第四十話『豪華客船の旅・その①』
「さーさー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しい、錬金術でございます!」
あたしは旅する錬金術師メイ。現在、豪華客船の甲板にて、絶賛錬金術中。
「取り出しましたるは何の変哲もない薬草と水! これらを錬金釜に放り込むと……あら不思議! 一瞬でポーションに早変わり!」
「おお、素晴らしい大道芸だ!」
「きっと、あの方は魔法使いなのね!」
「いや、手品師だろう!」
……錬金術だって言ってんでしょーがー!
なんて叫びたい気持ちを必死にこらえつつ、あたしは営業スマイルで調合を続ける。作るのは色鮮やかなポーションや宝石。
正直、見た目の煌びやかさを重視した調合品で、あたしは全然楽しくない。というか、これだけの人に見られて、楽しく錬金術ができるはずがない。
「ありがとうございまーす。チップはこちらにお願いしまーす」
あたしのそんな思いをよそに、フィーリは魔法使いの帽子を受け皿にして、大量のチップを受け取っていた。あんたも魔法使いとしてのプライドないの?
「はぁぁぁ……疲れた。それに錬金術師として、色々なものを捨てちゃってる気がする……」
30分ほどの調合ショーが終わった後、あたしは甲板に両手をついて、がっくり項垂れる。
「見てて面白いですし、いいと思いますけど。チップもすごいですよ」
フィーリは言いながら、黙々とチップを数え、麻袋に移していた。その額、およそ1万フォル。
「うーっさい。あたしの錬金術は見世物じゃないのよ。本来は」
あたしはため息をついて、青空を見上げた。
……こんなことになった理由は、二時間ほど前に遡る。
○ ○ ○
「失礼します。錬金術師のメイさまはこちらですか」
「そ、そうですが?」
出港してしばらくすると、突然部屋の扉がノックされ、タキシード姿で八の字髭をたくわえた男性が入ってきた。
「この度はご乗船ありがとうございます。わたくし、この船の支配人を務めます、チャールズと申します」
「は、はぁ。そのチャールズさんが、どういったご用件でしょうか」
完全にまったりモードで、そろそろ甲板に出てみようかしら……なんて考えていた矢先の来訪者に、あたしとフィーリは完全に面食らう。
「本日の公演ですが、午前の部は10時からになりますので。よろしくお願いします」
「はい? 公演?」
「左様でございます。それにしても錬金術師とは。どのようなパフォーマンスなのか、今から楽しみです」
「ちょ、ちょっと待って! パフォーマンス? どういうこと!?」
後ろ手を組んで去っていこうとするチャールズさんを慌てて呼び止める。全く事態が把握できない。
「どうと申されましても、そのチケットはパフォーマー専用の乗船チケットでございます。てっきり、お二人で錬金術という名の大道芸を披露してくださるのだとばかり」
指し示されて、あたしは手元のチケットをよーく見る。すると裏面に、小さい文字で『大道芸ギルド公認・興行チケット』なんて書かれていた。
……あの商人、横流しされたチケットをクレアさんに渡したわねぇぇ……!
