第二十五話『錬金術師、吸血鬼の街より帰還する』


 フィーリが合流した翌日。まだ太陽も昇っていない早朝に、あたしたちは吸血鬼の街を発つことにした。


「うー、眠いですよぅー」


 結局、一晩中カテリーナちゃんやリオン君と遊んでいたフィーリは、目を擦りながら眠そうにしている。


「メイさん、空飛ぶ絨毯に乗せてください。村に着くまで、少し寝ますので」なんて言う始末。


「駄目よ。あたしだって寝てないんだからね。今寝たら昼夜逆転になるから、意地でも起きてなさい」


「ぶーぶー」


 ぶーたれるフィーリを尻目に、あたしは今朝方調合した『栄養ドリンク・極』を手にしていた。これ、どう見てもコンビニとかに売ってる栄養ドリンクよねぇ。


「本当に眠そうですが、お二人とも大丈夫ですかな?」


 夜明け前ということで見送りに来てくれたブラッドさんが、心配そうにあたしたちを見る。


「大丈夫大丈夫。ひょっとしたら居眠り運転になるだろうけど、対向車は基本走ってないし、この絨毯、オートパイロットついてるから」


 そんな言葉に続けて、「それより、トマトの商品化の件、ミズリに話してみるからね」と、言い添える。


 商品名は吸血鬼印の赤トマト……なんてどうかしら。なかなかインパクトのある名前だし、命名者として、ゆくゆくこの街の名物となって欲しい。


「それでは、道中お気をつけて」


 そう言って見送ってくれるブラッドさんに手を振り返して、あたしたちは吸血鬼の街を後にした。


 ○ ○ ○


「ミズリ、大丈夫ー?」


 雨の多い村へと舞い戻り、村長の家で休んでいるというミズリの元へ向かう。


「メイさん、フィーリちゃん、ご心配をおかけしましたー」


 部屋に入ると思いのほか元気そうで、ベッドの中で、てへへと笑う。ちょっと安心。


「あまり無理しちゃ駄目よー」なんて伝えつつ、栄養ドリンクを手渡す。首をかしげていたけど、薬だと説明すると一気に飲み干してくれた。直後、効きすぎたのか、ぼふん、と頭から煙が出た。


 ここ数日、入浴施設はお休みしていたらしいけど、この調子ならもうすぐ再開できそうねー。


「ところで、吸血鬼の街へ向かったと聞きましたが、よく無事に戻れましたね」


「ああ、それなんだけどー……ちょっと村長も呼んでくれる?」


 村で流行っていた噂と、吸血鬼の街の実情があまりにもかけ離れていたので、あたしは村長にも来てもらい、見てきた状況を説明することにした。




「なんと。そのようなことになっていたとは。所詮、噂は噂だったということですな」


 話を聞いた村長も驚いた顔をしていた。まぁ、あたしもこの世界の吸血鬼について知らなかったから、始めは誤解してたけどねー。


「というわけで、吸血鬼の人たちもこの村と交流したがってるのよー。良い特産品もあるし、ミズリたちにとっても悪い話じゃないと思うんだけど」


「わかりました! メイさんがそこまで言うのなら、その吸血鬼の方と会ってみようと思います!」


 村長より先に、ミズリがそう答えた。初めて村を訪れた時から時間が経っているとはいえ、この村の実権はすっかりミズリが握ってしまったみたい。村長、形無しね。


「ありがとー。それじゃ、あたしたちはそろそろ……限界……」


 ミズリからの良い返事を確認した後、あたしたちはフラフラになりながら施設の敷地内に万能テントを設置。仮眠と称して、泥のように眠ったのだった。


 ○ ○ ○


「……では、以上で本契約としましょう」


「はい! よろしくお願いします!」


 ……それから数日後、ミズリの体調が良くなったのを見計らって、夜の村にブラッドさんを招き、集落間の交流と、それぞれの特産品を使った商品開発の契約を取り付けた。


 発起人としてあたしも同席したんだけど、さっそく村特産のニンニクと吸血鬼の街のトマトを使った料理を入浴施設で提供する……みたいな話が出ていた。


 相性が良さそうな食材だし、スープやパスタといった具体的な料理名も挙がっていた。この調子で吸血鬼の街との交流も進んでいくといいわねー。


 終始和やかな雰囲気で行われた話し合いを見届けたあたしは、満を持して次の街へと旅立つことにした。


 の、だけど……。


「……ちょっと待って。何この請求書」


「入浴施設の利用料と宿泊料です。かなりお安くしておきました」


 出発間際。笑顔で言うミズリをあたしは睨み返す。ええー、お金取るの?


 そんな言葉が喉元まで出かかったけど、思い返してみれば、ミズリはこの施設に泊まらせてくれるとは言ったけど、タダでとは言ってなかった。これは、やられた。


「う、うぅ……お納めくださいまし……」


 吸血鬼の街から戻ってからも、サウナに食事と豪遊した手前、支払わないわけにもいかず。あたしは泣く泣く3500フォルを支払った。


「またのお越しをお待ちしています」と、笑顔を崩さずに言い、去っていくミズリを見送りながら、あたしは大きなため息をついたのだった。


 ○ ○ ○


「それでメイさん、次はどこに行くんです?」


「そーねー」


 強い敗北感に襲われつつも、すっかり徹夜の疲れも抜けたあたしたちは、万能地図を見ながら絨毯とほうきを飛ばす。


「そろそろ妖精石を補充しときたいんだけど、付き合ってくれる?」


「妖精石……それ、どこにあるんですか?」


「んー、始まりの街の近く」


「はい?」


「ここからだと湖を超えて南下した先ね。メノウの街って場所があってさ。そこの森で採れるの」


「随分遠いですねぇ」


 地図を見せながら説明すると、フィーリが眉をしかめる。


「そんなことないわよ。あたしが旅を始めた当初は、徒歩で山を越え、雨に打たれながら進んだんだから」


 なんだか懐かしいなぁ……なんて、当時を思い出しながら、あたしは南へと絨毯を向けた。この移動速度なら、三日とかからないと思う。いざ、凱旋!


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