第二十四話『吸血鬼の街にて・その④』
……そんなこんなで、吸血鬼の街、滞在二日目。
元々疲れていたのもあって、あたしは夕方まで寝ていた。夕日を朝日と一瞬だけ勘違いしつつ、もそもそと万能テントから這い出る。
「あー、なんか昼夜逆転って感じ。吸血鬼一家と一緒に生活してるし、しょうがないけどさ」
万能テントを容量無限バッグにしまい込み、夕日に向かって伸びをする。この調子だと、もうすぐ夜ね。何か忘れてる気がするけど。
「日が沈まないとブラッドさんたちは起きてこないだろうし、朝食前に作業しておこうかしらねー」
言って、錬金釜を設置する。昨日のうちに作った人工血液は、数えてみたら63本あった。残りは37本。素材はあるし、一気に終わらせるわよ!
○ ○ ○
「おはよう。早い時間から精が出るね」
「うわぁお」
すっかり日が暮れた頃、突然目の前に現れたブラッドさんに声をかけられて、あたしは跳びあがる。
古来から闇に紛れ、人を襲って血を吸ってきた者の名残なのか、本当に気配を消すのが上手いわね。
「お、驚かさないでよ。頼まれてた人工血液、もうすぐ全部作り終わるからね」
「さすがだね。これでしばらくは安心だ」
あたしが指差した先で山積みになった人工血液のパックを見て、安堵の表情を見せる。
「それより、あたしとの約束、忘れてないでしょーね」
「ああ。もちろん覚えているよ。後で牙を用意しておこう」
言った後で、「ところで、吸血鬼の牙なんてなんに使うんだい? やっぱり、錬金術の素材かい?」と、尋ねてくる。
「いや、それがねー」
……その理由を話そうとした時、闇夜の中を、猛烈な速さで何かが近づいてくる気配がした。
「ほっ!」
ほぼ気配を感じさせない吸血鬼たちを相手にしていたせいか、その接近にすぐ気づくことができた。あたしはとっさに見えない盾を展開する。
「メイさーーん! 助けに来ましたよ――! へぶっ!?」
なんか聞いたことある声だなーと思った直後、べちゃっと音がして、見えない盾に何かがぶつかった。見ると、フィーリが地面に転がっていた。
「え、フィーリ?」
乗っていたらしいほうきが傍に落ちていて、当の本人は完全に目を回していた。見えない盾に全速力でぶつかったら、そりゃ気絶するわよ。
「えーっと、その子は知り合いかい?」
突然の来訪者に困惑するブラッドさんに、あたしはフィーリとの関係を簡単に説明する。そーいえば、二日目の夜になっても戻らなかったら応援に来て……なんて、別れ際に伝えていた気がする。すっかり忘れてた。
○ ○ ○
気絶したフィーリを家の中へ運び、気付け薬代わりのポーションをぶっかけてあげる。すると、僅かに身じろぎした後、目を開けた。
「ぎゃああああ!?」
同時に、耳をつんざくような叫び声をあげた。原因は単純明快。フィーリを心配した吸血鬼一家が、その顔を覗き込んでいたから。
「消し飛ばす―――!」
完全に動揺したフィーリは、あたしが護身用に持たせていたカード……属性媒体を懐から取りだし、全身に赤いオーラを纏わせる。
「ストーーーップ!」
あたしはフィーリに抱きつくようにして、その手にあった属性媒体をひったくり、破り捨てる。ぷすん、という音がして、フィーリのオーラが消えた。危なかったぁぁぁ。
○ ○ ○
「本当にごめんなさい」
落ち着いた後、フィーリは吸血鬼一家に対して土下座をしていた。どっかで見た光景ねコレ。
「この人たちはいい人なのよ。見た目で人を判断しちゃいけないって、いつも言ってるでしょ」
あたしはそう言ってフィーリを咎める。そー言うあたしも、最初は見た目で判断しそうになったけどさ。
「まぁまぁ。話を聞けば、メイさんのことを思っての行動だと言うじゃないですか。そう怒らないであげてください」
「そうよ。その年で魔法使いだなんて、立派だわ」
ブラッドさんとエミリアさんがそう言って、朗らかな笑顔を見せる。うーん、本当にいい人たちだわ。
「むー、二日目の夜になっても戻らなかったから助けに来いと言ったのはメイさんなのに! なにスローライフ堪能してるんですか!」
「ごっめーん。すっかり忘れてた」
「かわい子ぶっても駄目ですよ! わたしは怒ってるんですから! ぷんすか!」
ぴょこぴょこと飛び跳ねて怒りをあらわにするフィーリを微笑ましく見ていると、両親の後ろからヘカテリーナちゃんとリオン君が顔を覗かせていた。
そーいえばあの二人、フィーリと年も近いし、いい友達になれるんじゃないかしら。
「この子、あたしの連れなの。大丈夫。取って食ったりしないから」
ちょいちょい、と手招きをして、フィーリと子どもたちを引き合わせる。あの子たちも人懐っこいし、きっとすぐ仲良くなれるわよ。
○ ○ ○
「……メイさん、こちらが吸血鬼の牙です」
それからフィーリと子供たちが打ち解けるのを見ていたら、ブラッドさんがそう言って布袋を手渡してくれた。
「えーっと、頬が腫れてるけど大丈夫?」
「吸血鬼とはいえ、痛みは感じますから。歯医者で麻酔なしで歯を抜くのを想像してみてください」
「やめて、痛々しい」
思わず顔を背けると、奥の方に笑顔でペンチを持つエミリアさんが見えた。たぶん、あの人がやったのかしら。
「でも、これで滋養強壮の薬が作れるわ。ありがとねー」
中味を直接見る勇気はなくて、布袋を掲げながらお礼を言うと、「こちらこそ、助かりました」と、満足顔だった。あたしも人工血液100本作るの、大変だったわー。
ちなみにフィーリ曰く、ミズリは意識を取り戻して、今は自室で静養しているらしい。
急を要する状況じゃないとわかり、一安心する。調合した薬は明日、朝一で届けてあげればよさそうね。
「……ところで、あの魔法使いの子も転生者ですかな?」
「あの子は違うわよ。この世界の人間」
ブラッドさんは搾りたてのトマトジュースを渡してくれながら聞いてくる。一緒に旅してるって伝えたから、そう思ったのかしら。
「まぁ、色々あってねー」
そうはぐらかして、ぐい、とグラスを傾ける。濃厚で美味しい。この吸血鬼印のトマトジュース、街の特産品らしいし、他の街で売りだしたら人気出そうだけど。
それこそ、交易を通じて親密な関係を築けるパターンもありそうじゃない? 今度、ミズリに話をしてみようかしら。
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