錬金術師様と魔法使い様ではないですか」
フィーリとそんなやりとりをしていた矢先、宿屋の亭主から声をかけられた。しまった。見つかった。
「おお、その依頼書は……もしや、魔物の討伐に向かってくれるのですか?」
「へっ!? いやあの、そのー」
亭主の視線は、フィーリの持つ依頼書に注がれていた。こ、これは違うのよー!
「お二人の噂は聞いています。どうか、よろしくお願いします」
拒否する前に、そう頭を下げられた。うー、それされると断れないじゃない。
ちなみに噂というのは、この街に凄腕の魔法使いと錬金術師がやってきている……という類のもの。
フィーリ曰く、先日の追いかけっこが目立ったのと、どうやら冒険者ギルドで受付をしていたお婆さんがお喋り好きだったのが原因で、あたしが寝込んでいる間に噂が広まったそう。それこそ、宿屋の亭主の態度が急変するほどに。
噂の内容はあながち間違ってないし、錬金術師の良い噂が広まるのはあたしとしても嬉しいけど……今から討伐に行くのは勘弁してほしい。気分優れないし、寒いし。
「ここはわたしたちにどーんと任せてください!」
そんなことを考えてた矢先、フィーリがそう口にする。ちょっと、なに勝手に話進めてんのー!?
「ありがとうございます。討伐の暁には報奨金もお支払いしますので」
……あ、そういえば報奨金がついてるって話だったわね。いくらなのかしら。田舎の街だし、大した額は期待できないけど。
あたしは少しだけ気になって、フィーリの持つ依頼書を見直す。
「え、7万フォル!?」
思わず声が出てしまった。依頼を受ける人がいないって話だったし、金額が跳ね上がったのかしら。この額なら、しばらく生活に困らない。
「……街に被害が出るのは許せないわね。ここはあたしたちで何とかしましょ」
あたしが澄まし顔で言うと、フィーリが小声で、「……メイさん、懸賞金に目がくらみました?」なんて聞いてくる。
「そ、そんなわけないでしょ、世のため人のため、街のためよ。報奨金は二の次」
「目が泳いでますよぅ?」
うーっさい。と無理矢理話を切って、亭主さんから魔物の居場所や特徴など、詳細な話を聞くことにした。
……これはさっそく、魔力ボムを使うチャンス到来ね。
○ ○ ○
その日の夜、あたしたちはケープの街近くの森へとやってきていた。話によると、ケルベロスは狼を何倍も大きくしたような魔物で、森の中に潜み、夜行性らしい。
この辺りの樹は冬でも葉が落ちない常緑樹で、その枝先にまとわりつくように雪が積もっている。これまでの森と違って木々の間隔が広いから、飛ぶのに問題なさそう。
「それにしても、真っ暗ねー」
一応、懐中電灯っぽい道具を作ってきたけど、光量が足りない気がする。絨毯の上から地上を照らしているわけだし、なおさら。
「メイさん、これ使ってください!」
サーチライトみたいな、大掛かりなものが必要かしら……なんて考えていた矢先、炎属性の属性媒体(小)を手にしたフィーリが、小さな火の玉を生み出していた。
「フィーリ、これなに?」
そのひとつがあたしの隣に移動してきて、一定の距離を保って浮遊する。顔の近くに火があるというのに、ほとんど熱を感じない。
「炎属性の初級魔法です。攻撃力はないですが、こうして明かりになるんですよ!」
フィーリが得意げに言って、ふよふよと浮かぶ火球に触れる。発する光が強くなった。あたしも真似してみると、一瞬だけ輝いて、光が増す。
「へー、まるでルームライトね。調節きくの?」
「はい! 三段階くらいまで調節できますし、思った場所に移動もしてくれるんですよ! ほら!」
言って、地上を指し示す。すると火球はゆっくりと移動し、地上付近で停止。周辺を明るく浮かび上がらせる。
「すごいわねー。あんた、初級魔法使えるようになって、一気に万能になったんじゃない?」
「えへへー、それほどでもないですよー」
褒められて嬉しいのか、ほうきに乗ったままあたしの絨毯の周りをくるくると回る。
「消費する魔力が少ないので、一時間くらいは大丈夫だと思います。たぶん」
「たぶんってのが少し不安だけど、使わせてもらうわねー。ありがとー」
あたしは笑顔でお礼を言って、開いた万能地図を索敵モードにする。森の木々に隠れるようにして無数の狼の姿が散見される。基本、野生動物は万能地図の索敵モードには表示されないんだけど、狼は襲ってくる危険性があるからか、全て表示されていた。
「うわぁ、けっこう数いますね。ケルベロスはどれです?」
万能地図はあたし専用のチートアイテムではないので、フィーリも見ることができる。あたしの隣まで飛んできて、その数に眉をしかめた。
「人の名前とかは表示されるんだけど……さすがにわかんないわねー」
「むー、めんどくさいので、究極魔法で森ごと焼き払いますか?」
「だーめ。自然保護も大事だし、まとめて焼き払っちゃったらケルベロスを倒したって証拠が用意できないじゃない」
新たな属性媒体を手にしたフィーリを慌てて制止する。まったくもー、大艦巨砲主義はこれだから。
「……おや?」
……そんな折、周辺の狼たちの動きが急に慌ただしくなった。明かりがあるせいで、目立っちゃったかしら。
万能地図で彼らの動きを見ていると、野生動物なのにやけに統率が取れていて、円を描くようにじりじりと、あたしたちとの距離を詰めてくる。
「なーんか妙な動きねぇ」
そうこうしているうちに、一部の狼たちがあたしたちの真下へと姿を現した。さすがに上空にいるとは想定していなかったのか、まだ気づいていない様子。
「フィーリ、地上に向けて炎魔法撃ってみて。弱いのでいいから」
「え、弱いので良いんですか?」
「うん、ちょっと確認したいことがあるの」
「わかりました……ファイアーボール!」
くるりと杖の先で円を描いて、ソフトボール大の火球を4つ生み出した。今度は離れてても熱を感じる。なかなかの威力がありそう。
にしてもフィーリ、初級レベルの魔法だと呪文詠唱すら要らないのね。魔力を多めに支払って呪文詠唱をスキップするって言ってたし、MPどれだけあるのかしら。やっぱり、999?
「えーい!」
フィーリが杖を地上に向けると、それと連動して火球が急降下。周囲の雪を蒸発させながら、地表へと着弾する。
その際、すぐ近くに狼がいたんだけど、狼は逃げることなくその場に佇んでいた。
……やっぱり。あの狼たち、火を恐れてない。普通、野生動物は火を恐れるものなのに。察するに、上位種のケルベロスに操られてる感じかしら。
「なるほどねぇ。手下にあたしたちを攻撃させて、自分は安全地帯にいるとなると……」
あたしは万能地図を操作し、索敵範囲を広げてみる。ほとんどの狼があたしたちの周囲に集まる中、ひとつだけ、遠くに離れた点があった。こいつね。
「フィーリ、ケルベロスの居場所が分かったわよ!」
「え、今ので分かったんですか?」
「あたしを誰だと思ってるの! こっち! ついてきなさい!」
確信を持って言って、絨毯を加速させる。フィーリは半信半疑のまま、その後についてきた。
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