「いやいや! あたしは錬金術師だけど、大道芸なんてできないから!」
思いっきり歯ぎしりをした後、あたしはチャールズさんに食って掛かる。
「ふむ……そうですか。それでしたら、一般客と同じ扱いにしなければいけませんな。チケットを新しく買っていただくとして、追加料金、10万フォル頂戴いたします」
「10万フォルぅ!?」
あたしとフィーリは思わず叫んだ。何よそれ。
「いくらなんでもぼったくりじゃない!? 子ども料金もないの!?」
「ございません。本来、二等客室の料金は一泊4000フォル。さらに目的地まで10日かかります。お客様二名で合計8万フォルのところに、違約金として2万フォルが上乗せされ、このような金額に」
「違約金については、チケットにも明記されております」と続く言葉を聞きながら、あたしは頭が真っ白になった。この狭さで一泊4000フォル? さすが豪華客船。侮っていた。
「……ちなみに、一等客室のお値段は?」
「一泊1万フォルになります」
「……その部屋、埋まってるの?」
「おかげさまで満室でございます」
はっはー。あたしもそれなりに稼いでいたつもりだけど、上には上がいるもんだわー。
「ところで、一番安い部屋になると?」
「空いているとなると、四等客室ですな。一泊500フォルで、男女共同部屋での雑魚寝になります」
……そこで十日間はさすがにきつい。あたしもフィーリも女の子だし、なによりフィーリはこの二段ベッドを気に入ってる。
「わ、わかりました……大道芸、やりますので、この部屋のままで……」
○ ○ ○
そして、今に至る……。
人前で大道芸をする恥ずかしさと、10万フォルを天秤にかけた結果、あたしは大道芸をすることを選んだ。
だけど、悪い事ばかりじゃなかった。お客さんからいただいたチップの半分は自分たちの取り分にしていいという条件を聞き、多少なりともやる気が沸いた。本当に、多少だけど。
やっぱり錬金術を広く知ってもらうためには、これからの時代、エンターテイメント性も必要なのかしら。思いっきり誤解されそうだけどさ。
「いやー、素晴らしいショーでしたな」
パチパチと拍手を送りながら、支配人さんは上機嫌だった。そりゃあ、チップの半分が上納されるんだから、上機嫌にもなるわよね。
「客船の乗客は娯楽に飢えていますゆえ、メイさんたちのような存在が必要なのです。午後からも頼みますよ」
言いながら、支配人はフィーリの手から麻袋を受け取ると、慣れた手つきでその半分を受け取って去っていった。
午前と午後の、一日2回公演。これがあと10日も続くのかぁ。あたし、保つかしら。体力的にじゃなく、精神的に。
……その後、錬金術だけじゃなく、『フィーリのリアルマジックショー』と銘打って、彼女の魔法の練習を兼ねた出し物をしてみたり、自律人形(液体)にパフォーマンスをさせてみたり。手を変え品を変え、なんとか日々の公演をこなしていった。
そんな中、地味にきつかったのが、船内での出費の多さだった。
定期的にやってくるメイドさん……いわゆる客室清掃だけど、ほぼ強制の上に別料金。いらないって断ろうとしたら、「メイド長に怒られてしまいます」と、泣きだす始末。
また、船内の食堂も全て別料金で、最低でも一食800フォルはした。食材が貴重なのはわかるけど、どーしてこんなに高いのよ。
定期的に錬金術で作った食事を自室で細々と食べて節約しつつ、数ある旅の形の中でも船旅は本当にお金がかかることを、あたしは身をもって知ったのだった。
○ ○ ○
……そんな船旅が一週間も続いた、ある日。
いつものように、甲板で午後の公演準備をしていたところ、冷たいものが顔に当たった。
「え、うそ、雪!?」
あたしは思わず空を見る。いつの間にかどんよりとした雲に覆われていて、ちらちらと雪が舞い降りていた。
ひょっとして、この船ってずっと北上してた? それで、行く先は北国ってこと?
今になってようやくこの船の行き先を把握するも、時すでに遅し。防寒具なんて用意してないわよ!?
「この白いの、なんですかねー?」なんて、雪を見たことがないらしいフィーリが物珍しそうな顔をしていたけど、あたしはそれどころじゃない。
「えーっと、毛皮毛皮。確か、狼の毛皮くらいならあったはず。後は、暖の取れるもの……ホッカイロ的なものがないかしら」
あたしは公演準備そっちのけでレシピ本とにらめっこし、がさごそと容量無限バッグを漁る。思えば、これまで一度も寒い地域に行ったことがない。あたしが寒いの苦手ってのもあるけどさ。
あーだこーだ考えながら、毛皮のコートや毛糸のマフラーのレシピを見つけた矢先、船の警笛が鳴り響いた。こ、今度は何!?
「大変だーー! 氷山だぞーー!」
中央マストの上部で見張りをしていた船員が、そう叫ぶ。
ちょっと待って! このタイミングで氷山!? やっぱり豪華客船は氷山にぶつかる運命なの!? フラグ立ってた! 本当に勘弁してーー!
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