第三十八話『麦畑の中の一軒家・その⑦』



「はぁ」


 クレアさんがフィーリを引き取らないと言う以上、あたしが無理に事を動かすわけにはいかない。むしろ、現状維持が一番いいはずなのに、この胸のモヤモヤは何かしら。どうもすっきりしない。


 色々考えながら歩いていたせいか、気づけば麦畑の端、例の巨木の前にやってきていた。


「……大きな大きなため息ついて。どうしたんですか?」


 そんな折、背後からフィーリの声がした。振り向くと、彼女は腰に両手を当てながらあたしを見ていた。


「ちょっと考え事。それにしてもこの木、でっかいわよねー」


 そう誤魔化しながら木を見上げると、フィーリも「メイさんが考え事なんて珍しいですね」と言葉を返しつつ、同じように木を見上げた。


「……昨日、ベッドの中でクレアさんが話してくれたんですが、昔は麦の収穫時期になると、この木にピンク色の花がたくさん咲いていたそうですよ」


「へー、この木、花が咲くのねー」


 続いて、そんな話をしてくれる。このサイズの木でピンク色の花とか、まるで桜みたい。


「この木の下で、家族でお弁当を食べるのが収穫後の楽しみだったみたいですよ」


 なにそれ。まんまお花見じゃない。土下座とか中居さんとか、時々日本文化出してくるわよね、この異世界。


「でもこの木、なんで花が咲かなくなったのかしら」


「栄養不足だと言ってました。土の栄養、麦に取られちゃうので」


 なるほどねー。言われてみれば、この木のすぐ際まで麦が植わっていた気がする。そんなの何年も繰り返していたら、土の栄養分もなくなっちゃうわよね。


「せっかくだから、お花見したかったと言ってました」


「え、クレアさんが?」


「そうです。せっかくお客さんが来てくれたんだから、久しぶりにお花見をしたかったと」


「ふーん……」


 これまでのあたしなら、懐かしい家族の思い出に浸りたいんだろうなぁ……くらいに考えていたと思う。


 だけど、クレアさんの話を聞いた今となっては、それこそ、成長したフィーリと一緒にここでお花見がしたかった……とか、想像してしまう。最後の思い出に。


 あたしは改めてその木を見上げる。枝ぶりは立派だけど、弱っているのか、木の幹には無数のツタが巻き付いていて、蕾らしい蕾もついていなかった。ただの枯れ木にしか見えない。


「フィーリ、この木に花が咲いてたのって、いつくらいまで?」


「え? 昔とは言ってましたが、家族三人で見ていたというので、そこまで昔の話じゃないんじゃないですか?」


「オッケー。そーいうことなら、あたしがなんとかしてあげる。フィーリはクレアさんとお花見弁当用意して、ここに持ってきて」


「いいですけど……メイさんは何をするんです?」


「あたしはこの枯れ木に花を咲かしてみせましょう」


「……よくわかりませんが、お任せします」


 まるで昔話みたいな台詞を口にしたあたしを完全にスルーして、フィーリは母屋の方へと駆けていった。さーて、やりますかー。


 ○ ○ ○


 ……それから一時間後。クレアさんたちがお弁当を手に母屋を出たのを確認して、あたしは手にした道具を使う。直後、ピンク色の花が見事に咲き誇った。


「……どうやったんですか? 枯れ木に花を咲かせるなんて」


 木の下までやってきたクレアさんは、満開に咲き誇るピンク色の花を見上げながら驚愕の表情を見せる。


「いいから急いでお花見しましょ。時間ないから」


 あたしは言って、容量無限バッグからレジャーシートを取り出し、ピンクの……ええい、名前わからないし、見た目もそっくりだから桜でいいわ。桜の木の下に、レジャーシートを敷く。


「メイさん、本当にどうやったんですか? 栄養剤とか撒いても、こんなすぐに花は咲きませんよね?」


「ふっふっふー。これよ、これ」


 クレアさんと同じように驚いた顔をするフィーリに、あたしは得意気に時の砂時計を見せる。


「これで木の時間を10年前に戻したの。まだまだ元気に花をつけていた頃にね」


「あ、時間がないって、そういうことなんですね」


「そういうこと。ほら、座って座って」


 あたしは先に腰を落ち着けて、その隣に二人を促す。時の砂時計の効果は30分。その時間が過ぎれば、桜の木は元の枯れ木に戻ってしまう。今は一分一秒が惜しい。


「うー、狭いですよー」


「あたしだけじゃなく、もっとクレアさんにもくっつきなさい」


 フィーリを挟んで、あたしとクレアさんが並ぶ形。そこにお弁当のバスケットが並べられるわけだから、狭いことこの上ない。


「メイさん、なんでもっと大きなシート用意しなかったんですか?」


「しょうがないじゃない。急いで作ったんだから」


 ……というのは建前。せっかくだし、クレアさんとフィーリがベッタリできるように配慮したつもりだったんだけど……予想以上に狭かったかしらコレ。あたしの体半分、シートからはみ出てるしさ。おしりが痛い。


「なんだか、懐かしいですね」


 クレアさんは多少動きにくそうにしながら、色とりどりのサンドイッチが入ったバスケットを並べてくれる。


「あ! リンゴジャムのサンドイッチがあります!」


「ふふ、好きなだけ食べていいですよ」


「はい! 魔法の練習で、お腹空いていたので!」


 言ってから、わっしとサンドイッチを掴むフィーリを見て、クレアさんは微笑む。


 ……これからの僅かな時間が、どうか、いい思い出になりますように。


 あたしはそう願いながら、満開の桜を見上げたのだった。


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