第二十一話『吸血鬼の街にて・その①』
『太陽があるうちは起こさないでください』
……なにこれ。
元集会所へ足を踏み入れて、慎重に奥へと進んでいたら、目の前に現れたドアにそんな張り紙がしてあった。
これって、心霊スポットによくあるイタズラかしら。『お前の後ろにいる』みたいなさ。
吸血鬼が巣くう廃墟……なんて噂になってるわけだし、若者が面白半分に肝試しに来ることも、十分考えられる。
「まったくもう。こんな子供だましに怖気づくメイさんじゃないわよ!」
そう口にしつつ、内心、ここの建物はハズレかなー、なんて思いつつ、あえて勢いよくドアを開けた。
……中は真っ暗で、目が慣れるまでしばらく時間がかかった。やがて見えてきた光景に、あたしは思わず、「うへぇ」と声を出した。
目の前に並んでいたのは、無数の棺。いかにも『吸血鬼が入ってます』と言わんばかり。もしかして、これもイタズラ?
開けるべきか否か、少し悩んだ後、あたしは意を決してその蓋を開けた。
「うわああああっ!?」
「ぎゃああああ!?」
……直後、二つの声が重なった。ひとつはあたし。もう一つは……棺の中にいた人物。
「す、すまないエミリア! もう朝かい!? 今日は僕の朝食当番じゃなかったはずだが!?」
一目で吸血鬼とわかる黒いマントに衣装、そして金髪と、青白い肌。そして見開かれた、深紅の瞳。
「出たあ――! 悪霊退散――!」
その禍々しい姿に驚いたあたしは、手にしていた聖水を全力で目の前の吸血鬼へぶっかけた。だけど、「ぶわっ! 冷たい!」なんて声が聞こえただけで、全く効いている様子はなかった。
「ええい、かくなる上は! この閃光弾でーー」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい! 君は何か勘違いをしているよ! 落ち着きたまえ!」
あたしが懐から閃光弾を取り出すと同時、彼は棺から起き上がり、両手をあげて降参の意志を示しながら言う。
それを見て、あたしはふと冷静になった。
……あれ? なんかあたしの知ってる吸血鬼と違う? どういうこと?
○ ○ ○
「お騒がせして、大変申し訳ありませんでした」
その後、騒ぎを聞きつけて起きてきた吸血鬼一家を前に、あたしは土下座していた。
「別に怒ってないから、頭を上げておくれ。錬金術師さん」と苦笑しながら言うのは、あたしが聖水をぶっかけてしまったブラッドさん。この一家の主。
床に頭を擦りつけながら聞いた話によると、その隣で同じような笑顔を浮かべているのが妻のエミリアさんで、その後ろにいる二人の子どもがそれぞれ、娘のヘカテリーナちゃんと、息子のリオン君。寝起きだからか、どっちもまだ眠たそうだった。
「そちらの事情は分かったから。ほら、こっちが申し訳ない気持ちになるし、もう土下座はやめてくれよ」
言われて、あたしは最後にもう一度だけ謝ってから、姿勢を正した。寝込みを襲うとか、今になって考えれば強盗と同じだ。吸血鬼=悪みたいな先入観のせいで、話し合いはできないものと勝手に思っていた。傍から見れば、この人たちの方がよっぽど常識人だった。
「主人が襲われていた時は驚いたけど、反省もしてくれたみたいだし。ここで会ったのも何かの縁。朝食でもどうかしら?」
そう言ってくれるエミリアさんに、恐れ入ります……と言葉を返した後、彼らは今から朝食なんだと気がついた。時間的には夕方なんだけどさ。
……それからは促されるがまま、食堂と思われる部屋に移動して、ロウソクの薄明りの中で席に着く。
「確か、まだトマトが余ってたわよねー」と言いながら台所へと消えていくエミリアさんを見送った後、あたしはブラッドさんにいくつか質問をしてみることにした。
「あのー、この街に住んでる吸血鬼って、ブラッドさんたちだけなんですか?」
「いや、あちこちの家に住んでいるよ。主に地下だけどね」
言われて、妙に納得した。屋根も壁も穴だらけの廃屋だけど、地下なら日光は届かないし。
「じゃあ、本当に一つの街なんですね」
「ああ。主食であるトマトを育てつつ、細々と生活しているよ、なにぶん、人が寄りつかない街だから」
実際に会ってみると、すごくいい人たちだってわかるんだけど、吸血鬼の街なんて噂が立っちゃ、人も寄りつかないわよねぇ。
「我々もこのような風貌だし、夜にしか活動しないからね。私はこの街の長も務めているし、できることなら、街の活性化に取り組みたいのだが」
そこまで言って、困った顔をする。うーん、活性化ねぇ。
思わず考え込んでいると、「簡単なものしか用意できなくてごめんなさいね」と、エミリアさんが料理を運んできてくれた。真っ赤なスープに、紫色のパン、いかにも吸血鬼らしい、おどろおどろしいメニュー……なんて思ってら、これ、トマトスープじゃない。こっちのパンは紫芋ね。
「ねえ、お母様、今日はニンニク料理じゃないの? すごく臭うんだけど」
「あらリオン、スタミナつけたいのはわかるけど、こんな早い時間からニンニクは駄目よ」
隣に座っていたリオン君がそんなことを言う。ごめん、それあたしのせいだわ。
っていうか、吸血鬼ってニンニク、駄目なんじゃなかったっけ? 先の聖水も全く効いてなかったし、やっぱり、あたしの知る吸血鬼とは、随分イメージが違う。
やがて食事が始まり、ブラッドさんの合図で、「いただきます」と挨拶をする彼らを真似てから、あたしも食事に手をつける。普通に美味しいご飯だった。料理の見た目がどれも赤いのは、少しだけ気になったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます