第三十一話『時の砂時計騒動・その②』




「ふっふっふっ。そーですかー。ちっちゃい方が可愛かったと」


 次の瞬間、フィーリが悪戯っぽい表情であたしを見て、時の砂時計を構える。え、あのちょっとフィーリさん? 何をする気? おやめあそばせ。


「それーーー!」


 嫌な予感がした直後、フィーリがあたしに向けて砂時計を振り下ろした。ヤバイと思って逃げようとするも、時すでに遅し。時の砂時計だけに。


「ひゃあぁぁーーー!」


 その砂時計の効果で、あたしの背はぐんぐん縮む。すぐに服のサイズが合わなくなり、その裾を踏んづけて思いっきり転んだ。


「う、嘘でしょおぉぉ!?」


 起き上がったあたしはまず自分の両手を見て、次に鏡を見やり、叫んだ。


「ちっさ! 元のフィーリよりちっさ!」


「10年分時間を戻してみました! 気分はどうですか?」


「いいわけないじゃないの! うう、限界まで使うなんてひどい……」


 必死に起き上がるも、服が重い。襟元の狭い服だから脱げちゃうことはないけど、とにかく動きづらい。


 見た目は子ども! 頭脳は大人! その名は、メイ……みたいな?


 ……って、そんな悠長なこと考えてる場合じゃない!


「フィーリ、やってくれたわねぇ! 時の砂時計、没収よ!」


「ふふーん、取れるものなら、取ってみてください」


 ずるずると服を引きずりながら近づくも、フィーリは得意げに言って、砂時計を頭上高く掲げた。


「うわーん! 届かなーい!」


 7歳のあたしと、17歳のフィーリ。その身長差は明らか。必死にジャンプするけど、服の重さもあって勝負にならない。


「なんの! 飛竜の靴で機動力あげて、取り返してやるんだから!いでよ!飛竜の靴ーーー!」


 普段から腰につけている容量無限バッグは紐のサイズが合わなくなって床に落ちてたけど、その中を漁ることはできる。


 あたしは身体能力で対抗するのを諦めて、錬金術に頼ることにした。


「って、ブカブカじゃないのーーー!」


 やっとのことで引っ張りだした飛竜の靴は、サイズが大人サイズのままだった。これじゃあ履けない。


「あっはははは!」


 そんなあたしを見て、フィーリがお腹を抱えて笑う。あーーーもーーー! 悔しい―――!


 怒りに任せて地団太を踏んでいると、「あの……お客様」と、声が聞こえた。


 二人して声がした方を見ると、部屋の扉が僅かに開けられ、宿屋の亭主が顔を覗かせていた。


「別室のお客様から、この部屋が騒がしいと苦情が寄せられまして……んん?」


 そこまで申し訳なさそうに言ったところで、亭主が固まった。そして、あたしとフィーリを交互に見る。受付時に比べ、あたしたちの容姿があまりに変わっているから混乱してるっぽい。


「え、えーっと、これはですね」


 入り口近くにいたフィーリが振り返り、わたわたと両手を振りながら対応する。正直に理由を話したところで信じてもらえないだろうし、どうするのかしら。


 ……その時、フィーリが持っていたはずの砂時計がテーブルの上に置かれているのに気がついた。急に話しかけられて、砂時計への注意が疎かになったのね。


「スキあり!」


「あ!」


 そのチャンスを見逃さず、あたしはテーブル上の砂時計をひったくる。それに気づいたフィーリが手を伸ばすけど、あたしの方が早い。


「これは没収!」


 あたしは奪い取った砂時計を即座に容量無限バッグに放り込んだ。これなら、もう誰も手出しできないでしょ。


 その様子を見て、「あー、面白い道具だったのに―」と、フィーリは肩を落としていた。


 調合した道具は基本、誰でも扱えるんだけど、この砂時計は影響がありすぎて危険だわ。極力使わないようにしましょ。


 ○ ○ ○


 ……それから亭主に事情を話し、「30分したら元に戻りますので!」と押し通して、強引に納得してもらった。


 亭主はあたしたちの話を全く理解できていない風だったけど、30分経ったら元に戻るのは間違いないんだし、嘘は言ってないわよ。




「はあぁぁ……」


 ようやく静粛が訪れた部屋で、あたしとフィーリはお互いのベッドに腰かけながら、二人してため息をついた。


 元に戻るまで、あと10分くらい。この時間、お腹空いた時のカップ麺以上に長く感じるわねー。


 容量無限バッグを抱え込みながら、ふと冷静になって、「この砂時計、万一を考えて素材に分解しといた方がいいかもねー」なんて呟くと、「えー、分解しちゃうんですかー? 勿体無いですよー」と、フィーリが心底残念そうな声を出した。


 続けて、「せっかく面白い使い方、思いついたですのに」と、言い添える。


「まったくもー、今度は誰を小さくするのよ」


「違いますよ! ほら、収穫が終わったオレンジの木の時間を一年進めれば、また収穫できたりしません?」


「あー、それ、確かにいけるかも」


 フィーリの例えに、はっとなる。


 時間操作系の道具は危険なイメージがあるけど、その使い方は面白いかも。


「ありがとねー。参考になったわ」


 あたしはフィーリにお礼を言って、ベッドに横になる。


 砂時計の効果で時を進めて、再収穫したオレンジの実が30分後にどうなるのか、ちょっと気になる。


 ……やっぱり、ぱっと消えちゃうのかしら。調理したり、食べちゃった場合は? 錬金術の素材にはできるのかしら。


「これは色々、検証し甲斐がありそうねー」


 小さく呟くと、聞こえていたのか、「……やっぱりメイさん、新しい玩具をもらった子供みたいです」なんて、一足先に元の姿に戻ったフィーリが言った。


 いいじゃない。楽しいものは楽しいんだから。


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