第二十二話『吸血鬼の街にて・その②』
夕食……じゃない、朝食を済ませた後、子どもたちとエミリアさんは後片付けをすると言って部屋を後にし、あたしはブラッドさんと二人、食堂に残された。
「すっかりごちそうになってしまいまして」
「いやいや、お口に合ったようなら幸いだよ」
真っ赤なお茶を飲みながら、どこか紳士的な風貌のブラッドさんに、あたしもつい硬い口調で返す。このキャラ、いつぶりかしら。
「……ところで、メイさんは旅の錬金術師とのこと。ひとつ、その錬金術の腕を見込んで頼みがあるのですが」
吸血鬼だし、やっぱりどこか貴族っぽいわよねぇ……なんて考えていた矢先、ブラッドさんがその深紅の瞳であたしを見つめながら言う。吸血鬼の頼みって何かしら。
あたしにできることなら……と、前置きした上で話を聞くと、「人工血液を作ってくれませんか」とのこと。
「人工血液ぃ?」
思わず素を見せながら言うと、「左様です。半世紀ほど前にも、旅の錬金術師に作っていただいたのですよ」なんて言う。へぇ、錬金術で作れるものなわけね。
「吸血鬼と呼ばれてはいますが、基本、我らは血を飲まずとも生きていけます。しかし、十数年に一度、猛烈に血が飲みたくなる時期がありまして」
「えええ、その時期ってもしかして、今だったりする!?」
あたしは驚いて、座っていた椅子から立ち上がる。だけどブラッドさんは笑って「ご安心を。まだまだ先の話ですよ」と宥めるように言った。
そして、「普段はトマト料理で気を紛らわせていますから」とも続けた。
「ニンニクや聖水は効かないのに、血は飲みたくなるのものなんですね」
思わず尋ねると、「いわゆる禁酒の限界が来るようなもので。お恥ずかしい話です」と笑って答えた。まぁ、そういうものなんだろう。
その時、あたしは長年の疑問の答えが知りたくなった。せっかく目の前に吸血鬼がいるのだから、質問しない手はない。
「あのー、仮の話ですけど、日光とか浴びたらどうなるんです? やっぱり死んじゃう?」
「いえ、特に何も。暑いなぁと感じるくらいですかね」
死なないんかーい! と、心の中でツッコミを入れて、次の質問を考える。
「ニンニクや聖水が効かないのはわかりましたが、首をはねたり、心臓に杭を打ち込まれるとやっぱり死ぬのですか?」
「もちろんです。メイさんだって同様のことをされれば死ぬでしょう?」
……ごもっとも。そんなことされたら、あたしも御陀仏。
「でも、吸血鬼って不老不死なのでは?」
「不老ですが、不死ではないですよ」
そう言って笑う。なんか、話に聞いてた吸血鬼と違う。勘付いてはいたけど、すごく弱い種族だったりするのかしら。
さらに、「十字架が苦手ということもありません。この世界にその宗教はないので」と、続ける。確かに、十字架は道具としても作れなかったわねー。
「では、コウモリに変身して空を飛べたりは?」
「できません。ゲームや本の読み過ぎですな」
そうよねー。言ってみただけですー……って、うん? ゲーム?
「あのー、ブラッドさん」
「どうしました?」
「もしかして、あなた異世界転生してない?」
「な、何の話かな」
「だって、この世界とか、ゲームとか言ってるしさ」
あたしが問うと、ブラッドさんは明らかに動揺して、視線を泳がせた。
「……そ、その単語に反応するあたり、君も転生者なわけか」
「そーいうことになるわねー」
まさかの展開に、あたしは一気に体の力が抜けた。いつの間にか、口調も普段のそれに戻ってたし。
「吸血鬼として転生したことで、私はようやく中間管理職の立場から解放され、念願のスローライフを始められたのだ。どうか、邪魔しないで欲しい」
言って、ブラッドさんは頭を下げた。つまり、軟弱吸血鬼に転生してスローライフ! って感じなのねー。
「まぁ、あたしもスローライフ推進派だし、邪魔するつもりなんて毛頭ないから安心して」
そう伝えると、彼は安心した様子で、溜息とともに額に手を当てた。
……血を飲まない主義の吸血鬼の正体は、まさかの異世界転生者だったというわけね。てゆーか、これで転生仲間、三人目? 皆、やたらめったら転生しすぎでしょ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます