第四十五話『雪の街にて・その②』
「えーっと、すぐに納品できそうな依頼がこれとこれ。こっちのポーションやシップも調合すれば行けそうだし……」
冒険者ギルドに到着したあたしは、室内に設置されていた掲示板に駆け寄ると、手当たり次第に依頼書を引っぺがしていた。
本来は外に設置されていることが多い依頼掲示板も、この街では室内に置かれていた。そりゃそうよねー。この環境で外になんか置いたら、吹雪の度に新しい看板が必要になっちゃう。
「そうだ。フィーリ用の依頼も受けといてあげよ。燃料用の薪集めとか、良い感じよね」
魔物討伐の依頼が目立つところに貼ってあったけど、これはスルー。あたしは採取系の依頼を中心に選んでいく。
この寒い時期にわざわざやってくる来る冒険者もいないのか、ギルド内は至って静か。受付のお婆さんも暇そうに、カウンターでお茶を飲んでいた。
「すみませーん。この納品依頼、報告したいんですけど」
あたしが声をかけると、お婆さんはゆっくりと顔をあげて、眼鏡をかけ直す。そして、「お嬢ちゃん、冒険者かい? 若い女性が珍しいね」なんて言う。
「こう見えて、錬金術師です」と、伝えるも、「錬金術師? 知らないねぇ」と、お婆さんは首をかしげた。やっぱり、この街でも錬金術師は知られてないのねぇ。
「よくわからないけど、魔法使いみたいなものなのかい?」と続いたお婆さんの言葉に、あたしの錬金術師としてのハートに火がついた。
よーし。それじゃ、この世界ではマイナー職業の代名詞たる錬金術師とはどのような仕事か、このお婆さんに熱く語ってあげようじゃない。他にお客さんもいないし、長くなるわよー。
○ ○ ○
というわけで、あたしは魔法にも劣らない錬金術の素晴らしさを全力で説明した後、実演を兼ねてポーションを調合し、お婆さんに手渡す。
「へぇ、その鍋でねぇ。不思議なもんだ」
ポーションを受け取ったお婆さんは大層感心してくれた様子で、お礼に紅茶とクッキーをごちそうしてくれた。それを食べながらさらに語ること、30分。はて、何か忘れているような。
「あー! フィーリ!」
たっぷり語り明かしたあと、あの子の存在を思い出した。熱くなりすぎて、すっかり忘れてた。
「お婆さん、ごちそうさま!」
あたしは急いで立ち上がると、「珍しい話が聞けて楽しかったよ。またおいで」と、笑顔で手を振ってくれるお婆さんに手を振り返して、冒険者ギルドを後にした。トークリングにも連絡ないし、フィーリ、何してるのかしら。
○ ○ ○
「あっはははは! ケビン君、遅いですよー!」
「うわーー! フィーリ姉ちゃん、速すぎ!」
「こ、今度はオレたちがオニの番だぞ! 皆で捕まえるんだ! せーの!」
「無駄無駄ですよー」
「くっそー! 三人がかりで無理なのかよー!」
……急いでフィーリの元へ戻ると、彼女は街の子どもたちと鬼ごっこのような遊びをしていて、一人無双していた。フィーリ、あんなに足速かったかしら。明らかに年上の男の子にも、楽勝で追いついてるしさ。
「お待たせー。フィーリ、楽しそうねー?」
不思議に思いながら、子どもたちの中心にいたフィーリに声をかける。彼女は子どもたちと別れた後、笑顔でこっちに戻ってきた。
「皆と鬼ごっこしてました! 楽しかったですよ!」
「そりゃ、あれだけ一方的に蹂躙してたら楽しいでしょーねー。いつもほうきで移動してるから気づかなかったけど、フィーリ、いつの間にあんな足速くなったの?」
「えへへ、ちょっと魔法を試してまして!」
「へっ、魔法?」
「はい! 身体能力強化の魔法です! 初級魔法の部類に入るんですが、試してみたくて!」
フィーリは言って、灰色のカードを取り出す。ほう。身体能力強化。
「昨日、無属性媒体をいくつか作ってもらったじゃないですか。それをさっそく使ってみました!」
降り積もった雪に負けない、キラッキラの笑顔で言う。あー、そういえば、そんなの作ったわね。無属性の属性媒体とか、言い得て妙だけどさ。
「身体能力強化はいいけど、子ども同士の鬼ごっこでそんなズルしちゃ駄目でしょー」
「えー、メイさんだって錬金釜とか、色々ズルしてるじゃないですかー?」
「あたしは主人公だからいいのよ! たぶん!」
「そんなの、おーぼーです!」
「言ったわねぇ……こんにゃろ!」
あたしはフィーリを捕まえようと手を伸ばすけど、するりと逃げられてしまった。まさか、魔法使った?
「ふっふっふー。捕まえられるものなら、捕まえてみてくださーい」
フィーリは言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、大きく後ろに跳ぶ。ほっほー。今度はあたしと鬼ごっこしようっていうの? いいわ。相手になってやろうじゃない。
脱兎のごとく走り出したフィーリを見ながら、あたしはスノーブーツから飛竜の靴へ履き替える。錬金術師と魔法使いの鬼ごっこ、開始よ!
○ ○ ○
「まぁーーーてぇーーー!」
「待ちませんよーー!」
人気もまばらな大通りを、あたしとフィーリは走る。
前を行くフィーリは、それこそウサギのように軽やかに雪の中を駆けていた。
「おやおや、賑やかだねぇ」
冒険者ギルドの前を通り過ぎた時、勤務交代したらしい受付のお婆ちゃんが外にいて、あたしたちを微笑ましく見ていた。
少し遅れて、「フィーリ姉ちゃん、頑張れー!」なんて、子どもたちの声も聞こえた気がする。
うう、飛竜の靴を履いてても、雪の中って走りにくい! 道がまっすぐで広い分、民家の壁や屋根を走ってもショートカットできないし、逆にタイムロスになる。
ここはテクニックでカバー! とか考えて、滞空時間を長くして移動距離を稼ごうと試みるも、それ以上にフィーリの足が速い。その姿が段々と小さくなっていく。無理、追いつけない。
「フィーリ! ストップ! あたしの負け! 参りましたーーー!」
フィーリの姿が奥の路地の角に消えた瞬間、あたしは負けを認め、トークリングに向かって叫んだ。
直後、「自分のりきりょーがわかりましたかー?」なんて、得意げな声が返ってきた。ぐぬぬ、悔しい……。
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