第四十六話『雪の街にて・その③』
「ふふん。参りましたか?」
あたしの敗北宣言を受け、フィーリは得意顔で戻ってきた。
こういう時を見据えて、筋肉増強薬みたいな道具を作っとけば良かった……なんて後悔するも、後の祭り。
「その身体能力強化魔法、すごいわねー。これで魔物との戦いも安心かしら」
肩で息をしながら言うあたしに対し、フィーリは息一つ乱していない。あの魔法、本物だわ。
「実はですねー。この魔法、他人にもかけることができるんですが」
「え、本当?」
思わぬ言葉に、あたしの胸が高鳴る。だ、駄目よ。あたしは錬金術師。魔法の力に頼るなんて。
「一度にかける人数が多いほど、強化値は減っていくんですが、楽しいですよー。かけてあげましょうか?」
「お願いします」
自分の考えとは裏腹に、口が勝手に動いていた。ちょっとだけ。本当に、ちょっとだけよ。
「それじゃ、かけますよー。えい!」
灰色のカードを手にしたフィーリが、あたしに杖を向ける。特に呪文詠唱とかいらないのねー……なんて考えているうちに、赤いオーラがあたしを包み込んだ。
「おお、なんか動きやすくなった!?」
直後、身体が軽くなる。上手く表現できないけど、筋力が増えたというよりは、重力の影響が減った感じ。いつもと同じ感覚でジャンプしても、倍近く跳べる。飛竜の靴を履いてる時とはまた違うし、不思議ねー。
「筋力ブーストって感じねー。飛竜の靴とセットで使うと楽しいことになりそう。試していい?」
「いいですよ。ちなみにその筋力ブースト、一分間100フォルなので」
「なぬぅ!?」
……まさかの有償強化だった。
金の亡者めぇ……なんて思いつつも、実際にやってみたら本当に楽しかった。実戦投入できれば魔物との戦いも楽になりそうだし、必要経費と思うことにしよう。
○ ○ ○
……その後も筋力ブーストを試しつつ、フィーリと二人で依頼をこなした。
街から少し離れた森での採取が主だったんだけど、素早く動けるということは、それだけ素材の収集作業も楽というわけで。あー、なんかスーパーマンになった気分。癖になりそう。
……しかし、強力な魔法には常にリスクが付きまとうということを、その時のあたしは知らなかった。
「あいたたたー、な、なにこれ。体中が痛い……」
強化魔法のおかげで採取も早い時間に終わったので、夕方には宿のベッドで一休みしていたんだけど……日が暮れた頃、痛みで目が覚めるくらい強烈な筋肉痛に襲われた。
必死に起き上がろうとするも、無理だった。それに全身の痛みに加えて、頭がフラフラする。熱……はない感じだけど、どうしたのかしら。
「メイさん、ご飯来ましたよー……って、どうしたんですか?」
そんな折、夕飯を運んできたフィーリが、ベッドの中で悶え苦しむあたしを見て驚いた声をあげる。
「うう、フィーリ、助けて。起きれない」
あたしは情けなくも、ベッドの中から助けを求める。フィーリはテーブルに料理を置いて、駆け寄ってくれた。
それから詳しい話を聞いてみると、あたしのこの症状は『急な筋肉の使い過ぎ』と『魔力酔い』が原因とのこと。
「魔力酔い?」
筋肉痛は……魔力で強化した筋肉を、普段使わないレベルで動かしたせい……って感じで、なんとなく理解できるけど、魔力酔いとは?
「メイさん、魔力が全くないじゃないですか。そこに突然わたしの魔力を流したせいで、身体がびっくりしちゃったんですよ」
困惑した表情を見せながら、フィーリが言う。えぇ、そんなのあるの?
そのフィーリ曰く、魔力酔いは取り入れる魔力量を少しずつ増やして、身体を慣らしていくしか軽減させる方法がないとのこと。まるでお酒ね。飲んだことないけどさ。
「大抵、大なり小なり魔力への耐性があるはずなんですけど。まぁ、栄養たっぷり取って休めば、数日中には治りますよ! 頑張ってご飯食べましょう!」
フィーリは言って、ベッド際にあたしの食事を運んできてくれた。
「そうねー……起きるから、優しく引っ張って」
「全く、情けない錬金術師様ですね! よいしょ!」
「ぎゃーーー!」
あたしが両手を差し出すと、フィーリはそれを全力で引っ張った。のおお、びっくりするくらい、腕と背中が痛い……!
その後、なんとか食事を取りながら「フィーリは何ともないの?」と尋ねると、「普段から鍛えてますので!」と、胸を張った。
鍛えてるって、魔力的に……って意味かしら。今回ばかりはフィーリが羨ましい。
○ ○ ○
「あー、まだ頭が少しクラクラするわー」
……それから二日後の朝。
フィーリの言った通り、不思議と筋肉痛は収まっていた。だけど、頭の違和感は抜けていなかった。
「……受付で、甘い飲み物でももらおう」
痛みが引き、多少歩けるようにはなっていたので、コートを羽織って部屋を出る。今はちょっと、自分で調合する気になれなかった。
「……あら?」
この宿は食堂がない分、受付で飲み物とか売ってたわよね……なんて思い出しながら階段を下り、狭い廊下を渡っていると、前方から男性二人の声がした。
誰かしら。一人は宿屋の亭主さんっぽいけど……妙に焦ってる感じね。
「……おいおい、街の近くにケルベロスが出たっていうのは本当か?」
「ああ。間違いない。街外れに住むじーさんが、吹雪の中をうごめく四つの目を見たらしい」
「なんてこった……奴には懸賞金をかけて、討伐を依頼してるんじゃなかったのか?」
「もちろんやってるさ。だが、この街に来る冒険者の実力なんて、たかが知れてる……」
耳をそばだてていると、そんな会話が聞き取れた。ケルベロスって確か、二つの首を持つ犬の魔物よね。
「……お尋ね者の魔物、ですかぁ」
「おおう!?」
前方に意識を集中していたところ、不意に背後からフィーリの声がした。思わず振り向くと、彼女はその手に、冒険者ギルドの魔物討伐依頼書を持っていた。それ、先日あたしがスルーしたやつ?
「メイさん、この魔物、倒しに行きましょう」
そして依頼書をあたしに向けて広げ、眩しい笑顔を向けてくる。ちょっとフィーリ、本気なの!?
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