第二十三話『吸血鬼の街にて・その③』
「じゃあ、人工血液の報酬はブラッドさんの牙ってことで、よろしく」
「ああ、構わないよ。吸血鬼の牙は抜いたところで、また生えてくるからね」
ブラッドさんが転生者ということが分かってから、お互いに遠慮がなくなり、交渉はスムーズに進んだ。
「てゆーかその牙、抜いてもまた生えてくるんだ」
「ああ、吸血鬼にとって、牙は血を吸うための要だからね。こればかりはいくらでも生え変わるようだよ」
なんて言って、フランクに笑う。転生仲間同士、気が楽よねー。
○ ○ ○
「えーっと、人工血液の作り方は……と」
それから家の一室を借りて、あたしは調合作業を始めた。
ブラッドさんによると、人工血液は以前錬金術師に作ってもらった……って話。自前のレシピ本を開くと、当然のようにレシピが載っていた。
「必要素材は、トマト、鉄、塩……」
あたしは素材を確認しながら、容量無限バッグを漁る。トマトはブラッドさん曰く、この街の吸血鬼たちの主食ということで、家の外に大きな畑があるらしい。後でそこから拝借させてもらおう。
塩も錬金術ではよく使う素材だし、海水から素材分解したりして、ストックは大量にある。問題なし。
残る素材は鉄だけど、この街の中に鉄骨が使われた建物がいくつかあった。
無人の建物もあるそうだし、一本分けてもらおう。雨風に晒されてボロボロらしいけど、素材として使う分には錆びてようが問題ない。むしろ、酸化してる方が鉄の味が強く出るかもしんないし。
「どうだい? 作れそうかい?」
「うおぅ!?」
その時、ブラッドさんが文字通りフラっと現れた。完全に気配を消して現れるあたり、さすが吸血鬼。
「あのー、必要素材にトマトがあるんだけど、畑で育ててるやつ、少し貰っていい?」
「いいとも。いくらでも使っておくれ。我が家の畑の場所は……そうだな。子どもたちに案内させよう」
そう言って、ブラッドさんが子どもたちを呼び寄せる。
呼ばれてきた二人も、ブラッドさんと同様に唐突に現れた。気配を消せるの、どうやら種族特有の能力みたいね。
○ ○ ○
「お姉ちゃん、こっちこっち!」
娘のヘカテリーナちゃんと、息子のリオン君。どちらも金髪を揺らしながら、あたしを畑へと引っ張っていく。
年のころはフィーリと同じくらいで、育ちの良さそうな見た目なのに、二人して結構わんぱく。そして力が強い。これも種族特有の能力なのかしら。
「おー、二人とも、今日も元気だなー」
「お連れの方は誰だい? 見慣れない格好をしているけど」
その道すがら、街のメイン通りのような場所を通る。そこには昼間はなかった出店が出ていて、たくさんの人が行きかっていた。むろん、この人たちは全員が吸血鬼なんだろう。
「珍しい。人間さんじゃないか」
「人間さん、吸血鬼印のトマトパイ、お土産にどう?」
「え、えーっと、仕事中なんで、また今度にします――!」
二人に引っ張られながら、すれ違いざまにかろうじて言葉を返す。吸血鬼の街だけあって、夜になると賑やかねー。住民も皆仲良く暮らしてる感じだし、本当に噂ってあてにならないわ。
……そんなことを考えているうちにメイン通りを抜け、町はずれの畑に到着した。どうやらここが、ブラッドさん一家の畑らしい。
星明かりに照らされた野菜たちの中に、真っ赤に熟れたトマトを見つけ、あたしはさっそく採取を始める。
一方、子どもたちは近くの井戸から水を汲んで、畑に撒き始めた。この畑の水やりも二人の仕事みたい。
「そうだ。鉄も少し採取させてもらうわねー」
十個ほどのトマトを収穫した後、未だ水やりに励んでいる二人にそう伝え、畑から少し離れた廃屋へと近づく。
屋根も壁も穴だらけだし、もう使ってる様子はない。これならいいでしょ。
あたしはうんうんと頷いて、容量無限バッグの口を大きく広げる。以前、沈没船を取り込んだこともあるし、これくらいの大きさの建物なら朝飯前。
直後、巨大な掃除機みたいな音がして、建物がバッグの中へと吸い込まれていく。相変わらず、色々な法則を無視してる。
そんな様子を、子どもたちが作業の手を止めて見入っていた。ふっふっふ。すごいでしょー。
○ ○ ○
「よーし、かーんせい!」
手早く素材を集めた後、屋敷へと戻って調合を再開する。材料を全て錬金釜に放り込むと、すぐに真空パックに入った人工血液が吐き出された。
見た目は映画とかで見る輸血用血液そのもの。本来はどういう用途で使うのかしらねー。
考えながら、一滴だけ舐めてみる。
「うげぇ、まっずぅ」
もう少しリコピン的なものを感じられるかと思ったけど、血の味しかしなかった。トマト成分皆無。うえぇぇ。
「おお、できたかい」
その時、例によって気配を感じさせずにブラッドさんがやってきた。
「恐ろしくまずいですけど、これでいいんですか?」と、真空パックを差し出すと、「飲み始めると止まらなくなるので、試飲はやめておくよ」とのこと。うーん、やっぱり吸血鬼にとって、血は中毒性があるのねぇ。
「それじゃ、それと同じものを後100程お願いするよ」
「はい!?」
次の瞬間、あたしは耳を疑った。ひゃくぅ!?
「次はいつ頼めるかわからないからね。備えあれば憂いなしと言うし。よろしく頼むよ」
ブラッドさんはそう言って頭を下げると、そのまま去っていった。つまり、人工血液を100本納品しないと、牙をもらえないわけ?
……よく考えれば、あれだけ住民がいるんだもんねぇ。非常用とはいえ、そりゃあ、数も必要になるわよ。今夜は眠れなさそう。
○ ○ ○
……その後、あたしは黙々と調合作業を続けた。
当然、吸血鬼の皆は夜を活動の中心にしているので、噂を聞きつけた吸血鬼たちが気配を消したまま調合作業を覗きに来た。
「あの子、何してるんだろう」
「鍋をかき回してる。料理かな」
窓の縁からそんな声がする。あんたたち、気配は消えてても、声は聞こえてるからねー。
……そうこうしているうちに、時間は深夜1時を回った。
それこそ、ブラッドさん一家と夜食……じゃない、昼食を摂ったり、子どもたちと話をして、なんとか眠気を誤魔化していたけど、やがて限界が来た。
「あー、今日はもう無理ぃ……」
東の空が僅かに明るくなり、吸血鬼一家が寝床の棺に入り始めた頃。あたしは作業をやめた。
「えーっと、残りはいくつだっけ……人工血液、依頼の半分以上は完成したと思うんだけど……」
既に半分眠っている頭では考えもまとまらず、あたしはやっとの思いで表に出て、万能テントを引っ張り出し、中に飛び込んだ。
徹夜なんてどれだけ振りかしら。おやすみなさい……。
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