第三十六話『麦畑の中の一軒家・その⑤』



 あたしは調合した自動販売機に100フォルを投入し、ワクワクしながら購入ボタンを押した。


「……あれ?」


 反応がない。


 もう一度購入ボタンを押してみるも、自動販売機は沈黙したまま。


「嘘でしょー! 100フォル飲まれたんだけど!」


 この自動販売機、おつりの取り出し口がないということは、返金も受け付けないということ。いや、鍵を開ければ内部からお金は取りだせるんだけど、なんか負けた気がする。どうして動かないのかしら。


 あたしは首を傾げながら、四角い自販機の周りをうろうろ。すると、その裏面に妙な魔方陣が描かれていることに気がついた。


「これ、なにかしら」


 見慣れない魔法陣にこれまた首を傾げながら、改めてレシピ本に目を通す。すると、そこには驚愕の真実が記されていた。


「えーっと……この全自動無人販売機の動力源は魔力です。後部の魔法陣より、定期的に魔力を補充することぉ……!?」


 その説明を読んだ直後、あたしは天を仰ぐ。魔力ぅ? あたしは錬金術師! そんなもんあるわけないでしょーーー!


「あのー、空に何かあるんですか?」


「へぇっ!?」


 すぐ近くから聞こえた声で我に返る。見ると、目の前に魔導書を手にしたフィーリが立っていた。パン作り、終わったのかしら。


「わざわざどうしたのー?」と取り繕うと、笑顔で「メイさんにお願いがあるんですけど」なんて言う。何かしら。お小遣いならあげないわよ。


「魔法の練習するので、錬金術で属性媒体作って欲しいんです。それも、たくさん」


「ほほう」


 フィーリが魔法の練習? 珍しい。買ってあげた魔導書、さっそく役に立ってるのかしら。あたしにはさっぱり読めなかったけど。


「いいわよー。その代わり……ちょっとこっち来て」


「はい?」


 あたしは頭上にはてなマークを浮かべるフィーリの手を引いて、自販機の後ろへとやってくる。思えば、フィーリは魔力タンクな子だった。利用しない手はない。


「な、なんですかこの見るからに怪しい魔法陣は。『魔力注入口』って書いてますけど」


 あ、そんなこと書いてるんだ。あたしには普通の魔法陣にしか見えないから、魔法使いにしか読めない文字でも書いてるのかしら。


「フィーリちゃーん、ちょーっとお願いがあるんだけどー」


「え、嫌です。お断りします」


 聞き慣れない猫なで声にただならぬ気配を感じたのか、あたしが伸ばした手をするりと抜けてフィーリが逃げる。それを追いかけ、羽交い締めにする。


「はーなーしーてー!」


「ほんのちょーっとでいいから! この魔方陣に魔力ちょうだい!」


「これから魔法の練習で使うんで、嫌です!」


「そう言わないで! とっておきの属性媒体、用意してあげるから!」


「釣り合わないですよー!」


 お互いにぎゃーぎゃーわめきながら交渉するも、結局は属性媒体という交渉カードを持つあたしに軍配が上がった。フィーリはぶーぶー言いつつ、魔力をチャージしてくれた。


 ○ ○ ○


「フィーリ、ご苦労さまー」


「……はぁ、疲れました」


 自販機にたっぷりと魔力を注ぎ込んだ後、フィーリはその場に座り込む。そんなフィーリを労いながら、あたしは完成した属性媒体を手渡す。


「それで、この大きな箱が魔力で動くんですか?」


 言いながら、フィーリは自販機の側面を足蹴にする。こら、やめなさい。


「そーよー。ほら」


 先程と同じように100フォルを投入し、ボタンを押す。『ピコーン』と音がして、ポーションが取り出し口に落ちてきた。取り出し口の素材にクッション性があるのか、ガラスの瓶でも割れなかった。


 一方、「えー、ポーションが出てきてもどうしようもないじゃないですかー」と、フィーリは口をへの字に曲げた。


 その様子を見て、あたしは「今はあくまでテスト。実際はこの中に、パンを入れて売るのよ」と伝える。後は、中に入れたパンの保存状態をどう保つか。それこそ乾パンにすれば話は早いけど……。


 あたしはこめかみを軽く叩きながら考えを巡らせる。それこそ、農家手作りのふわふわパンが食べられる、缶詰か、真空パック的なものが欲しい。


 パラパラとレシピ本をめくっていると、永久保存パックなる道具のレシピがあった。それこそ、先日調合した人工血液が入っていたパックに似てる。必要素材はビニルの木だけだから、すぐに作れそうねー。


 ○ ○ ○


「よーし、それじゃ、量産体制に入るわよー!」


 その場で大量の永久保存パックを作り上げたあたしは、それを手にクレアさんの元へ戻った。


 そして完成したてのパンと永久保存パックを一緒に錬金釜に放り込み、完全密封されたパンを調合する。名付けて、真空パン。


「あの、これが本当に売れるんでしょうか」と、不安そうな顔をするクレアさんをよそに、完成した真空パンを自販機に詰め込めるだけ詰め込んで、準備万端。


 自販機の使い方を知らないこの世界の人たちに向けて、使用方法を記した看板も設置しておいたし、さーて、どうなるかしら。


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