第三十九話『麦畑の次に向かうは』
お花見の翌日。あたしたちは旅立つことにした。
「……ねぇ、本当に伝えなくて良かったの?」
「ええ、良ければ、また来てください」
見送りに出てきてくれたクレアさんの耳元で問うも、笑顔でそんな言葉が返ってきた。お花見をしたことで、彼女の中で何かが吹っ切れたみたい。
ちなみに時の砂時計で蘇らせた桜の花は、その効果が切れると、まるで映像を巻き戻すかのように消えてしまった。
来年はきちんと本物の花をつけるようにと、あたしは大量の栄養剤を土に撒いておいた。これで麦も豊作になるだろうし、一石二鳥よね。
「それじゃ、あの花が咲いた頃、また来ますね。フィーリも連れて」
「はい。お待ちしていますね」
一層の笑顔で言い、「フィーリちゃんも、立派な魔法使いになってね」と、続ける。
「はい! 広い畑のおかげでいっぱい練習できましたし、頑張ります!」
キラキラの笑顔で返事をするその手には、あたしが大量調合した属性媒体(小)が握られていた。最近は初級魔法を練習している関係で魔力を小出しにすることが多いらしく、専用の属性媒体になったらしい。
あれなら使う素材も少ないし、経済的……とはいえ、やたらめったら使ってたわね。もしかしてフィーリ、頑張ってる姿見せようとしてた?
「それでは、お世話になりました」
あたしは最後にきちんとお礼を言って、空飛ぶ絨毯に腰を下ろす。それは一瞬だけ波打ってから、ふよふよと浮かび上がった。
「ありがとーございましたー!」
ほうきに跨ったフィーリも元気にお礼を言い、二人でゆっくりと地上を離れる。クレアさんはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。
○ ○ ○
クレアさんと別れた後、道すがらに自販機も回収し、あたしたちは再び街道を北上する。
次の目的地は、この先にあるという港。
フィーリと相談した結果、せっかくだし、クレアさんからもらった船のチケットを使ってみよう……という話になったわけ。
以前、常夏の島に行く時にも船を使ったけど、あれは連絡船だし。今回の船は豪華客船。さすがにレベルが違うと思いたい。
「おお……」
そんなことを考えながら街道を飛ぶと、港より先にその大きな船体が見えてきた。でっかい。氷山にぶつかった船……ほどはないけど、某海賊映画みたいな、大きな大きな帆船が停泊していた。
「メ、メイさん、すごく大きいんですけど」
「あたしもびっくりしてるわー。この世界に、あんな大きな船を作る造船技術があったのねー」
段々と絨毯の速度を落としながら、眼前に迫る真っ白い帆を見上げる。まさかの船旅スローライフ、来たかも。
○ ○ ○
「このチケットですと、お客様の客室は二等客室になりますね。ゴールデン・ウォリス号へようこそ」
乗り込み口であたしの持つチケットを確認した係員さんが、うやうやしく頭を下げる。客船とか乗ったことないし、部屋の等級とかよくわかんないけど、どんな部屋なのかしら。
その係員さんに案内されたのは、二段ベッドが置かれた個室だった。窓はないけど、二人掛けのソファーや、テーブル、クローゼットもある。なかなか良い感じねー。
「ここが船の中だなんて、信じられないです。前の船とはえらい違いですね!」
ぼふん、と上のベッドに飛び込みながら、フィーリが言う。あの船と比べちゃ、さすがに可哀想でしょー。
苦笑いを浮かべながら、あたしはソファーに腰を下ろす。その時、あることに気づいた。
「……ちょっと待って。この部屋、錬金釜を置くスペースがないじゃない」
ぐるりと室内を見渡して、呟く。
いや、個室ってだけで十分ありがたいし、狭い船の中だから仕方ないことだけど、あたしにとっては死活問題。
ソファーやテーブルをどけても無理っぽいし……なんて考えながら、部屋の中を右往左往。
「別に気にしなくても、甲板でやったらいいじゃないですか。きっと注目の的ですよ」
そんなあたしの様子を見たフィーリが、自分の荷物の中から着替えを引っ張り出しながら言う。完全に他人事ね。
「フィーリ、一旦二段ベッドを容量無限バッグにしまっていい? 寝る時には元に戻すからさ」
「えぇ、駄目ですよ! なんかここ、優越感に浸れるんです!」
あたしがそんな提案をすると、ベッドから身を乗り出さん勢いで叫んだ。二段ベッドの上がいいとか、やっぱり子どもねー。
どこか微笑ましい気持ちになっていた矢先、出発を告げる鐘の音が響き渡った。そろそろ出港の時刻らしい。
……そういえば、この船の行き先とか全く確認せずに乗ったけど、大丈夫だったかしら。
まぁ、こんな大きな船が未開の大陸に行くわけないし、なんとかなるわよねー。
……誰よ、今、フラグ立った……なんて心の中で思ったの。絶対大丈夫なんだからね!
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