第三十三話『麦畑の中の一軒家・その②』
「それじゃあ、調合スタート!」
あたしは収穫作業の前に、その場で『全自動草刈り鎌』を作ることにした。
だいぶ前に一度作ったけど、今回は本格導入ということで、10本の大量調合をする予定。
材料は先日メノウの森で大量採取した妖精石と、この家の納屋にあった鎌たち。
鎌はどれも手錆びてボロボロだったので、物は試しと時の砂時計で新品状態に戻し、錬金釜に放り込んでみた。
「あれっ?」
だけど、その鎌たちはすぐさま錬金釜から吐き出されてしまった。どうやら、この砂時計で時間を操作したものは素材として受け付けてくれないみたい。
「よくわかんないけど、そーいうもんなのかしらねぇ」
戻ってきた鎌を見ながら、あたしはため息交じりに呟いた。さすがに無理かぁ。残念。
仕方ないので、時の砂時計の効果が切れるのを待ってから、改めて鎌と研磨剤、それと妖精石をセットにして究極の錬金釜に放り込んだ。
一瞬の間を置いて、今度はピッカピカの鎌が吐き出された。さっそくメノウの街で採取した妖精石が役立ったわねー。
「準備もできたし、麦刈り、始めるわよー!」
「おー!」と、隣のフィーリが元気な声を返してくれた。そんなあたしたちの左右には調合したばかりの草刈り鎌たちが元気に並び、背後には数体の自律人形が控える。とりあえず片っ端から切り倒して、自律人形たちに運んでもらいましょ。
ということで、それからは無心で収穫作業を行う。根が抜けないように押さえて、引くように鎌を動かして麦を刈り取る。クレアさんから教わった収穫方法を忠実に守り、ひたすらに麦穂を切りながら直進していく。
だけど、進めど進めど金色の壁。慣れない作業ということもあり、その日は丸一日、収穫作業に費やした。
○ ○ ○
「こ、腰が……あいたたた」
……畑の半分ほどまで収穫したところで日が沈み、今日の作業は終了。
帰宅したあたしたちはあてがわれた部屋のベッドに倒れ、疲労困憊だった。中腰の作業が続いたから、腰が痛い。
「フィーリ―、湿布貼ってー」なんて情けない声を出すも、隣にフィーリの姿は無かった。
……あれ? どこいったのかしら。さっきまで隣で倒れてたのに。
重たい体を起こすと同時に、台所から「メイさん、ごはんですよー!」と、フィーリの元気な声がした。
不思議に思いながら台所へ向かうと、エプロン姿のフィーリが鍋を運んでいた。
その傍らには椅子に座ったまま料理をしているクレアさんの姿もある。どうやらフィーリは足を怪我しているクレアさんを手伝っていたみたい。
あの子も一緒に収穫作業手伝ってたのになぁ……と、なんとなく気まずい気持ちになりながら、食卓へと足を運ぶ。
「今日はありがとうございました。たくさん食べてくださいね」
同じ食卓に着きながらクレアさんが言って、鍋からシチューをよそってくれた。玉ねぎとジャガイモ、ニンジンが入ったシンプルなシチュー。すごくおいしそう。
「パンもありますよ! これもクレアさんのお手製だそうです!」
フィーリが大きなバスケットをどん、とテーブルに置く。小麦農家のお手製パン。これまたおいしそう。
「それでは、いただきましょう」
最後にエプロンを外したフィーリが席に着いたところで、三人で挨拶をして食事を始めた。
「窓からずっと見てましたけど、あれだけの速さで収穫作業が進むなんて思いませんでした。錬金術、すごいですね」
「ありがとー。もっと褒めて―」
調子に乗って、ついそんなことを口走る。いけないいけない。錬金術を披露しつつも慎ましい錬金術師。それがあたしなのに。
「むー」
あたしが褒められているのを見ながら、パンをかじるフィーリが不服そうな顔をする。それを見て「フィーリちゃんも頑張ってたわよ。お料理手伝ってくれて、ありがとう」と、フォローしていた。
なんにしても、この調子なら明日には収穫作業を終えられそうだし。しっかり体力つけとかないとねー。
心の中でそう呟いて、あたしは二つ目のパンに手を伸ばした。んー、パンもシチューも最高。この二つ、どうしてこれだけ合うのかしら。白米派のあたしでも、この組み合わせだけは容認しちゃう。最高。
○ ○ ○
……夕食を済ませた後は、それぞれの部屋で過ごす。
フィーリはあたしの腰に湿布を貼ってくれた後、先日買い与えた魔導書を読んでいた。真剣な表情で読んでるし、なんだかんだで魔法使いなのねー。
あんまり根詰めないのよー、とだけ伝え、あたしはベッドに入る。明日も朝早いし、そろそろ寝ようかしら。
……なんて考えていた矢先、クレアさんから呼ばれた。なんだろ。まさか、今日の収穫作業でヘマでもしちゃった?
ひょっとして、怒られるのかしら……なんて思いながら、あたしは彼女の部屋へと足を運んだ。
「メイさんも疲れているでしょうに、こんな時間にごめんなさいね」
部屋にお邪魔すると、自室のベッドに座る彼女は髪を降ろしていて、その長い銀髪が室内を照らす蝋燭の仄かな明かりを反射していた。なんか、幻想的。
「いえいえー」
あたしは笑顔で返しつつ、近くにあった椅子を引き寄せて、彼女の対面に座る。
「それであのー、昼間の作業でミスでもありました?」
「え? いえいえ、そう言うわけじゃないんです。少し、フィーリちゃんのことが知りたくて」
「へっ、フィーリ?」
思いもよらない名前が出てきて、一瞬困惑する。
「はい。メイさんがあの子と出会った時のことを知りたいんです」
心なしか、前のめりになってきた気がする。うーん、フィーリのことねぇ。
どこまで話したものかと悩んでいると「あの子、奴隷だったと聞きました」と、真剣な表情で言い添えた。もしかして料理の時、本人から多少の話は聞いたのかも。あの子、その辺の話題は気にせず口にするタイプだし。
「そうねぇ……」
そこまで知っているのならと、あたしはフィーリと初めて出会った時のことを中心に、クレアさんに話して聞かせることにした。
「そう……あんな小さな子が旅をしていると聞いて妙だと思ったのですが、そんな理由があったのですね」
クレアさんはあたしの説明に納得した様子で、口元に手を当てながら、うんうんと頷いている。
スローライフ仲間だとか、色々な理由をつけてるけど、世間的に見れば、あたしがあの子を引き取ってるわけだし。
「……メイさん、わたしに一人娘がいたという話はしましたよね?」
言われて思い出した。この家に着いた時、そんな話を聞いた気がする。旦那さんは亡くなっているらしいけど、その娘さんはどうしたんだろう。
「あの子、フィーリはもしかしたら……」
……そこまで話した時、部屋をノックする音が聞こえた。この状況でノックをするのは、一人しかいない。
思わずクレアさんの顔を見ると、「この話はまた今度」とでも言うかのように、口に指を添えていた。
そして一呼吸置いて、「どうぞ」と、クレアさんが声をかけると、ゆっくりと扉が開いて、予想通りにフィーリが顔を覗かせる。
「あ、メイさんもここにいたんですね」
「そうよー。どうしたのー?」
「外から変な声がするんですけど」
「変な声?」
次の瞬間、あたしとクレアさんの声が重なった。
何かしら。もしかして、泥棒?
あたしは一抹の不安を感じながら、フィーリとともに外の様子を見に向かったのだった。
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