第三十五話『麦畑の中の一軒家・その④』
「いやいや、これはどうも。お世話になります」
脱穀作業からの袋詰め。一連の作業が全て終わった次の日。商人が荷馬車を引き連れて、クレアさんの家の前にやってきた。
「それでは、麦一袋2000フォルでの買い取りとなります」
「はい。それでよろしくお願いします」
商人さんとクレアさんの、そんなやりとりを聞きながら、あたしとフィーリは麦袋を荷馬車へと運び込む。確か50袋くらいあったから、ここ一年の労働の対価が10万フォルってことね。
冬の間は他の仕事もしてるかもだけど、農家も楽じゃないわねー。
「……あれー?」
その後、黙々と作業を続けていると、あることに気づいた。
「ちょっと、これ以上に馬車に乗らないんだけど」
ぎゅうぎゅうになった荷台を指差しながら、商人に告げる。まだ麦袋は全体の半分くらいしか乗ってないけど、これ以上は過積載になる。
「いやいや、今年は思いのほか豊作だったのですね。余所の農家さんを回ってから、半月後に再びやって参りますよ」
後ろ頭を掻きながら言う。ちょいまち。半月後!?
「半月も置いといたら、麦の品質が悪くなるじゃない!」
「ええ。その時は買い取り価格も下がりますね。申し訳ありませんが」
「分かってるんなら、もっと早く買い取りに来なさいよ! こっから街まで、二日もあれば往復できるじゃない!」
「そう申されましてもねぇ。農家の皆さん、順番待ちをされているのですよ。こちらも商売なので、勘弁してください」
腰が低く、やわらかい口調だけど、譲らない所は譲らない。いかにも商人って感じ。クレーマー慣れしてそうね。
……あたしはその後も食い下がったけど、「あの、もういいです」とクレアさんに言われ、押し黙るしかなった。ぐぬぬ、これじゃ、骨折り損じゃない。
○ ○ ○
「それでは、また半月後に来ますので」
気持ち悪いくらいヘコヘコしつつ、商人さんは荷馬車と共に去っていった。当然、麦の代金は半分しか支払われなかった。
「あの商人さん、ガンコですねぇ」
母屋に併設された、大量の麦袋が残された倉庫に足を踏み入れると、フィーリが憤りを隠さずに言う。さすが毒舌。
「ところでクレアさん、この買い取ってもらえなかった麦はどうするの?」
「そうですねぇ。半月も放置していたら虫もつきますし、乾パンにでも加工して、自分たちで食べるしかないですね」
クレアさんは困った顔で言う。いくらなんでも、一人暮らしでこの量は無理でしょうよ。
「そうです! どうせなら、パンを焼いて売りましょう!」
その時、フィーリが拳を突き上げながら言った。農家直営店のパンとか、確かに人気が出そうだけど……。
あたしは思いながら、倉庫の窓から外を見る。近くに街道が通っているとはいえ、それ以外は見渡す限りの麦畑。
「いい考えだとは思うけど……こんな、いつ人が通るかわからない場所で商売するの? さすがに厳しいんじゃない?」
「むー、そこまで言うなら、メイさんが何とかしてくださいよー。錬金術師でしょう?」
「なぬ?」
フィーリは不機嫌そうにジト目で言い、『錬金術師』を強調した。ほほう。そこまで言われて黙ってたら、錬金術師の名が廃るわね。
○ ○ ○
……その後、パン作りはクレアさんとフィーリに任せ、あたしは周辺調査のために街道に出ていた。うまくフィーリの口車に乗せられた気もするけど、今更。
クレアさん曰く、この街道をまっすぐ進めばやがて海に出ると言う話。それなりに人の往来はありそうなもんだけど。
「でも言い換えれば、船の発着時間以外は人が通らないってことよねぇ……」
当初は、ここに良い感じのお店を設置できたら……なんて思ったけど、思った以上に道も狭い。朝のような荷馬車が通ることを考えたら、大きな店舗は無理そう。人を置くのも大変かも。
だとしたら、無人販売所? なんて考えが浮かんだけど、それこそイノシシや野鳥の格好の的。運よく人がやってきたとしても、周囲は無人。きちんと代金を払ってくれるかもわからない。
「むー、なーんか思いつきそうなんだけどなー」
パンが無人で安全に販売できて、野生動物に狙われる心配もない、頑丈な販売所……。
……ちょっと待って。そーいうの、元の世界で散々見た気がする。なんだっけ。思い出せ、あたし。
「そーよ! 自動販売機!」
思わず叫んでしまった。その声に驚いたのか、街道の向こう側に広がる麦畑から無数の野鳥がバサバサと飛び立った。
そーいえば、一時期パンの缶詰を売る自販機が流行ったじゃない。イメージはあんな感じ。
あたしは路肩に座り込んで、パラパラとレシピ本をめくる。しばらく検索した末、見つけた。全自動無人販売機。これよこれ。あたしが探し求めてたのは。
描かれたイラストによると、一種類の品物しか置けない、本当に初期の自動販売機みたい。できたら三種類くらい販売したかったけど、贅沢は言ってられない。どんなものか、まずは作ってみよう。
「素材は……必要量が多いものから順に、鉄、エルトニア鉱石、錬金ガラス、液体金属、妖精石……」
この世界においてはオーバーテクノロジーっぽい品だけに、必要素材も多い。いくら素材分解機能を使っても、そろそろ足りなくなりそう。特に、液体金属とかさ。
「よーし、これで完成!」
その後、一部の使用頻度の低い道具を素材分解したり、なんとか素材をやりくりして自動販売機を完成させた。おお……えらく立派なのができたじゃない。
完成した自販機は元の世界顔負けにどっしりとした代物で、それこそレッカー車でも持ってこないと運べないくらい重たそう。
しかも、鍵をこじ開けようとしたり、本体に衝撃を与えたら電流が流れるらしい。防犯能力も完璧っぽい。
錬金ガラス製の扉がはめ込まれた上部は中が空洞になっていて、ここに商品を入れるらしい。お金の投入口と、商品の購入ボタン、商品の取り出し口が一つずつ。おつりの取り出し口がないけど、ここが技術力の限界っぽい。
「ふむふむ。この一緒に錬成された鍵で上のガラス扉を開けて、商品をセットするわけね。どれ、ちょっと試してみましょ」
あたしは容量無限バッグから適当にポーションを引っ張り出し、内部の商品棚にセット。商品の値段は100フォルに設定しておいた。
そしてガラス扉を閉めて、少しだけワクワクしながら投入口に100フォルを投入。購入ボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます