第四十一話『豪華客船の旅・その②』
「氷山だーー! ぶつかるぞーー!」
なんか雪降ってきたなーなんて思った矢先、見張りの船員がそう叫んでいた。
周囲の人間が慌てふためく中、似たような映画を知ってるあたしは飛竜の靴を履き、ダッシュで船首へと向かう。
そこで目を凝らすと、いかにもな氷山がずっと前方に見えた。なーんだ、これだけ距離があるなら、楽に避けられそうじゃない。
「取舵、いっぱーい!」
船長が急ぎ指示を出し、船がゆっくりと向きを変える。だけど、その旋回速度は非常に遅い。一方で進む速度は変わらず、どんどん氷山が近づいてくる。
何やってるのよ……なんて苛立つも、よく考えたら当然だった。
この船は豪華客船だけあって大きいし、旋回するには時間がかかる。そして動力源はエンジンではなく、帆だ。風の力で動いているんだから、そうやすやすと止まることなんてできない。
ちょっとちょっと! このままじゃ本気でぶつかっちゃうじゃない! 氷山の一角って諺があるくらいだし、ああいうのって見えてる部分より、海中の氷が大きいわけよね。船底やられたらやばくない?
「……フィーリ! 手伝って!」
「はい!?」
次第に大きくなっていく氷山を前に、あたしは一刻の猶予もないと判断。まだ状況を把握できていないフィーリを引っ張って絨毯に乗せると、猛スピードで氷山へと向かった。
○ ○ ○
「メイさん、この真っ白い島、なんなんですか?」
「これは氷山。氷の塊なのよ」
「え、これが氷なんですか!?」
眼下に広がる氷山の正体を知って、フィーリが絨毯から身を乗り出しながら驚嘆の声をあげる。あたしはもちろん雪も氷山も知ってるけど、テレビもネットもないこの世界だと、住んでる地域によっては初めて見る場合もあるのね。
「このままだとあの船がこの氷の塊にぶつかっちゃうから、その前にこの氷を壊すわよ」
「さすが錬金術師です……メイさん、そんなことできるんですか?」
「……言っとくけど、あんたも手伝うんだかんね?」
えー、めんどうだなぁ……表情に一瞬だけなったけど、すぐに「わかりました!」と了承してくれた。よし、いい子。
「でも、この大きな氷、どうやって壊すんですか? 全力の炎魔法、ぶつけます?」
火属性の属性媒体を片手に、赤いオーラを纏ったフィーリが言う。エクスプロージョン・ノヴァ……だっけ? 確かにあの魔法なら、海面に出てる氷は跡形もなく溶かせるかもしれない。だけど、先も言ったように、問題は水中の氷の方だ。
氷山自体を小さくすれば船に対する危険は減るわけだし、どっちかと言うと溶かすより、砕いた方が早いかも。
「フィーリ、あんた、地属性の魔法は使える?」
「はい! 小山くらいの石を落とす程度ですけど!」
「それでも十分すごいからね……その魔法で、この氷山砕ける?」
「たぶん……」と自信なさげに言うフィーリに、あたしは属性媒体のカードを調合して手渡す。
材料は至ってシンプルで、他属性の属性媒体に、土や石といった地属性っぽい素材を加えるだけ。魔法を使う上で基本的な媒体らしく、作るのは本当に簡単。あたしには使えないけど。
「それじゃあ行きます! 大いなる流星! 天空より……以下略! グラン・メテオ!」
その属性媒体を受け取ったフィーリが例によって呪文詠唱をスキップし、右手の杖で空を指し示す。すると次の瞬間、雪雲を切り裂いて巨大な隕石があたしたちの真横を通り過ぎた。
「うわあお」
久々にフィーリの魔法使いっぷりを目の当たりして、思わず変な声が出る。どこからともなく出現した隕石は次の瞬間、轟音とともに氷山のど真ん中にぶっ刺さった。
……だけど、割れない。
「あー、やっぱり無理でしたねー」
その結果を見て、フィーリがてへへ、と笑いながら言う。うそぉ。絶対行ったと思ったのに。どんだけ硬いのよ。あの氷山。
だけど、氷山には深々と巨石が突き刺さっている。追加の衝撃を真上から与えられれば、一気に砕けそうなんだけど。爆弾とかじゃ無理そうねぇ。
「杭打ちみたいに、おっきなハンマーであの岩をすこーんと打ち込めたりしませんかねぇ」
あたしが頭を悩ませていると、冗談なのか本気なのか、両手の拳を打ち合わせながらフィーリが言う。そんなことできるわけ……ん?
「そういえば、大きなハンマーのレシピあったわね」
思い出したように言って、あたしはレシピ本をめくる。あった。その名も『ビックリハンマー』。
夜の自由時間にレシピ本を読んでいた時に見つけた品で、ハンマー本体に魔力をチャージすることで、山をも砕く一振りを繰り出せる、ビックリなハンマー……らしい。
それにしても、先の自動販売機しかり、最近目につく道具は素材以外に魔力を必要とするものが多い気がする。
「……もしかしてこのレシピ本、あたしの状況に応じて表示されるレシピが変わってたりするの?」
本の厚さに比べて、明らかにレシピの量が多いとは思ってたけど、まさかそんな仕掛けが? 元々チートアイテムだし、あっても不思議じゃないけど。
「メイさん、早くしないと、そろそろ船がやってきちゃいますよ?」
フィーリの言葉で我に返る。見ると、豪華客船は全力で旋回しつつも、まだ衝突コースを回避しきってない。これは、気にしてる時間ないわね。
あたしは錬金釜に手早く素材を放り込んで、ビックリハンマーを調合する。必要素材はテンカ石、エルトニア鉱石、魔力媒体、それに浮遊石の欠片。
前の二つはハンマーの頭になる鉱石たち。続く魔力媒体は属性媒体の親戚みたいなもので、作り方も基本同じ。内部に魔力をストックする役目があるみたい。
「よーし、完成!」
絨毯の上で強引に調合したにもかかわらず、立派なハンマーが錬金釜から飛び出してきた。あたしの倍ほどある大きさのそれを反射的に掴むも、サイズの割に軽い。これはもしかして、一緒に入れた浮遊石の欠片が作用して、重さを感じなくしてくれてるのかしら。
「フィーリ、また魔力よろしく!」
あたしは言って、ハンマーの束の部分にある魔法陣を指差す。それを見たフィーリは「えー、またですかぁ」と言いつつも、その魔法陣に触れ、ハンマーに魔力を注入してくれた。
「ありがとー、これで百人力よ!」
チャージ完了後、あたしはお礼を言いながらハンマーを構える。同時に、絨毯をゆっくりと、氷山にぶっ刺さった岩の真上へと移動させた。
「……豪華客船はあたしが守る! てーーーい!」
一度深呼吸をした後、あたしは絨毯から飛び降りる。飛竜の靴を履いてるとはいえ、さすがに怖い。
そして自由落下による威力増加も視野に入れつつ、全力で岩をーーその下の氷山ごと、一撃で打ち砕いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます