第三十二話『麦畑の中の一軒家・その①』
あたしは旅する錬金術師メイ。
時の砂時計騒動の後、あたしとフィーリはメノウの街を後にして、街道を北上していた。
眼下に見える細い道の左右には、広大な麦畑。陽射しを受けて、きらきらと黄金色に輝いている。
「ちょうど収穫前なのかしら。すごいわねー」
思わず呟く。風が吹くたびに波打って、まるで大海原のよう。その波間にぽつりぽつりと、人家や風車が見える。
それがまたアクセントになって、この風景をより幻想的にしていた。
「メイさん、これだけ生えてたら、少しくらい貰っちゃっても誰も気づかれないんじゃないですか?」
「せっかく景色に見とれてたのに、水を差すようなこと言うんじゃないの。どれも農家の人が大切に育ててるんだから、勝手に採取しちゃ駄目よ」
絨毯で飛ぶあたしの隣にほうきを寄せてきたフィーリが、冗談とも本気ともつかぬ口調で言った。思えば、ゲームとかで人の家のタンス漁ってアイテムゲットしたりするけど、あれって犯罪よね。
「……うん?」
主人公は勇者とかだし、皆見て見ぬふりしてたのかしら……なんてどうでも良いことを考えていた時、前方に人がうずくまっているのを見つけた。
「フィーリ、ちょい待ち!」
「え、どうしたんですか?」
横を行くフィーリに声をかけて、あたしはゆっくりと高度を下げる。女の人だ。見た目は二十代か、三十代前半。周囲の金色にも劣らない綺麗な銀髪を、後ろで結っている。
「あのー、大丈夫ですか?」
絨毯から降りつつ、出来るだけ優しく声をかけるも、女性は「あいたたた……」と、足首を押さえて呻くだけ。どうやら怪我したばかりみたい。
「フィーリ、回復魔法!」
「ええっ、使えませんよ!? 専門外です!」
……そうだった。この子、攻撃魔法専門だったわ。
「え?」
その時、痛みに呻いていた女性がようやく顔を上げた。
気づいてもらえたところで、「大丈夫ですか?」と、もう一度尋ねる。その後の話によると、重い荷物を運んでいてバランスを崩し、足を挫いてしまったそう。
「それはお困りでしょう。怪我の応急処置しますから、足を見せてください」
あたしは言って、容量無限バッグから湿布を取り出す。随分前に調合したものだけど、使用期限は大丈夫よね。
「あ、ありがとうございます。貴女は商人さんですか?」
「いいえ。旅の錬金術師です。錬金術師のメイです」
女性の足に湿布を貼りながら、そう答える。ついでに自己紹介もしておいた。
「メイさんというんですね。そちらの女の子も錬金術師なんですか?」
「いえ! わたしは落ちこぼれ魔法使いのフィーリです!」
フィーリもあたしに続いて自己紹介を済ませる。笑顔で落ちこぼれを強調しないの。女性のほうは「まぁ、魔法使い様」なんて、気にも留めてない様子だったけど。
「わたしはクレアといいます。この街道沿いで農家をしているのですが、買い出しから戻る途中、見ての通り足を痛めてしまいまして」
苦笑するクレアさんの傍らには、大きな麻袋が置かれていた。本当に重そうな荷物だけど、これ持って街から歩いてきたの?
