第三十四話『麦畑の中の一軒家・その③』
「あっちです。向こうの方から変な声がしてました」
玄関先に立つフィーリが、闇の中を指差す。あっちって、麦畑の方よね。
あたしは万能地図を開き、索敵モードにする。魔物や人が隠れていても、これですぐにわかるのだけど……周囲にあたしたち以外の人の姿はない。収穫時期を狙った麦泥棒……という線は消えた。
「身の危険を感じたら、素早く家の中に入るのよ」とだけフィーリに伝え、あたしは声がしたという方角へ慎重に歩みを進める。
直後、麦の藪からガサガサと音がした。なんかいる。万能地図に引っかからない、何かが。
……まさか、幽霊?
そんな考えが頭に浮かび、背筋が寒くなった直後、一層音が大きくなる。あたしは「ひっ」と小さく声をあげ、身構える。
「ぷぴー、ぷぴー」
……次の瞬間、麦の壁をかき分けてきたのは……数匹のウリボウ。つまりは、猪のこども。
「やーん、かわいいー」
予想外の来客に、あたしも頬が緩む。この子たち、警戒心ないのかしら。わー、足にスリスリしてくれてるー!
って、まずいまずい。あまりの可愛さに我を忘れそうになってた。動物なら、万能地図の索敵モードに引っかからないのも納得よね。
「メイさん、どうしたんですか?」
あたしの様子を見て、フィーリが不思議そうな声を出していた。「それがねー」と、フィーリの方を振り向き、すっかり油断していた、その時。
「うわお!?」
再び麦の藪が動き、今度はとてつもなく大きな猪が飛び出してきた。あたしは反射的にジャンプし、その突進攻撃を回避する。履いてて良かった飛竜の靴!
「ぎゃーー! お母さんイノシシ出たーー!」
空中で叫び、フィーリには家の中に戻るように指示を出した。その後、あたしは家の壁を伝って安全地帯の屋根まで逃げ延びる。
「びびったー」
屋根の上でほっと一息。今更だけど、ウリボウがいるんなら、その親がいるのも当然よね。子どもにちょっかい出されたと思って、怒ってるのかしら。
眼下に見えるイノシシは興奮し、麦畑の中を縦横無尽に走り回っていた。うわあ。
「こらー! 走り回るなー! せっかくの麦がダメになるでしょー!」
思わずそう叫ぶけど、聞き入れてくれるはずもなかった。まさに猪突猛進。どうしようあれ。
「むむむ……かくなる上は!」
あたしは容量無限バッグから爆弾を取り出して……直後に思い留まった。いやいや、さすがに畑の真ん中に投げ込むわけにはいかない。究極の錬金釜で作った爆弾の威力は超一級。爆発させれば、間違いなく甚大な被害が出る。主に麦に。
「爆弾は論外ね。被害を最小限にしつつ、大人しくなってもらう方法がないかしら」
屋根の上でレシピ本と錬金釜を取り出して、頭をフル回転させる。
まっすぐ突進してくるわけだし、足を攻撃しちゃう? いやいや、それするとお母さんイノシシも無事じゃ済まないし、残されたウリボウたちが大変になるじゃない。うーん、うーん。
あーだこーだ悩んでいる間にも、麦は無残に薙ぎ倒されていく。ええい、もう一刻の猶予もない! やりたくなかったけど、これを使おう!
そう腹を決めて、容量無限バッグから時の砂時計を引っ張り出すと、あたしは地上へと舞い戻る。
「さー、ばっちこい!」
その姿を視界に納めるや否や、お母さんイノシシは鼻息荒く、あたしに向けて突進攻撃を仕掛けてくる。暗闇の中、轟音とともにその巨体が迫ってくる。
「見えた! うりゃあ!」
飛竜の靴で機動力を上げたあたしは、まるで闘牛士のようにお母さんイノシシの攻撃をひらりとかわす。
そしてすれ違いざまに、時の砂時計を発動させる。えーい! ちっちゃくなれー!
「……ぷぴ?」
あれよあれよと言う間に、お母さんイノシシは他のウリボウと区別がつかないくらいにちっちゃくなってしまった。先程までの迫力はどこへやら。やーん、やっぱりかわいいー。
「ぷ、ぷぴー!」
自分の容姿に驚いたのか、お母さんイノシシはぷぴぷぴ鳴きながら逃げ去っていった。子どもたちも慌ててその後を追っていく。
びっくりさせてごめんねー。30分すれば元に戻るから、少しの間、我慢してね。
「メイさん、ありがとうございました」
猪の親子を撃退して家の中に戻ると、クレアさんがそうお礼を言ってくれた。
「この辺りにはよく出る猪です。最近姿を見ないと思っていましたが、子どもを産んでいたんですね」
「一応追い払ったけど、また来るかもしれないわよ」と伝えると、「猪は臆病な生き物ですから、一度怖い目に遭った場所には数ヶ月間近づきません。大丈夫ですよ」とのこと。
そうなのね。それなら収穫シーズンの間は安全そう。あれだけ暴れてたから、畑にどれだけの被害が出てるかはわかんないけどさ。
○ ○ ○
その翌日。
幸い畑の被害は少なく、昼前には収穫作業が終わった。
本来ならその後、麦穂を乾燥させてから脱穀作業に移るらしいけど、今回は買い取り業者が来るまで時間がない。
品質低下もやむなし。急ピッチで脱穀作業を進めることになった。
「この尖った部分に穂先を引っかけて取るんです。こうして、こうです」
一晩経ち、足の怪我もだいぶ良くなったクレアさんが脱穀のやり方を教えてくれる。一応それっぽい道具を使うんだけど、これで脱穀してたら、文字通り日が暮れそう。
というわけで、ここは全自動脱穀機を作ることにした。てゆーか脱穀機のレシピ、あるわよね!?
あたしは祈るような気持ちでレシピ本をめくる。そして見つけた。全自動脱穀機。
レシピ本に描かれたイラストは、まるで昭和の時代に使われてそうな見た目。だけど材料もシンプル。鉄、テンカ石、風車草、妖精石、それに麦。麦がすごく浮いてる気がするけど、サンプルとして取り込むのかしら。
あたしは疑問に思いながらも、素材を錬金釜へ投入する。麦は目の前にあったのを数本拝借。これで作業効率が格段に上がるんだから、ちょっとくらい良いわよね。
「よーし、全自動脱穀機の完成!」
やがて錬金釜の虹色の渦の中から、大きな機械が飛び出してきた。おお、これはすごい。鉄の消費量、半端ないなーと思ってたけど、えらく大きなのが出てきた。
「ふむふむ。ここに刈り取った麦を放り込むと、こっちから脱穀された籾麦が、こっちから残った藁が出てくる仕組みね」
脱穀だけじゃなく、風車草で風を起こして風選してるわけ? うまく説明できないけど、自走しないコンバインみたいな感じなのねー。
「……一瞬で脱穀できるなんて、錬金術はすごいですね」
普段、先の道具で過酷な脱穀作業をしているらしいクレアさんが目を見開いていた。フィーリも不思議なのか、「どんな仕掛けになってるんですかねぇ」と、籾麦の排出口を覗き込む。
「これで格段に早くなるわよー。ちゃちゃっと終わらせましょー」
そんな二人に完成した機会を誇るように、あたしはそのスイッチを押したのだった。
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