「応急処置したところで、この荷物持って歩くのは無理ですね。ご自宅までお送りしましょう」
あたしは言って、宙に浮かぶ絨毯を差し示す。クレアさんはきょとんとして、「このラシャン布、どうして浮いているんですか?」なんて質問してきた。説明すると長くなるから、早く乗って。
○ ○ ○
その後、空飛ぶ絨毯初体験のクレアさんのため、できるだけ低く飛び、ゆっくりと移動した。
それでも歩くよりかは圧倒的に速いし、何より足への負担は皆無だった。それで痛みも多少楽になったのか、クレアさんは移動中は饒舌になり、フィーリも交えた三人でお喋りに花を咲かせた。
そのおかげか、当初はどこかあたしたちを警戒していたクレアさんも次第に打ち解けて、あたしもいつの間にかタメ口で話すようになっていた。向こうの方が年上のはずなのに、不思議ねー。
……それから30分ほどかけてクレアさんの家へと到着した。さすが農家だけあって、建物が大きい。母屋の他に、離れや、倉庫のようなものも見える。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえいえー」
申し訳なさそうに言うクレアさんに肩を貸しながら家の中へ足を踏み入れる。広い母屋に誰か家族がいると思いきや、彼女は一人暮らしなのだそう。
「夫は7年前に亡くなっていまして。娘がいたのですが……あ、初対面の方にお話しする内容ではなかったですね」
彼女は一瞬しまったという表情をしてから、木製の椅子に腰を下ろす。言われてみれば、このテーブルセットにも普通サイズの椅子が2脚に、明らかに子供サイズと思われる小さな椅子が1脚ついていた。その時の名残なのね。
「ぐぬぬぬぬ……お荷物、ここに置きますねー」
あたしたちの後ろをついてきたフィーリが、絨毯に乗せていたクレアさんの荷物を引きずりながら運んでくる。ちょっと、袋が破れたらどうするのよ。
「随分重そうねー。何か買い出し?」
「ええ。農具をいくつか。そろそろ麦の収穫時期なので」
なんとなく聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。加えて、「三日以内に収穫しないといけないんですが、この足では間に合うかどうか」とも。
「麦って、そんなに早く刈らないといけないんですか?」
その話を聞いて、フィーリが窓の外に広がる麦畑を見ながら言う。
「そう言うわけではないのですが、三日後に商人さんが荷馬車で麦を買い付けに来る予定になっているんです。できたら間に合わせたいのですが……」
「間に合わなかったら、どうなるの?」
「他の農家さんも買い取りを待っているので、その場合は後回しになりますね」
クレアさんは苦笑いしながら言う。麦にも鮮度があるし、古くなれば古くなるほど、当然その価値は下がる。売却価格が低下すれば、それは農家の収入に直結するわけで。
「そうねぇ……じゃあ、あたしたちがその収穫作業、手伝ってあげるわ」
そこまで話を聞いて、「それでは、さよなら」というのも後味が悪いし。あたしは自然とそう口にしていた。
「え、いいんですか?」
「あたしは錬金術師だし、採取作業には慣れてるから大丈夫よ」
あたしは胸を張ってそう答える。隣のフィーリも「そうですよ! 収穫作業はメイさんにお任せです!」なんて笑顔で言ってくれた。
「……って、フィーリ、あんたも手伝うんだかんね?」
「わ、わかってますよぅ……」
そう言い添えると、フィーリはどこか思惑が外れたような顔をした。そんな彼女を引っ張って、あたしは麦畑の様子を見てみることにした。
○ ○ ○
「うーわー……」
目の前に広がる光景に、あたしは感嘆の声を漏らす。
見事に育った麦はまるで黄金の壁だった。やけに背が高いけど、そういう品種なのかしら。
「これ、どこまでがクレアさんの畑なの?」
母屋の窓から顔を出すクレアさんに尋ねると、「向こうに木が見えるでしょう?」と、麦の壁のはるか向こうを指し示す。
目を凝らしてみれば、金色の海の中に辛うじて枝のようなものが見えるような。
「もしかして、あそこまで!?」
「はい。あそこまでです」
「ひっろぉ!?」
あたしは叫んでいた。あの木まで何百メートルあるのよ。
てゆーか、本来はこの畑を一人で収穫してたわけ!? ありえない。
思わず立ち尽くしていると、髪を結って、農家スタイルになってきたフィーリが鎌を手にやってきた。
これはあたしも気合を入れるしかないと思い、錬金釜を取り出したのだった。
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